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野木真将

ブログについて

ハワイは温暖な気候と全米一のCultural mixが見られ、医師としての幅広さを養うにはいい環境と感じています。 旅行だけでは見えない、ハワイ在住の魅力もお伝えできればいいなと思います。

野木真将

兵庫県出身、米国オハイオ州で幼少期を過ごす。京都府立医大卒、宇治徳洲会病院救急総合診療科の後期研修を修了。内科系救急を軸とする総合診療医として活躍したい。よきclinical educatorとなるため、医師としての幅を広くするため渡米。2014年よりハワイで内科チーフレジデントをしながらmedical education fellowshipを修了。2015年よりハワイ州クイーンズメディカルセンターでホスピタリストとして勤務中。

前編では私の勤務先での院内 COVID対策を紹介しました。
大切なのは対策委員会で情報を集約化し、明確な役割分担権限を与えて、困った部門にはリソースを無駄なく再配置することであることを強調しました。
そして、毎日増える情報とスタッフの不安を拭うためにも、正確で迅速な情報開示と組織の意思決定プロセスの透明性を伝えることも大事です。
来たる業務量の急な増加(サージ)とスタッフの不足(病欠による絶対的不足と業務量増加による相対的不足)をどう補うのかを検討することも必要です。
前回の記事(前編)に対して、「何を元に組織構成を決めたのか?」という質問をいただきました。
当院では大規模災害発生時の緊急対策戦略が既にあったので、それをたたき台にしてパンデミック用に調整したそうです。
ただし、初回のインパクトに対して事後処理をしていく災害と違い、パンデミックは「継続的なインパクト」という面が大きく違い、様々なフェーズに調整していく組織の柔軟性を必要とします。
災害医療の4つの原則(Command & control, Safety, Communication, Assessment [CSCA])を紹介しましたが、それ以外にも参考になったのは
「パンデミックのC−10」(下表)というのもあります。
対応例
Contain 出勤者と来院者の検温、専属病棟への隔離
Control 面会制限、食堂や喫茶店の封鎖
Create 新しい院内マニュアルやガイドライン、人工呼吸器回路、陰圧隔離室、検査用の屋外テント、院内確定患者数/検査数/防護具の在庫などの情報共有ができる電子カルテ上の掲示板
Capacity 予定手術、検査や健診の中止、ICUや感染病棟の増床
Conserve N95マスクの除菌再利用システム、頻用薬の使用管理制限、仕入れ業者の増加
Capital 災害対策基金からの予算確保
Communicate 院内メール、イントラネットを自宅からアクセスできるようにする、職員からの質疑応答に回答する管理者からのビデオレター、対策事務局用のコマンドセンター設置、院内を巡回する対策指導チーム、院内ニュース、Slackなどのビジネス会議チャットアプリ、Webexなどのオンライン会議ソフト
Clarity 共通認識を持てるようなスローガン(” Flattening the curve” “Social distancing”)
Community 地域からの物資の寄付
Connection ハワイ州緊急対策協議会(HIEMA), ハワイ州医療機関連盟(HAH)などの団体との連携
今回の記事では、ホスピタリスト部門としての具体的な取り組みや経験談をもう少し掘り下げて紹介したいと思います。

COVID専用病棟の設立と専属ローテーションの設定

対策委員会がまず先に決定したことは、COVID専用病棟とCOVID専用集中治療室(ICU)をどこに設定するかということでした。ERの外にはトリアージ用の災害テントも立ちました。
このように動線を分けて集約化することは、個人防護具(PPE)の節約とスタッフの経験値の蓄積による院内感染対策の効率化を意味していましたので、理にかなっていました。
当院では、九階の病棟をCOVID専用に割り当てました。主な理由としては、全室個室であることと、ICUの外で人工呼吸器を日頃から扱える病棟はそこだったのでスタッフと呼吸療法士の息が合っていることがありました。
さて、病棟が決まったのは良いのですが、そこを担当するホスピタリストを誰にするのか?という課題がありました。
元々当院の病棟割りは看護技術を中心に患者が集まっており(例:脳卒中患者は神経内科トレーニングを受けたナースのいる5階病棟)ホスピタリストにはいわゆる「担当病棟」はなく、病棟管理する総合内科医としてほぼ全ての病棟に担当患者がいるシステムでした。
病棟スタッフとの退院連携の効率性アップの理由で、病院側からは担当病棟を決めたホスピタリストの割り振り(英語ではGeographic roundingと表現)を積極的に検討するように要望はありましたが、1週間ごとに入れ替わる我々の働き方には合わないことと患者が院内でも転々と病棟を移ることが多く、その度にホスピタリストの担当変更をするのは非効率であるとの理由で実施は先送りになっていました。しかし、COVID担当病棟となると話は別でした。
立ち上げた当初は既存のシフト予定を変更しないといけなかったので、まずは有志を募ってCOVID担当ホスピタリストを割り当てました。
しかし、事態が長期化する可能性もある中でいつまでもボランティア精神だけでは回していけないとの意見もスタッフ内部から上がり、全員がいつか回ってくるローテーションシフトとして組みこみました。
「日常からHIVでも結核でも担当できるようにトレーニングを積んできたので、適切なPPEを与えられればきっちりとこなす。恐れはない。」
そんなプロフェッショナル精神にあふれた同僚には頼もしさを感じました。
ローテーションとすることでよかったのが、COVID病棟担当のホスピタリストが感染した際のバックアップをシステム化できたことです。
院内感染は極力防ぎたいところですが、消防士が火災現場で火傷をするリスクが高いのと同じように、コロナウィルス暴露が集中している病棟で勤務するものが感染することは想定内でした。
当院ではバックアップとして、ERからの新規入院ばかりを担当するシフトの人を設定しました。
病棟フリーの立場の方が、バックアップで入る場合に担当患者の引き継ぎなどの労力が少ないと判断したからです。
その分入院手続きをする人的資源が減るので、院内の他のホスピタリストグループ(当院には他に2つあります)にはその際の業務負荷軽減の協力を事前に了承してもらっていました。

感染対策を最大限にする工夫

前述のように、COVID病棟専属ホスピタリストは週替わりのローテーションで担当することになったので、ホスピタリストスタッフ全員に回ってくる機会があることが周知されました。
入院担当や夜間専従のホスピタリストもCOVID疑いおよび確定例に遭遇する場面は増えていきました。
そこで最優先事項として動いたのが、PPEの着脱スキルの再教育と確認でした。
院内の感染対策部スタッフに毎日のようにオフィス(日本でいう医局みたいなもの)に来てもらい、CDCの勧めるPPEの正しい着脱方法を指導と確認してもらいました。
修了したものは記録に残し、やり忘れのないようにしました。
CDCの勧めるN95マスクの使用条件も曖昧さ(エアロゾル発生の有無による使い分け)があり、最初は当院でも戸惑いがたくさんありました。
やがてN95マスクをUV-C線で洗浄再利用するシステムができ、在庫状況もよくなったことで再利用を気にすることなく使えるようになって、皆安心しました。
個人のPPE着脱スキルを標準化することがまずは開始点でしたが、他にも病棟内でCOVID陽性患者への入退室回数を減らす努力もしました。
投薬および入退室回数をまとめる、病室内電話での問診、院内Wifi接続したタブレットでのビデオチャット、コンサルタントの専門医はカルテチェックのみ、と言った工夫をしました。

院内PCR検査の適正使用を管理する

未知の新興感染症であるが故に、最初は救急やウォークインで来院する感冒症状の患者がどれも疑い例になっていきました。
地域での有病率も分からない中で、ハワイは観光客が多いことから「きっと多いだろう」という漠然という不安感から開始しました。
米国は他国と比べてPCR検査の普及に出遅れ、当院でも最初は限定的な使用から開始し、意識統一のために院内でPCR検査を出す基準をガイドライン文章化し、何度か改訂もしました。
感冒様症状だけでなく、渡航歴やばく露歴を重視した形での運用でありましたが、感染経路がトレースできない、または渡航歴の全くない市中感染が増えてきてからは
検査を出す基準は症状ベースになっていきました。
幸い早いうちにオアフ島内でのPCR検査のキャパシティも増えていき、院内採取の検体に関しては1日に180件近いペースで検査していきました。
PCR検査を開始したら結果が出るまでは4時間と言ったところでしたが、90検体が揃った時点でPCR実施するため、夜中に採取された検体が翌朝までPCR検査されないことも多くありました。
ホスピタリストとして困ったのは、検査結果待ちの疑い症例もPPEを完全装着で全て専属病棟にて管理する方針であったことです。
誰が見ても明らかにCOVIDを疑っても仕方ない症例ならいいのですが、「他の疾患の可能性の方が高いけど、念のために検査しておきたい」という判断で出された検査待ちに悩みました。
リソースを消耗してしまうので、事前確率の低い検査はなるべくしたくなかったのですが、見落としもしたくないというジレンマですね。
当初は疑い症例が専属病棟に上がってくるものの、6−12時間ほど経ってから、PCR陰性の結果が出て、他病棟に移って担当ホスピタリストも引き継ぐ、という流れが続きました。
短時間で結果の出る検査が普及したらなくなる悩みであるとは感じていましたが、それまでは院内で入院後の患者やERから入院する患者にPCR検査をオーダーする際には、トリアージをするホスピタリストに相談をする、という方針になりました。
「検査をするべきか?」という相談もそうなのですが、事前確率の低い検査であれば「わざわざCOVID専属病棟に移動せずに現在の病棟に残留して結果を待つべきか?」という判断を下す役割をホスピタリストが担っていました。
そうやって相談を受けた症例に関してはログをつけて、事前確率の判断と結果を照合しながら、経験蓄積を持って臨床判断の精度を高める努力をしました。
COVID様症状は本当に厄介なもので、様々なものに似ているので非常に悩ましかったです。我々の施設では最初はCOVID疑いで検査を出されたが、最終的に他の疾患であったものが80%近くを占めました。
例えば、感染性心内膜炎、細菌性肺炎、インフルエンザ、心不全の増悪、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の急性増悪、好中球減少性発熱、電子タバコ関連肺障害(EVALI)、転移性肺癌、間質性肺炎、過敏性肺臓炎、サルコイドーシス、血管炎、などの最終診断を下された患者がCOVID病棟を通過していきました。COVIDが他の疾患と共存する「共感染」の報告(5%以下)も聞いていたのですが、当院での経験では他の疾患に確定されたものは大抵COVIDではなかった印象です。
きっと市中での有病率が予想より遥かに低かったのでしょうね。
この様に、不安と不明点の多い臨床の中でも、日々の臨床判断の精度は落とさないで質の高い総合診療をすることが本当に大事だと再確認されました。
やがて45分間で結果の出るCepheid社の超迅速PCRができる様になり、ERで待機中や転院搬送前にCOVIDを除外してしまうことも可能となりました。
これもキャパシティは限られているので、やたらとオーダーされては在庫がすぐになくなってしまうのでホスピタリストが相談を受けて検査の承認をしていました。
ついに最近では15分間で結果の出るAbbott社の検査キットも導入されました。
どの様に活用するかは各施設内で十分に協議しなければなりませんね。
無症状者にどれだけ検査をするのか?が現在直面している悩みです。
ハワイ州の様に有病率が低い地域では、無症状の人にPCR検査をしてたとえ陽性の結果が出たとしても「真の陽性」である確率は低い方(60%程度)だと言われています。
エアロゾルが発生する手術前、分娩前の妊婦、リハビリ施設に転院する前などのスクリーニング目的でPCR検査を依頼されることも増えてきましたが、
今の流れではどんどんと検査をする対象が広がる傾向にありますが、個人的には致し方ないかな、とも思います。
このあたりのサーベイランス、早期発見と隔離システムを先に構築しないと、
地域社会全体の経済活動を再開したり、院内の通常業務(待機予定手術、健診、外来)などを再開した際にクラスター発生への対応が後手になる心配があるからです。
IgG/IgM抗体検査の話題もよく聞こえてきますが、他のどの検査と同様に、「事前確率と結果判明後の行動変化の検討のない検査は意味がない」と思います。
例えば病院職員のIgG抗体を測定したとしても、次にSARS-CoV2に暴露した時にCOVIDにならない抗体レベルが分からない以上は、やはり完全防備で診療に当たります。
「自分にはIgG抗体があるから、手洗いやPPEは適当でいい」なんて職員がいたら、下手をしたら院内感染を広げる原因になりかねません。

COVID病棟運営での悩み

COVID陽性患者が発症から10日前後に呼吸状態が急に増悪するとは聞いていましたが、本当にその様な印象でした。
幸い早いうちに集中治療チームと連携をとり、状態が悪くなりつつある患者は陰圧隔離室でいつでも挿管できる様な体制で日々監視をしていましたし、
いざ人工呼吸器管理と集中治療が必要になった際には連携がスムーズでした。医療崩壊の定義は様々かもしれませんが、「集中治療が必要な人に迅速に提供できる体制がある」のが一つの鍵となる気がします。
他の医学的な病棟管理の詳細はここでは割愛しますが、ワシントン大学、UCSF、マサチューセッツ総合病院などから出ている資料が全米の医療従事者だけのSNS経由で共有されたりしたのでとても参考になりました。
それ以外で悩ましいことは他にもたくさんありました。
その一つは面会制限されている中でのCOVID患者さんの孤独でしょうか。
ハワイでは多言語、多文化環境なので、普段ならベッドサイドにいる家族が通訳や精神的サポートでこまめに患者を支えてくれ、医療チームの一員として我々も頼りにしていました。
しかし今回のCOVIDに関してはそのサポートは得られませんでした。
残念ながら看取りとなる場面でどの様に患者の孤独を支え、家族が心残りのない様に看取ることができるかを早期に緩和ケアチームと相談しながら対応していきました。
他の専門家との調整も必要となりました。特に頻度が多かったのが精神科、外傷外科、消化器内科あたりでしょうか。
精神科の場合は病歴や渡航歴、暴露歴が正確に聴取できないことも多く、本来なら精神科病棟で入院管理するところもわずかでも感冒様症状があれば内科病棟での検査と管理を依頼されることが増えました。
外科系や内視鏡医からは手術や内視鏡検査前のCOVID除外の相談がありました。
最後に、退院時の悩みとしては、当院ではPCR陰性化を確認してからの自宅退院という方針ではありませんでした。症状が改善して酸素投与が不要になれば退院を検討していきました。普段と同じです。
患者自身に判断能力がしっかりあり、家庭環境が隔離できる条件であればいいのですが、そうでない状況(認知症がある、ホームレスである、同居の家族が多い、など)もありました。症状の軽い患者の隔離用ホテルやシェルターの整備を行政とも相談しながら対応していきました。
退院後にフォローする開業医のプライマリケア医も遠隔診療に切り替えていたり、対面でもフォローが不安な場合も多かったので、そこは感染症専門医が遠隔診療でフォローして隔離解除のタイミングを判断する方針を立てたりしました。
今度のCOVIDは局所的で一時的な災害ではなく、全地域を巻き込む持続的な危機であることから、一つの病院グループだけで立ち向かえないということを認識させられました。

COVID患者に対応するホスピタリストの心構え

たくさんの臨床試験が現在進行形で行われており、当院でも段階的に臨床試験に参加していっていますが、
今の段階ではCOVID患者に対してホスピタリストが積極的に何らかの検査や治療薬を投与して、予後がどうこうなるという印象はありません。
見逃しがない様に総合内科マインドで対応すること、重症例がスムーズに集中治療ケアへと移行できる様に状態変化を注意深く観察すること、患者と家族の心理サポートを含めた多面的なケアをすること、多職種と連携をとってベストな退院調整をしていくこと、など
縁の下の力持ち的な役割が多い印象です。逆に言えば、このあたりが上手にできることから、当院ではCOVID病棟の担当を任されたのは感染症専門医でも、呼吸器内科医でもなく、ホスピタリストだったのでしょう。
「危機の中でも普段通りのことをきっちりとこなしていくこと」こそが大事なのでしょう。
そういった点では、PPEが不足している現場のことを知ると本当に心が痛みます。我々もいざ足りなくなったら出勤スタッフを半分に減らす覚悟で考えていましたが、そうなると当然色々なケアが疎かになるでしょう。
防護具が足りなくなれば「普段通りの質の診療はできない」という認識を病院上層部や地域住民にもわかってもらわなければなりません。
最後に、我々ホスピタリストは入院管理を専門としているが故に、対面するのはあくまでも最初のスクリーニングを終えた患者ですでに個室にいてこちらも防護具を用意できる状況での対応になります。なので、少しは精神的に構える余裕があるでしょう。
そういった構える時間的、および精神的ゆとりのない状況で対面しないといけないファーストレスポンダー(救急隊員、警察官、消防士)、救急医、地域開業のプライマリケア医、老健施設の介護スタッフの方々には本当に頭が上がりません。
ものすごいプレッシャーの中で消耗しながら日々仕事をしていることでしょう。
大変感謝しています。

まとめ

– ホスピタリストとしてCOVID専属病棟の立ち上げ、運営、検査などについての経験をまとめた。
– 危機の中でも、日々の臨床判断の精度は落とさないで質の高い総合診療をすることが大切である。
– COVID患者対応特有の問題点には多職種と地域、行政と一体になり対応していくべき。
– 「非日常」から「COVIDがいる新しい日常」に移行するプランを検討していくことが今の課題。

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