レジデントあるいはフェローとしてフルタイムの給与を与えられながら、5万ドル以上もする大学院修士課程の学費がサポートされるという機会が、自国民のみならず、外国人にまで開かれているということは、にわかには信じ難いことかもしれません。しかし、そこには明確な論理が存在しています。換言すれば、それだけの投資を正当化しうるようなインパクトが、Leadership Preventive Medicineというプログラムにはあるのです。
このプログラムに所属するレジデントは、2年間かけて、ダートマス大学教育病院における医療の質の向上を目的としたプロジェクトを各自の責任で立案、実施、評価することが求められます。MPHの取得過程で得られる生物統計や疫学、臨床研究手法、医療機関の経営分析法といった知識を動員しつつ、必要なデータを収集・分析し、設定したアウトカムが得られるように、コーチとよばれる指導医によるマンツーマンの教育が行われます。レジデントは、幾度かの経過報告のためのプレゼンテーションを経て、1年目の終わりに、Practicum Review Boardと呼ばれる、プロジェクトの承認を検討する重役会の場においてプレゼンテーションをしなくてはなりません。しかも、このPracticum Review Boardは2つの段階から成っており、初回のプレゼンテーション(formativeとよばれる)の際に議論された課題や問題点を、およそ2ヶ月後に行われる2回目のプレゼンテーション(summative)までに再検討し、必要ならば是正することが求められます。前回の投稿の冒頭で、私が「大きな仕事を一つやり終えた」と言ったのは、このsummativeを無事に終えることができたからです。
Leadership Preventive Medicineというプログラムでの経験は、私に、この国の人々の非常に合理的な側面を再認識させてくれました。「(国籍の如何にかかわらず)レジデント教育のために、大きな投資も厭わない。それによって、彼らに、この病院における医療の質の向上に貢献してもらう。そのために妥協はしない」。こうした理念のもとで、多くのプロジェクトがこれまで実施され、成果を上げてきました。私のプロジェクトは、院内における微生物感受性と抗菌薬のミスマッチを検出して是正する、新しいシステムづくりに関するものです。同僚たちのプロジェクトを例にあげると、「ICUにおける不適切な輸血を防止を目的とするプロジェクト」「大腿骨骨折により入院した高齢患者を対象とした、骨粗鬆症治療ガイドラインに従ったフォローアップの徹底を目的としたプロジェクト」「院内におけるバンコマイシンの適性なTherapeutic Drug Monitoringのシステムづくり」など、多岐にわたり、かつ興味をそそられるものばかりです。
Preventive medicineのレジデントとして公衆衛生学修士課程で学びつつ、大きなプロジェクトを立案・実施し、感染症フェローとしてクリニックや週末の病棟でのコンサルトを担当するという「一人三役」は確かに簡単ではないのですが、それに十分見合うだけの、成長のための機会が与えられていると実感しています。所属しているプログラムと、この国に対する感謝の気持ちは尽きることがない、というのが正直な気持ちです。
2回にわたって、アメリカにおけるpreventive medicine分野の専門医教育について、私の所属するプログラムを例に紹介しましたが、アメリカに限ったことではなく、日本の外に視野を広げることで、医師としてより多様なprofessional developmentの機会を手に入れることができるという点を強調して、この回を終えたいと思います。
はじめまして。
突然の連絡で失礼いたします。
現在日本で腫瘍内科のトレーニングを受けている医師4年目の河知 あすかと申します。
今後、アメリカで予防医学の勉強をしたいと考えています。
こちらのブログを拝見し、もう少しお話を伺ってみたいと思い連絡をさせていただきました。
非常にお忙しいところ申し訳ありませんが、ぜひアドバイスをいただけないでしょうか。
私は将来、悪性腫瘍の予防医療を専門にしたいと思っています。
具体的には乳がんもしくは、大腸がんの分野で、日本の検診の普及につとめ、検診の内容を明確化させたいと思っています。
現在は、英語がまだまだ未熟な上に腫瘍内科としての力量もトレーニング中ですが、
実現にむかって、ステップを踏んでいきたいと思っています。
青柳さんの軌跡に強く興味を惹かれました。
お忙しいところ申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願い申し上げます。
河知さん:ご連絡どうもありがとうございました。「悪性腫瘍の予防医療」、特に「検診」に興味があるとのことで、ぜひお勧めしたい本があります。H.Gilbert Welch著、”Should I be Tested for Cancer?” (University of California Press)という本です。一般向けに書かれており読み易いですが、疫学的な議論で読み応えがあります。彼は、私が所属しているダートマスのMPH課程で疫学と生物統計学を教えている教授で、退役軍人病院のプライマリ・ケア医でもあります。JAMAやNEJMの常連でもあるので、彼の論文を読んだことがあるかもしれませんが、米国の予防医学専門医トレーニングで学ぶことができる悪性腫瘍検診に関するトピックの一つとして、興味を持たれるのではないかと思い、紹介させていただきました。