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野木真将

ブログについて

ハワイは温暖な気候と全米一のCultural mixが見られ、医師としての幅広さを養うにはいい環境と感じています。 旅行だけでは見えない、ハワイ在住の魅力もお伝えできればいいなと思います。

野木真将

兵庫県出身、米国オハイオ州で幼少期を過ごす。京都府立医大卒、宇治徳洲会病院救急総合診療科の後期研修を修了。内科系救急を軸とする総合診療医として活躍したい。よきclinical educatorとなるため、医師としての幅を広くするため渡米。2014年よりハワイで内科チーフレジデントをしながらmedical education fellowshipを修了。2015年よりハワイ州クイーンズメディカルセンターでホスピタリストとして勤務中。

 前回の記事では、米国内で3種類目のコロナワクチンとして認可されて接種事業が始まったジョンソン&ジョンソンワクチン(以下JNJワクチン)の特徴(無毒化アデノウィルスベクター、冷蔵庫温度で3ヶ月保管可能、冷凍保存だと2年間有効、単回接種で完了、希釈の必要なし、大量生産に向いている)について解説しました。その後、脳静脈洞血栓症などの報告が相次ぎ、4月13日に供給が一時停止し、安全性確認の作業に入ったのですが、4月23日から接種事業が再開となりました。

一部の人は、「大丈夫なのか?」と心配したかもしれませんが、市販後でもこうして予期せぬ合併症が出た場合には緊急停止して検証するのは、安全性チェック機構が健全に働いた証拠であり、これを持って「JNJワクチンは一切使用しない!」という結論にならなかったことは支持します。

この辺りの事情を時系列に沿って解説したいと思います。

 

● 2021年2月までの第III相臨床試験中の報告

4万3000人を対象としたJNJワクチンの臨床試験(study COV3001)の2ヶ月間の観察期間中には、15件の静脈血栓症に関わる報告(p.46-47)がありました。多くは深部静脈血栓症(DVT)と肺塞栓(PE)でしたが、プラセボ群にも10例の血栓症報告があり、ワクチンの影響で血栓症が増えたとは結論づけられませんでした。ちなみに、ワクチン投与群の方が多かった他の合併症としては、耳鳴り(6例)と蕁麻疹(5例)などもありましたが、ワクチン投与群ではアナフィラキシーの報告は0例でした。

そうした中でも、5例のケースは「(もしかしたら)ワクチンの影響が強いのではないか?」とFDAに疑われたものがあったそうです。

  1. 25歳男性、既往症なし、接種21日目に脳静脈洞血栓症(英:cerebral venous sinus thrombosis – CVST)と診断。
  2. 30歳女性、肥満、経口避妊剤服用中、接種2日目に肺塞栓症と診断。
  3. 52歳男性、肥満、接種27日目に深部静脈血栓症と診断。
  4. 63歳男性、糖尿病あり、接種23日目に深部静脈血栓症と診断。
  5. 49歳女性、経口避妊剤服用中、接種28日目に半身麻痺を伴う脳梗塞と診断。

経口避妊剤は女性ホルモンを含み、肥満と同じく血栓症のリスクを上昇させることは知られていますので、2-5は違和感を感じないのですが、症例1の脳静脈洞血栓症(CVST)はやや特殊です。

JNJワクチンはアメリカ国内だけでなく、変異株が猛威を奮っていた南アフリカ共和国とブラジルなどを含む9カ国でも臨床試験をしていましたが、そこでの27万2,000人のデータでは、CVSTの報告例は0例でした。Study3009と呼ばれる2倍量投与の臨床試験でも報告はありませんでした。

こうして、合計34万3000人分のデータを検証し、2月26日にFDAが緊急承認をします。

 

● 脳静脈洞血栓症(CVST) の一般人口での発生頻度は?

では、元々一般人口でのCVSTの発生頻度はどれくらいなのでしょうか?

古い報告では100万人あたり2-5例とあります。最近の報告では100万人あたり15例というのもあるのですが、非常に稀であることには違いありません。そして、一般的に若い女性に発生例が多いというのも特徴です。

 

● 市販後の報告(インデックスケース)と緊急停止

認可後はJNJワクチンは扱いの容易さと単回投与という便利さで、地方都市や老健施設などで広く接種されるようになりました。市販後に接種を受けたのが720万人の時点で、VAERSとJanssen社の副作用報告ウェブサイトに報告された脳静脈洞血栓症は6例になりました。

内訳を見ると、18歳から59歳の範囲の全て女性でした。いずれもワクチン接種後14日以内に頭痛を契機に脳静脈洞血栓症と診断されました。そのうち4例は血小板減少(2万以下)も伴っていました。経口避妊薬を服用していたのは1名のみで、他の例では特に血栓ができやすい基礎疾患などはありませんでした。

元々が稀な疾患がワクチン接種群で稀に発生して、何が問題なのか?と思われるかもしれませんが、

今回の報告では「静脈血栓症に血小板減少を伴っている」というのがキーワードになってきます。このキーワードでデータを抽出すると、JNJワクチン接種をした20-50歳台の女性では一般人口に比べて3.8-15.2倍の発生率上昇が認められます。VAERSという市販後副作用を報告するオンラインシステムは、医療従事者の自主的な情報提供によるものなので、未報告の例もあるかもしれません。

これほどの上昇は、市販後に9700万人に投与されたファイザー社と8400万人に投与されたモデルナ社のワクチンには見られませんでした。

これを受けて、2021年4月13日にFDAとCDCは合同で声明を発表し、JNJワクチンの安全性検証をするため接種事業を一旦停止することを発表しました。その時、ワクチン事業はどんどん推進されていた時期でしたが、アメリカ国内で使用されていたコロナワクチンのうち、JNJワクチンが占めていたのは5%以下であったため、一旦停止して慎重に検討する時間的余力はあると判断されました。そして、一時停止中にも新たに9例の脳静脈血栓症例が報告され、合計で15例の検証が始まります。

● 欧州で先行していた似たような副反応事例(アストラゼネカ社)

実は同様の「脳静脈洞血栓症に血小板減少を伴い、標準の抗凝固薬治療で悪化した症例」は欧州でオックスフォード大学とアストラゼネカ社が共同開発したコロナワクチン (ChAdOx1)でも5例報告されており、検証されていました。ChAdOx1ワクチンも、JNJワクチンと同様に無毒化したアデノウィルスベクターを用いるタイプのワクチンです。今日までに、ChAdOx1ワクチンを受けた3,400万人のうち、4月14日時点で英国内で脳静脈洞血栓症が報告されたのは77例、そして血小板低下を伴うあらゆる種類の血栓症があったのが168例でした。

欧州医薬品庁(European Medicines Agency:EMA)は、2000万人に投与された時点で報告された469例の検証の結果、心配はあるが血栓症リスク上昇の因果関係を証明づける証拠はないとした上で、コロナワクチンを提供する公共の利益が上回るとして3月18日に接種事業を継続する旨を発表しており、WHOもこれを支持しています。

欧州各国のその後の対応は様々でしたが、一部の国では禁止にしたり、一部の国では55歳以下には接種を避けたりしています。

● アメリカのACIPが出した結論「ワクチン使用再開」の根拠は?

CDCのワクチンに関連した外部機関である諮問委員会(Advisory Committee on Immunization Practices: ACIP)の緊急会議が4月14日と23日に召集され、議論の末に以下の考察を発表しました。

  1. 一般人口と比較すると、脳静脈洞血栓症の発生リスクは上昇するが、正確な数値は出せないくらい頻度は少ない。先行する欧州のアストラゼネカ社の例では、100万人あたり10例が予想される(一般人口では100万人あたり1.6例)
  2. アメリカでのJNJワクチンに限って言えば、細かい年齢層別の報告頻度は、18-29歳で100万分の5.2, 30-39歳で100万分の11.8, 40-49歳で100万分の4.3、50-64歳で100万分の1.5、65歳以上は報告なし。
  3. もしJNJワクチンをすぐに全ての16歳以上を対象に再開すると、リスクとして26-45例の脳静脈洞血栓症が発生する可能性があるが、メリットとして1,435例の死亡と2,236例のICU入院を防ぐことができる
  4. もしJNJワクチンを50歳以上に限定して再開すると、リスクとして2-3例の脳静脈洞血栓症が発生する可能性があるが、メリットとして257例の死亡と779例のICU入院を防ぐことができる

そして、何よりも中止のままではコロナウィルス感染リスクの高い集団に対して1回接種だけで免疫を獲得してもらうチャンスが減ることは公衆衛生上、大きな損失となることが考慮されました。

ACIPが出した結論は、FDAの警告文(若年患者での脳静脈洞血栓症の発生リスクは上昇するかもしれない)を添付文書に記載して周知徹底した上で、全成人を対象に接種を再開するというものでした。

なぜ女性だけに限定して警告しないのか、という意見もありましたが、臨床試験のデータを良く見ると若年男性も報告されていたようなので、「女性だけ」という結論は時期尚早と判断されました。

● JNJワクチン、アストラゼネカワクチンに共通して、血小板減少を伴う静脈血栓症の発生リスクが上がってしまう理由は?

以下は、医療従事者向けの内容です。

発生例はわずかではありますが、

  • mRNA型ワクチン(ファイザー社ワクチン 5,400万分の35例、モデルナ社ワクチン 400万分の5例)では報告が少ない
  • アデノウィルスベクター型ワクチン(JNJ社 700万分の15例、アストラゼネカ社 3400万分の169例、ロシアのスプートニクはデータ不明)の方が報告例が多い

ことから、アデノウィルスベクター型ワクチンの作用機序が何らかの血栓症リスクを刺激しているのではないか、という仮説で現在も検証中です。

Biological plausibilityといって、病態生理学的に因果関係が証明できるかどうかは今後、リスク因子を特定する上でも重要です。この辺りのエキスパートとして、ドイツ北部にあるGreifswald病院チームのNEJM誌の4月号に掲載された報告が注目されています。

NEJM誌の4月号に、アストラゼネカ社ワクチン(ChAdOX1)接種後の静脈血栓症と血小板減少に関する報告論文記事がドイツノルウェーからそれぞれ掲載されました。オーストリアでは残念ながら、先行接種した若い女性看護師が発症し、脳静脈洞血栓症とDICで死亡という悲しい事例もありました。これまでに、イギリスとEU諸国では合計で9例の死亡報告がありました。これは、静脈血栓症の合併症(脳出血など)が原因で死に至っただけではなく、静脈血栓症の標準治療薬であるヘパリンを投与した結果、病態をさらに悪化させてしまった可能性も示唆され、世界中の医療従事者に注意を呼びかける内容となっています。

話題になっているのは、我々医療従事者の間でたまに見かける病気の、ヘパリン誘起性血小板減少症(Heparin Induced Thrombocytopenia: HIT)とても臨床像や検査結果が似ている点でした。本来は血栓形成を予防したり、できた血栓を治療するのに使う標準的な抗凝固薬であるヘパリンや低分子ヘパリンなどを投与することで、逆に血小板を活性化させる抗体を誘導し、見る見るうちに血栓ができて、早期に気付いてアルガトロバンなどの代替薬に切り替えないと死に至ってしまう状態です。

今回の、ChAdOx1接種後の血栓症とこのHITの間で共通する点として、

  1. 普段はあまり注目されない静脈部位(脳静脈洞、門脈、肝静脈など)に血栓症ができること
  2. 診断時に血小板数が低い(正常値が15-50万のところ平均2万)

と言う点があります。

従来の診療では、若者が頭痛で来院した時に、ヘパリンの投与歴や抗リン脂質抗体症候群などの血栓傾向が強い基礎疾患がない場合は、脳静脈洞血栓を疑って脳MRIの静脈造影(MRV)をオーダーする医師は少ないと思いますので、知らなければ見過ごされてしまう可能性はあります。

そして、血栓症を見つければ、反射的にヘパリンを投与してしまうかもしれませんが、コロナワクチン接種後の患者の場合、以下に述べる新たな疾患概念を考慮して、「最初はヘパリン投与を避ける」のが賢明かもしれません。

 

前述したNEJM誌の論文でドイツのGreinacher医師らは、ワクチン誘発性血小板減少性血栓症(Vaccine-Induced immune thrombotic thrombocytopenia:VITT)と言う新たな疾患概念を提唱しています。限られた情報の中ではありますが、発生頻度は10万分の1と推測されています。

病態仮説として、アデノウィルスベクター型のコロナワクチンをきっかけに自己免疫のシステムが刺激され、一部の潜在的リスクのある人において、血小板を活性化するPlatelet Factor (PF)-4と言う自己抗体が誘発されて血栓形成が促進されるとあります。本来はHIT患者が、ヘパリン投与後に誘導される抗体であるPF-4/polyanion複合体が、ヘパリンの存在なしに、コロナワクチンの暴露後に誘導されていることが根拠になっています。

しかしながら、コロナワクチンの暴露のみが原因とも結論できません。少ないながらも、COVID感染後にもワクチンの存在なしにこのPF-4抗体が見られるケースもありますし、心血管系の術後にもPF-4抗体は25-50%の症例で出現されますし、PF-4抗体陽性の全ての人が自己免疫性の血栓症を起こすわけではありません。元々アデノウィルスそのものが血小板に対する親和性が高いことは知られていますので、自己免疫性の詳しい機序解明には今後の研究が待たれます。

 

とりあえず今のところ、同記事では医療従事者は今後のアプローチとして、コロナワクチン(特にアデノウィルスベクター型)投与後の20日間以内に原因不明の静脈血栓症が診断された場合、

  1. PF-4複合体のELISA試験を提出する(が、これが陽性であっても確定診断にはならない)。
  2. PF-4抗体陽性の場合は、追加として血小板活性化試験(ヘパリン添付、PF-4添付)を依頼する。
  3. 抗血小板抗体の測定は現時点では推奨されない。
  4. ヘパリンおよび低分子ヘパリンの投与は避けて、VITTが除外されるまではHITに準じてアルガトロバン、ビバリルジンなどの直接トロンビン阻害薬やアピキサバン、リバロキサバン、フォンダパリナクスなどの活性型X因子阻害薬などの使用を推奨する。
  5. 抗凝固薬開始時に、血小板数が少なくて出血リスクが心配な時には、免疫グロブリン(IVIG;1g/kgを2日間)や高容量のステロイド投与を試みると、血小板数の回復が早くなる可能性がある。(免疫グロブリンが自己免疫性の血小板破壊を防ぐのと同時に、血小板のPcRγII受容体をブロックして血栓形成を遅くする可能性あり)

まだまだ未解明の部分(PF-4抗体の危険なレベルは?そもそもPF-4抗体が原因なのか、たまたま測定できる脇役なのか?若年女性以外のリスク因子は?)がありますので、今後の観察と研究結果を待ちたいと思います。

 

● 結語

そして、今回の一連の手続きと検証を見ていて、情報開示検証過程の透明性が維持されていることを感じましたので、知人に聞かれたら安心してデータ(10万分の1の発生頻度の予測だが、年齢層ごとに異なる)リスク因子(50歳以下の女性、特に経口避妊薬服用中)を伝えることができますし、早期発見につながる症状(3日以上続く頭痛、めまい、視力障害など)への警戒を同僚や後輩に注意喚起することができます。

長文を最後まで読んでいただいてありがとうございました。

今後、このワクチンを煽って怖がらせるような噂が広がったり、避けるような動きが広がらないように祈るばかりです。

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