最初は単なる憧れでした。
映画は洋画の方がおもしろくかっこよかったし、英語をすごく勉強しても帰国子女の同級生に試験で勝てなかったり。そんなことで、アメリカにいつか行きたいなと漠然と思い始めた高校時代。浪人を経て医学部入学。多くの大学生と同じように、テストだけ通ればいいやと若気の至りで勉強から逃避。3年生まで最低限授業にでて、単位だけをとる”楽業”生活。そんな自分に失望しながらも、アメリカへの憧れはなくさずにいて、3年の夏休み時にボストンに一ヶ月語学ホーステイ。
会話は全然できなかったんだけど、すごく楽しかったんです。複雑な話とか感情は英語では表現できなかったから、感受性が研ぎ澄まされて思考が純朴になってました。
そんなある日、ホームステイ先の家族とその友人宅へ夕食へ出かけます。その家庭には4歳くらいの男の子がいて、僕たちが入ると玄関まで出てきていました。僕は、すっかりアメリカ人気取りで”Hi, How are you ? “なんて調子良く話しかけます。すると、その子は僕のことを無視するように全く無口。それまで、道ばたで子ども達に話しかけるときまってみんな元気に”Hello!”なんて挨拶を返してくれてたから、この子はなんて感じが悪いんだと少し気分を害しました。さて、晩餐もおわりに近づいた頃その子がアニメの”ダンボ”を見始めました。僕は大人達の会話には全く入れずでしたので、食卓を外れたい気持ちがあり、一緒に見ることにしました。
その違和感はすぐに何かはわかりませんでした。さっきまで無口だった子が、急に笑顔で体を動かしながら叫び始めます。何度も手をばたばたするジェスチャーを僕にしてくるんです。
はっと気づきました。この子は耳が聞こえない。
大人達の会話ではきっとこの子の話は出ていたと思いますが、僕は理解できるはずもなく、この無口な男の子を一瞬でも感じが悪いなんて思った自分がとても恥ずかしくなりました。何十回、何百回とこの”ダンボ”を見ているのでしょう。手をばたばたする動きは、ダンボがその大きな耳を羽ばたかせて空を飛ぶシーンの真似でした。もちろんそれ以前に医学部の授業の一環でもっと重い障害を持った子どもやその家族と接したことはありました。でもなにか、このときの体験は特別でした。自分が今いる複雑な社会とは全く違う。こんなに単純で素朴なことが強い感動を引き起こす。僕が小児科医を志した理由はいくつかありますが、このときの体験はそのうちのひとつです。エレベーターに知らない人同士で乗ってるとすごく気まずいですよね。はやくつかないかな、なんて思ってしまう。そこに、ちいさな子どもがニコニコした顔で乗ってくると、ぱっと雰囲気が変わる。周りの大人達もニコニコしだすし、自分も思わず笑顔になってしまう。そんな”力”が子ども達にはあります。
話がだいぶそれてしまいました。ちょっと長くなりましたね。今日はこの辺で、続きは次回に。