前回のエントリを書いた後に、最近こんなことがあったのを思い出しました。
夜ご飯を外で食べたあとの帰宅中。冬場なので、外はすでに暗くなっています。ベビーカーにがたがた揺られ、そろそろ眠くなるはずの息子が、交差点に差し掛かったところで急に叫びました。「バァウー!!」(著者注;バルーン、の意)。
何を言っているんだろう?どこにも風船なんてないのに。ちょっと眠いから何かを見間違えたのかな?と思ったら…あたりを見回すと、なんと風船があるじゃありませんか。しかし、風船があったのは交差点を直進した先ではありません。進行方向から見て左の道路の、20mほど先のアパートの4階あたりに、数個の風船がベランダに紐で結ばれて、風に揺られていました。
彼(息子)のベビーカーに座った角度から考えると、普通ならかなり首を捻らないと目に入ってこないはずです。しかも暗がりの中で揺れている風船は、特にライトアップされているわけでもなく、目に入っても普通なら見逃してしまうほど、目立たない存在でした。
この話を知り合いの同年代の息子を持つ父親仲間にすると、似たような経験があるとのことでした。さらに、床に落ちている非常に細かい髪の毛やごみを「お前は嫁いびりの姑か!」と思うほどにやたらと拾っては見せびらかしに来る、という経験も共通していました。
これらのエピソードから導き出される結論は、恐らく彼らの見ている世界は僕たち大人が見えている世界と根本的に異なっている、というものでした。彼らの中では世界は未だ混沌から抜け出したばかりで、恐らく点状に「分かるもの」と「分からないもの」が混在しているのだと思います。前回の日暮さんのコメントにもありましたが、彼らは「分からないもの」を「意味のないもの」として脳内で処理し、それらは多分バックグラウンドと溶け合って、「ごちゃまぜになった何か」になっている。その中で、「分かるもの」が白い背景にある赤い点みたいにポップアップしてくるのではないかと思います。
そして、彼らの視力は恐ろしく良いのでしょう。多分2.0とかをはるかに超えるのでは…と思ってググってみると、あれ?二歳児で視力は0.5程度ですか…おかしいな。ちょっと観察に合わないですね。視力0.5で床に落ちている髪の毛とかを見分けるのは…まあ可能なのかもしれませんね(ちょっと残念)。
とにかく、暗い街並みの中から風船を目ざとく見つけるのは、「分かるもの」が少ないからなのではないでしょうか。特に新鮮味のある概念ではないと思うので、どなたかこの仮説を実証する研究や確立された理論があるならば、ぜひぜひ教えてください。
ところで、僕たち大人でも同じような脳内処理ができないものでしょうか。多分世界は自分の見知ったもの(もしくは見知った気になっているもの)で溢れているので、分からないものでも何かに関連付けて認識してしまいますよね。読めない漢字も上手く読み飛ばして、前後の文脈で推測して全体の体裁を整える、みたいな。盲点の画像も脳が勝手に周囲から補填して、抜け落ちのない画像に再構築してしまいますし。
でも本当に訳の分からないものしか存在しない世界に投げ込まれたら、恐らく焦点をどこに合わせたらいいか分からなくなりますよね。そして、その世界で視野の端に風船が現れたら、即座に認識出来る気がします。バーチャルな3D画像を作成すれば簡単に実験可能なので、これも新しい概念ではないと思いますが、そう考えると人間の脳の機能ってやっぱり面白いです。
私も、ぜひ読んでみたいです! その、論文。 見つけたら、ご報告します☆