スマイル0円
お口の恋人
タンスに○○
これらを聞いて特定の企業、あるいは商品を思いついただろうか?その場合該当企業の宣伝戦略は成功である。もっとも、私が日本を離れて数年経つので、これらの例には多少時代錯誤感があるかもしれない。。。その場合、これらはどうだろうか?
Just Do It.
Think Different.
気付こうと気付かまいと、私たちは多くの宣伝広告に触れており、多かれ少なかれ私たちの消費行動に影響を与えている。最近、フィギュアスケートオリンピック金メダリストのキム・ヨナ選手のビールの広告が未成年の飲酒を助長する恐れがある、という記事を見かけた事がある。これは今に始まった事ではない。アルコール飲料で明らかに若年者をターゲットにしたものがあれば、喫煙に関しても(昨今規制が厳しくなって来てはいるが)明らかに若い女性をターゲットに「クールで格好よい」というイメージを表に出しているものもある。
この広告と消費行動の関係についてはもちろん医療の世界にも言える事である。一昔前までは、製薬会社の配るペンやマグカップ、お食事会などをよく目にしたものだが、これらは医師の診療行為に影響を及ぼすものだ、ということでアメリカでは昨今この事に対する取り締まりが厳しくなっている。私の現在の所属する大学でも独自のルールを設け、製薬会社との個人的な接触を制約している。例えば、製薬会社が配る薬品名の着いたペンやマグカップを受け取る事、あるいは「薬剤説明会」と称した食事会などへの参加を禁止したり、また研究費を受け取ったりした場合は必ずそのことを申請、公表しなくてはいけない、といったものである。また、こちらの医療現場では、基本的には薬品の一般名を用いるが(一般名が言いにくい、あるいは長い、といった場合は商品名を使う事もあるが)、日本のマニュアルなどでは商品名が併記されていることが多いし、医療現場でもまだまだ商品名の方が通用する印象を受ける(実際私が研修していたときはそうであった)。
一方、医療者側を規制したとしても(そして広告に左右されない臨床判断ができたとしても)、広告の影響は消費者もうける。抗HIV薬の中には、 lipodystrophyといって、体脂肪が腹部など体幹に集中し、逆に四肢は細くなるという体型の変化をもたらす副作用をおこす種類のものがある。現在ではlipodystrophyをおこしやすい薬はほとんど使われなくなっているのだが、過去にそういう薬を投与されていた患者さんで、今でもその体型だけが残ってしまっている患者さんがいる。そして、その副作用を少しでも和らげる事を狙い、tesamorelin (商品名egrifta)という成長ホルモンの一種の注射薬が登場しているのだが、一時期立て続けに患者さんが「僕のビール腹を治す注射薬があるってきいたんだけど、どうやったら手に入るんだ?」と言われたことがあった。なんで急に聞かれるようになったんだろう、と不思議に思いながら外来の待合室を通り過ぎると、待っている患者さんのほとんどは待合室にあるテレビ画面を見つめ、流れているワイドショーや、コマーシャルを目にしている。私は自宅にテレビがないので、普段はあまり気付かなかったが、以前に自分が歯医者にかかった時、待合室でテレビに目を向けると、かなりの頻度で「○○という薬は素晴らしい。あなたも手に入れられるか、かかりつけのお医者さんに聞いてみましょう」といった類いの薬の宣伝をしているコマーシャルが流れている事に気がついた。例のtesamorelinに関しては、外来付近のバス停にも大きな広告が貼付けてあるのを見かけた。私の診療する患者さんにはMSM(men who have sex with men)の人たちも多くいるが、特に彼らの間に特に外見を気にしてこの薬を尋ねてきた人が多い印象であった。
(tesamorelinの広告一例)
もっとも、私にtesamorelinについて聞いて来た患者さんのほとんどは、抗HIV薬の副作用ではなく、明らかに「肥満」の影響だったのだが、中にはこの広告の影響か、自分のビール腹は抗HIV薬の影響であり、この薬さえ投与すれば改善する、と信じ切っている患者さんもいたのには困ってしまった。