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小林美和子

ブログについて

小林美和子

世界何処でも通じる感染症科医という夢を掲げて、日本での研修終了後、アメリカでの留学生活を開始。ニューヨークでの内科研修、チーフレジデントを経て、米国疾病予防センター(CDC)の近接するアメリカ南部の都市で感染症科フェローシップを行う。その後WHOカンボジアオフィス勤務を経て再度アトランタに舞い戻り、2014年7月より米国CDCにてEISオフィサーとしての勤務を開始。

2012/03/10

ACIP(2)

前回(ACIP(1))に引き続いて、2月に行われたACIPの実際の議論の内容をご紹介したいと思います。今回の議題に挙った疾患のうち、実際に推奨の変更についての議論が行われたのはTdapだけでしたので、Tdapの議論内容を中心にご紹介したいと思います。

 

  • これであなたもわかる!暗号のようなDTaP/Tdap/Td/DTの違い

破傷風、ジフテリア、百日咳のワクチンについては佐々木潤先生がDTaP/Tdapの項目にわかりやすくまとめてくださっていますので、ワクチンそのものの効能や疾患の説明についてはそちらをご参照ください。しかし、それにしても似たようなワクチンでDTaP/Tdap/Td/DTと様々な呼び名があるのは紛らわしいですよね?今回の推奨の変更にも関係しますし、また、表記の違いの原則は結構単純ですので、本題に入る前に、簡単に表記の違いを説明したいと思います。

  1. アルファベットはそれぞれの疾患を示す

Dあるいはd: Diphtheria ジフテリア

T: Tetanus 破傷風

aPあるいはap: acellular pertussis 無菌体百日咳ワクチン(*)

 

2. 大文字と小文字の違いは、それぞれの成分が多いか少ないかの差を表す

主に免疫の維持に用いる大人向けのTdapは、免疫をつけようとする子供向けのDTaPよりもジフテリア(diphtheria)と百日咳(pertussis)のワクチン成分が少ない、という訳です。

 

ではここでクイズ。TdTdapの違いは?

前者と後者の違いは”ap”があるかどうか。というわけで、百日咳のワクチン成分が含まれているかどうかが二つのワクチンの違い、というわけです。

(*  日本でもいわゆる三種混合ワクチンに含まれる百日咳ワクチンの成分は“aP”と表記される無菌体ワクチンですが、日本でもアメリカでも以前はwhole-cell pertussisと呼ばれる全菌体のワクチンが用いられていました。佐々木先生もお書きになっていた通り、全菌体ワクチン使用に関連する副作用が問題となって、無菌体ワクチンが導入されている日米両国では現在使われていませんが、今でもwhole-cell pertussis vaccineが使われている国はあります。)

  • なぜいま推奨の見直し?

と、しつこく表記について説明をしたのは、冒頭でもお伝えしたように今回のACIPで65歳以上向けのTdapの使用の推奨が変更になったからです。ちなみに、日本には乳幼児向けのDTaPはありますが、大人向けの百日咳ワクチンを含んだTdapに相当するものはありません。

一方のアメリカでは、これまで成人(19歳以上、ちなみに18歳未満のteenager期にもTdapの接種が推奨されています)におけるTdapの推奨は64歳未満でTdapを受けた事がない人、となっており、65歳以上については条件付きの接種推奨となっていました。よってこれまでTdapを受けた事のなかった65歳以上の方の場合、原則として百日咳(apの部分)のワクチンは受けず、破傷風とジフテリア(Td)のワクチンのみ、10年に1回ブースターとして受けることになっていました。この理由として、65歳以上に接種が承認されているTdapがなかった、というのがあるのですが、2011年7月にBoostrix®という既存のTdapワクチンの接種を65歳以上にも行うことがFDAに承認された事を受け、今回の推奨見直しになったわけです。

「うーん、あんまり大きな変化じゃないような。。。」と思ったかもしれませんが、高齢者にも推奨を含めるかどうかについては結構重要なポイントです。というのも、65歳以上というこの年齢は、アメリカの公的保険の一種であるMedicareの適応年齢でもあります。また、ワクチンそのものは新しくはないこともあって、今回の適応拡大を認めるかどうかにあたっては費用対効果が特に大事なポイントとなってきます。

  •  実際の議論と投票の様子

実際に投票が行われる前に、まずはワーキングブループメンバーからアメリカの高齢者における百日咳の状況の説明(高齢者における百日咳は過小報告されている可能性がある、など)、異なるモデルを用いた費用対効果の試算発表(うち一つはワクチン製造元であるGSKから)、65歳以上における百日咳ワクチンの安全性、ならびにどれだけ予防効果が期待できるかといったプレゼンテーションがありました。そして、メンバー、リエゾンメンバーから質疑応答の後、(19歳以上の)成人におけるTdap未接種者への接種の適応を65歳以上に拡大するかどうかの投票が行われました。議論内容は、費用対効果試算のモデルの妥当性から、実際に適応が拡大された場合、保険ではどのようにカバーされるのか、また、製造元のGSKの提示したデータでは、65歳以上の免疫不全者が除外されていたことから、「なぜ免疫不全者が除外されているのか。彼らこそ、本当にワクチン接種によって免疫がつくかどうかを知る必要があるのではないか」といった質問をGSKの代表者に投げかけたりなど。いずれにしても、保険のカバーの問題であればMedicareの代表者、ワクチンそのもののデータについてはGSKの代表者、高齢者の医療の専門家の意見が必要であればアメリカ老年医学会の代表者、とリエゾンメンバーを含めて様々な立場の人が会議の場にいるので、すぐにその場で疑問点の問いかけ/確認が行われます。また、この議論はもちろん私のような一般の参加者にも筒抜けであり、web上にも実況中継されます。

最後の投票は、投票権の持つ15名のメンバーが一人ずつマイクに向かって「○○(名前)、賛成」などと口答で表明するため、誰がどのような立場を取ったかは一目瞭然。今回のTdapに関しては、新たな推奨文として提示された文章が分かりにくい、という理由でひとりだけ反対している人がいましたが、一人だけ反対していることへのプレッシャーもあったのか、小さな声であったため、初めは議長が満場一致と勘違いしてしまう、というハプニングもありました。しかし、それだけ投票者一人一人が自分の投票内容に責任を持たなくてはいけないということを感じさせる投票方法でした。

 

なお、この原稿を執筆している時点では、まだCDCが発行するMMWRにはこのTdapの推奨の変更は発表されていませんが、CDCが承認してMMWRに登場次第、正式なCDCの推奨となります。

2件のコメント

  1. 最後のハプニングは興味深いですねぇ。記名投票になるので、しっかりと記録に残るわけで、のちのちなにか問題があった場合に責任問題になるわけですね。ふと思ったのですが、メンバー(医師の場合)は研究者が多いのでしょうか?(細菌学者など) それとも、臨床家が多いのでしょうか? 男女比は? やはり年配の先生が多いのでしょうか? 

    • 浅井先生、こんにちは。メンバーが誰かについてはこのページに公表されているのですが、ぱっとみた感じでは男女比はほぼ半々、年齢は40代ー60代、という印象でした。それぞれが臨床をどのくらいされているかはよくわかりませんが、数名が発言の際に「患者さんを診たときに。。。」「昨日回診をしたが。。。」ということを言っていたので、全く臨床に関わらない人たちばかり、という感じではありませんでした。

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