思った以上に反響が大きかったので、前回のエントリーに対して個人的な見解の補足を少し…
端的に言うと、「留学」と「妊娠出産」は別の事柄なので、それを連結させて「留学中に妊娠出産がうんぬん…」と言う意見には賛成できません。これは留学の形態がどのようなものであっても関係ないと思っています。すなわち、自費留学であろうが、友人のケースのように勤務先の派遣留学であろうが同じです。
自費留学であれば自己責任なので問題ないが、派遣留学はお金を出してもらっているんだから、勤務先の意見も重視する必要がある、という意見にも一理あるとは思います。例えば、「二年間」という条件で留学している人が、留学中に事故に遭って、または病気にかかって学位の取得が間に合わなかったとします。その場合、「最初の条件にあったように、延長は認められない。」と言われれば、それは致し方ないでしょう。しかし友人のケースは少しこのような状況とは違うように思えます。
恐らく(例外的と信じていますが)友人の勤め先の企業論理の背景にあるのは、「妊娠出産したらパフォーマンスを落とさずに勉学(仕事)を続けるのは無理だし、期待もできない。」という考えではないでしょうか。ですから、「(こちらがお金を出している)留学中に妊娠するなんて、ありえない。」となるわけです。僕はこの意見に賛成できません。
反論一つ目。確かに妊娠出産によって、今までと全く同様のパフォーマンスを出すことは無理かもしれない。しかし、それに近いパフォーマンスを出すことは可能。
これは米国の研修医が、働きながら普通に妊娠出産している現状を見ていれば分かることです。年間の休暇を組み合わせる形で産休は一カ月のみ、育休はありません。(日本と比べればはるかに緩やかなスケジュールですが)当直も他の研修医と同様にこなすことが求められます。もちろん本人は大変ですが、家族の力を借り、ベビーシッターを雇い、母乳を搾乳して冷凍保存しながらこなしています。他の研修医と同じように働くので、優遇も冷遇もされませんが、同期に遅れることなく、研修を修了できます。
留学に関しても同様です。その主な目的は、勤め先にとって有用な知識を身につけ、幅広い人脈を作ってくること、ではないでしょうか。留学する人の中には、高いパフォーマンスを出してくる人もいれば、最低限の単位だけ取得してくる人もいるかもしれません。妊娠出産したからと言って、その目的が達成できなくなるわけではありません。子どもを育てながら学位を取った人も少なからず知っています。やるべきことさえきちんとやっていれば、引け目を感じることも、周りから非難される理由もあるとは思えません。
反論二つ目。妊娠出産っておめでたいことではないでしょうか。
こちらは少し原理的な話になりますが、「妊娠するなんてけしからん」という発想に僕は疑問があります。いつ何時妊娠しようと、それは本人の人生に関わることであって、第三者の価値観を介入させることは厳に慎重になるべきだと個人的には思っています。個人的な意見を述べていいのは、「身内」に限られると思います。
ここで少し視点を戻すと、「雇用主と被雇用者は第三者的な関係かどうか」に関わってきます。すなわち、「妊娠するなんてけしからん」という言葉が父親から15歳の娘に向かって発せられることに、僕は違和感をあまり覚えません。父親と娘の関係は、一対一の関係ではないからです。内田樹先生や諏訪哲二先生の言葉を借りれば、「贈与関係」にあたります(もともとは岩田健太郎先生に影響されてこのお二方を知るようになりました)。父親は娘と契約を結んで親子関係にあるわけではありません。「無償の愛」を与えている分、人生に関わる問題に関しても共有し合い、意見を言い合うわけです。そこに「価値観のぶつかり合い」が生じうるのは当然です。
一方で、雇用関係はどうでしょうか?日本の歴史的な「終身」雇用関係には、いくらか父権的な要素が含まれていたように思えます。したがって、そこは単なる契約を超えて、「お互いに干渉し合う文化」があったのではないでしょうか。そこでは上司と部下は第三者的関係より少し近い位置にあったと推測されます。そう考えれば、「(俺が適当だと思わない時期に)妊娠するなんてけしからん」という言葉が出てくることも納得できます。
残念ながら、このような関係性が女性の社会進出の障壁になっていた(いる?)という印象は否めません。母親は専業主婦で子どもを育てるという、日本社会の「母親としてのあるべき像」が固定化され、それが父権主義的な雇用関係で「価値観を押し付ける」形で具現化され、「妊娠出産を機に会社を長期的に休む、もしくは辞める」というモデルが確立・維持されたのではないでしょうか。
そのようなウェットな雇用関係が良いか悪いかは別にして、少なくとも友人のようなケースにはもう少しドライな関係性が望ましいと思います。雇用契約に「留学中に妊娠出産してはいけない」「妊娠出産したら会社を辞めていただきます」と書いてあるならともかく(というかこれは法律違反だと思いますが)、それが明記されていないのであれば、雇用先に求められる最低限のパフォーマンスを維持できる以上は、雇用継続に支障はないはずです。
そう考えれば、妊娠出産はおめでたいことですから、上司には「それはおめでとう!しかしこれからが大変だね。応援しているから頑張って。何かできることがあれば言ってくれ。」と言ってほしいところです。そして、妊娠出産は大変なことなのですから、辛い時には少し周りが気を使い、カバーすることも必要になります。ドライと言いながらウェットじゃん!と突っ込まれそうですが、そうではありません。「父権主義的な」ウェットさではなく、人間としての普通の想いやりのことを指しています。ちなみにこの想いやりですが、妊娠出産した本人が「それがあって当たり前」と思っていると機能しません。「妊娠出産しても普通のパフォーマンスを出すことが当たり前」と本人が思っていることが必要条件です。
反田先生久しぶりです。日本企業の人事担当者として率直な感想を下記させていただきます。(あくまで私見ですので、私のいる企業とは一切関係ないです)
基本的に先生の意見に完全に賛成です。企業としては、従業員を留学派遣する場合、その間に期待する効果、パフォーマンスのみに対して発言するべきであって、その従業員の人生に関する価値観のようなものに踏み込んで言及することは厳に慎むべきです。
一方、その前提として、「いろんなことが起こることがあるかもしれないが、それを全て乗り越えて一定の期待すべき成果を挙げてくると期待できる人を選抜して」派遣するべきということも言えます。
反田先生が言及されたように、その人が自覚を持って何が起ころうと当初の目的を果たしてくれると信頼感があるならば、企業としては余計なことを言う必要はないし、何かサポートできることがあるなら言ってねというコメントもスムーズに出てくるということです。
ですので、まぁそれは企業が金を出している以上、いろいろな感情はあれど、「あいつなら大丈夫だろう」と思える、ということが重要なのでしょう。逆に言うと、いつもいい加減なことをやっている人が例えばわがままを言って留学に出た、しかも会社の金で、というようなケースで、その途中で妊娠しまして、少し休んでいいですか、と言ってきたのならば、人間の心情として「なにやってんだよ」という印象を持つのも当然なのではないでしょうか。
よく言われることですが、「女性の権利」を大上段で構えて主張ばかりするのは好ましくなく、当然法令で保護されていますので主張はしてもいいのですが、最後は企業といえど人と人との関わりです。平生から信頼を得る努力、これが大切ということではないでしょうか。
要するに、そこに至るまでの企業側と従業員の信頼関係で、こういう場面になったときの対応がスムーズにいくかどうか、変わってくるということではないでしょうか。
あともう一点、このケースの前後関係が全くわからないので、深入りのコメントは差し控えるべきかもしれませんが、この女性のコメント「ならば会社の方針で子供は生めない」云々のところですが、企業側が従業員を追い込む(産むなんてけしからんというような)発言が適切でないのと同じように、従業員の方も、このように上司の立場を追い込むようなことはあまり言わない方がいいのでは…と思ってしまいます。いろいろなやりとりがあって、最後の最後どうしようもなくなって…というならばやむなしかもしれませんが、基本的にはお互いに思いやりと感謝の気持ちを持って、「こういう計画、スケジュールで当初の目標はお約束どおりやり切りますので、ご迷惑はお掛けしません、どうか生ませてください」というやりとりをしていただきたかったなぁ…なんて、おせっかいですが。
アメリカは仕事をしながらの出産や育児環境がヨーロッパの国よりも遅れているなんて言いますが、日本でのこういったエピソードを聞くと全然ましですね。反田先生のおっしゃるように、妊娠したら「おめでとう」なんです。日米とかレジデンシーとか留学中とか関係ないと思います。pay backはあとあとの話で、どうやって妊娠を良い環境で続けていけるかをみんながサポートしていくことが大事なわけです。アメリカはそういった点は誰もが尊重しますね。子供を作ることは人生最大の成果ですよ!頑張れ少子化日本!
>石津 コメントありがとう!僕もぜひ友人には、仕事も育児もばっちりとこなすスーパーウーマンになって欲しいと思ってます。そして彼女なら恐らくできるに違いない…
>三枝先生 確かにアメリカでの妊娠出産への社会的なサポートのあり方は、勉強になることが多いですね。働いている女性の妊娠に皆が素直に「おめでとう!」と言える社会環境は、つくづく恵まれているなあと思います。
こんにちは、海外出産・育児コンサルタントのノーラ・コーリです。
世界の出産事情を調べている立場のものとして、アメリカでのわずか2泊で出産後退院することやわずか3か月で職場復帰すること、そして育児休暇などないこと、いろいろと考えていました。けれどもその国 その国でそのような 制度ができているのであって、ほかの国との比較ではないといつも思うのです。つまり日本の企業の中には1年間の育児休暇があってうらやましいと思うのか、そんなに長いこと職場を離れていたらキャリアに影響するとみるのか。結局はそれぞれの人生に合わせたチョイスがあれば一番いいのだと思います。フランスの育児休暇もスウェーデンの育児休暇もうらやましいと思う反面、それを支えるための犠牲があることなどほかの国は見えてないと思います。つまりそれぞれの国でその国にとって 一番良いシステムが生まれればいいのであって、ほかの国と比べるときには十分気を付けてコメントをしなくてはいけないということを感じます。最後に、日本の少子化は確かに深刻です。日本の将来をしょっていくのは まさしくこれから生まれる子どもたちなのですから。そのためにもみんなが少子化問題に取り組み、これから産もうとしている人たちをサポートしていかないと日本の将来は危ないでしょう。It is the children of the next generation that will support the future of the country.