バイデン大統領の公約では、「就任して100日目(4月30日)までに1億人にワクチン接種」としていたのが、4月頭には「4月末までに2億人」へと上方修正されています。それだけ、今の米国内でワクチン普及が最優先課題として急ピッチで進んでいます。
日本でも医療従事者へのコロナワクチン普及が開始され、次に高齢者への接種へと移行する今だからこそ、ハワイ州での最初の4ヶ月のワクチン事業(roll-out)の経験を紹介したいと思います。
<2020年10月中旬>
まだどのワクチンもFDAの認可が下りていない段階で、ハワイ州はワクチンの入荷、保管、配分と接種の計画を立ててCDCに提出していました。
その計画書には、以下の4つのフェーズが定義づけられ、ハワイ州におけるそれぞれのカテゴリの人数の概算も報告されました。
- 1a(医療従事者、老人ホーム入居者)- 6%(約6.8万人)
- 1b(75歳以上の高齢者、エッセンシャルワーカー)- 20%(約23万人)
- 1c(65-74歳の市民、16-64歳でも重篤化リスクの高い基礎疾患を持っている人、その他の接客業のワーカー)- 47%(53万人)
- 2 (16歳以上の市民全員- 27%(約31万人)
▼受け入れ体制の優先事項
- ハワイ州の保健局(DOH) とハワイヘルスケア協会(HAH)にワクチンが到着してから市民に投与されるまでの時間ロスを最小限とすること。
- 搬送と投与までの全ての工程で規定の冷凍、冷蔵保存の質を保つこと。
- ワクチン接種が優先されるべき集団がしっかりと受けられるようになること。
- 倫理的、かつ透明性の高いワクチンの配分方法を導入すること。
- ワクチン接種会場でのクラスター発生を最大限防ぐような導線と会場設営をすること。
- 市民への啓蒙活動を続け、最大限の市民がワクチン接種しに来るように動機付けること。
- なるべく多くの人が2回目まで接種完了できるようにすること。
- 各会場で発生した重篤な副反応の情報をしっかりと収集して州やCDCに報告すること。
この辺りの人数概算やガイドライン作りは、ある程度CDCからの手引きを元に作っているとはいえ、公衆衛生や医療行政のプロたちのスキルによって迅速かつ正確にできたので驚きました。
ダッシュボードと呼ばれる公式ウェブサイトで、ハワイ州におけるワクチンのオーダー数、入荷数、投与数が全てリアルタイムに公開されるのは透明性が高いシステムで感心しました。SNSも積極的に活用され、ハワイ保健局のTwitterでは日本語での情報発信もされていました。
<2020年12月>
12月中旬にはファイザー/BioNTech社のワクチンが緊急承認され、その3日後には最初の出荷がハワイに到着しました。既にシミュレーション訓練で受け入れ準備をしていた病院で職員に対する接種が開始されました。
当院では普段は講演会などで使う大講堂をアレンジし、各病棟から人員を集めてワクチン会場としました。
並んでいる間に密にならず、接種後の15分の経過観察ができる広いスペースが必要でした。最初は部署ごとに予約枠が設定されましたが、予想より入荷量が増えた上に余らせるともったいないので、すぐにウォークインでの接種になりました。そして1回目接種の際に、2回目の予約をとることを徹底しました。
12月下旬にはモデルナ社のワクチンも緊急承認され、供給量が増えることをみんなで喜びました。この辺りから、次のカテゴリ1b (75歳以上の市民)へのワクチンクリニックを設置する計画が進み始めます。当院では、近くのブレイズデルセンターというコンサートホールを借り切って、月曜から土曜まで連日600名ずつワクチンを接種できる体制を整えました。会場設営には民間企業が入り、とてもお洒落なイベント会場となりました。
最初はボランティアを募ることもありましたが、それでは継続性がないとのことで、短期間の内に、時間給が発生するシフト制へと移行しました。
ハワイ州のウェブサイトもどんどん整備され、他のワクチンクリニックも掲載された予約専用ウェブサイトで対応が始まりました。
コロナワクチンの配分状況をリアルタイムにトラッキングできるダッシュボードも公式ウェブサイトに公開されるようになりました。
しかし、ここでオンライン予約に不慣れな高齢者の実態が明らかになり、急遽24時間対応の電話ホットラインが設置されました。
既存のCOVID専用問い合わせホットラインのインフラをそのまま利用し、追加で回線と人員を手配したのです。
<2021年1月>
カテゴリ1aの1回目接種はほぼ完了し、1月下旬には医療従事者たちの2回目接種が完了できる目処が着いたので、次のフェーズ1bに以降します。
ここからのフェーズ1bと1cの人口が多くなってくるので、次々とあちこちで大型のワクチン接種クリニックが立ちあげる必要が出てきます。
ハワイ州が場所の確保をした上で、クイーンズメディカルセンター(4つの病院を含む医療グループ)、ハワイパシフィックヘルス(3つの病院を含む医療グループ)、カイザー病院などの大型医療機関に人員協力を要請していきました。ワクチンは市民には無料ですが、必要な人件費の部分は州が補填します。
各病院グループも、ここでいい働きを見せることで市民に対して好印象を与える宣伝にもなります。
<2月>
大型のワクチン接種会場へのアクセスがしにくい市民へとワクチンを届けるために、移動型のバスに機材を載せた地域に出向く「モバイルクリニック」が計画され、ノースショア(ハレイワ)などに行くようになります。
2月23日にハワイ州のイゲ知事さんもワクチンを受けたと報道されました。この時期にはフェーズ1aに属する老人ホーム入居中の高齢者への接種は92%完了しており、全米平均の77%を大きく上回るペースで高齢者へのワクチン提供が進んでいたため、明らかにCOVID19にかかって入院してくる高齢者が激減し、病院にも余力が出てきます。
<3月>
3月上旬から、3種類目となるジョンソン&ジョンソン社のワクチンも入荷するようになりました。こちらは比較的普通の冷蔵保管で済む上に、単回接種という便利さがあったので、市中の調剤薬局や大型スーパー(コストコ、ウォルマート)、コミュニティカレッジなどでも薬剤師が提供できるような体制になりました。とにかく市民が簡単に予約が取れて、楽にアクセスできるようなシステム作りはどんどんできていきました。
Point of dispensing (POD)と呼ばれるこれらの会場に着いたら、受付でスマホの画面で予約確認書を見せ、事前に書き込んだ予診表を渡したら、あとは名前、年齢確認と検温をするだけですぐにワクチン接種と経過観察になるという流れが出来上がっています。この流れも解説ビデオがYouTubeでシェアされているのは親切だと思いました。
学校関係の教職員のおよそ80%がワクチン接種を済ませたことで、それまではオンラインと登校のハイブリッド授業であった公立小学校が、4月初旬から月ー金を毎日登校に戻すと発表されました。
このような体制拡充のおかげで、オアフ島では3月8日から70歳以上、3月26日から60歳以上の市民が対象となります。どのワクチンを受けるかは、予約時点で選択できるのですが、特にどれかに偏ることなくみんな受けられるものからどんどん接種していた印象ですね。特にジョンソン&ジョンソン社の単回接種というスケジュールは魅力的であったようです。
<4月>
4月5日からオアフ島はフェーズ1cへと移行します。最も人口の多いホノルル市があるオアフ島は一番時間がかかるのは当然ですが、他のマウイやハワイ島などの離島では先にフェーズ2(16歳以上の全ての市民)へと対象が広がりました(下図)。ニュースで次々と高校生が接種しているのを見るのはとても喜ばしいことでした。今は1日に約18,000回投与されているようです。
3月後半から新規感染者数が増えましたが、おそらく春休みの移動によるものと思われます。なぜなら、年齢分布を見ると18-44歳が大半を占めるからです。なので、この年齢層にワクチンが供給できるフェーズ2に早く移行して欲しいと思います。
この傾向は全米でもそうなので、4月6日の報道で、バイデン大統領が予定を前倒しして、「全ての州で4月19日までに18歳以上の全成人をワクチン接種対象とする」ように州知事に指令しました。既に国内で投与されたワクチンの総数は1億6700万回(国民の40%)になっており、当初の目標は超えるペースでしたがミシガン州などで変異株が猛威をふるい始めていたため、計画を前倒しする緊急性があったのです。目標は5月までに2億回の投与です!
この時点で50州のうちハワイ州とコロラド州以外の48州がその計画でしたので、ハワイ州は少し慌てましたが、なんとかする勢いで頑張っています。
4月7日の時点ではハワイ州の市民42万人(人口の30%)が接種を済ませています。カウアイ島では島民の40%が接種済のようです。
4月12日からオアフ島では50歳以上の市民が対象となり、4月19日から16歳以上の市民が対象となる計画です。
<考察>
- ハワイ州が12月中旬よりどのような体制作りでワクチン配布を進めて、段階的に市民に提供してきたのかを解説した。
- 透明性を保つためのガイドライン公開、ウェブサイトでのダッシュボード(リアルタイム掲示板)公開と市民への啓蒙活動が有効であったので、住民調査では90%の市民がワクチンを受けたいと回答していた。
- ワクチンの手配と入荷は州が管轄し、ワクチン接種会場の運営は各医療機関と市中の調剤薬局が担った。薬剤師が投与できるのは非常に効果的であった。
- オアフ島だけでなく、離島への供給も考慮しないといけないので、各島に病院を持つ医療グループの存在は大きい。
- 情報伝達で混乱するリスクは高かったが、州の公衆衛生責任者や医療行政担当者が頻繁に医療関係者や市民へのウェビナーを提供していた。
- 4月上旬の時点で、3種類のワクチンが利用可能で、ハワイ州の市民42万人(人口の30%)が接種を済ませている。
- 大統領指示で、4月19日より16歳以上の全市民を対象とするようにワクチン事業は加速させている。