Skip to main content
反田篤志

ブログについて

最適な医療とは何でしょうか?命が最も長らえる医療?コストがかからない医療?誰でも心おきなくかかれる医療?答えはよく分かりません。私の日米での体験や知識から、皆さんがそれを考えるためのちょっとした材料を提供できればと思います。ちなみにブログ内の意見は私個人のものであり、所属する団体や病院の意見を代表するものではありません。

反田篤志

2007年東京大学医学部卒業。沖縄県立中部病院で初期研修後、ニューヨークで内科研修、メイヨークリニックで予防医学フェローを修める。米国内科専門医、米国予防医学専門医、公衆衛生学修士。医療の質向上を専門とする。在米日本人の健康増進に寄与することを目的に、米国医療情報プラットフォーム『あめいろぐ』を共同設立。

★おすすめ

(この記事は、2016年12月16日に若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に掲載されたものです。Cadetto.jpをご覧になるには会員登録が必要です。)

「新規入院の患者さん、トランスジェンダーなので、個室準備お願いします」

 病棟の看護師長がERから電話を受け、担当となる看護師のシェリーに伝える。シェリーは慣れたもので、着々と準備を進めていく。トランスジェンダーの患者さんを診たことがない研修医の私は、初歩的な疑問を投げかける。

「なぜ個室が必要なんですか? 特に感染症もないのに」
シェリー「今回の患者さんは男性→女性のトランスジェンダーで、手術はまだみたい。本人的には女性だから、男性と一緒の部屋にして欲しくないのは分かるでしょ。逆に女性と一緒の部屋にしたら、他の患者さんが困るじゃない。トイレも共用だと困るから、専用のトイレがついている個室でないと対応できないのよ」
「なるほど。確かに。じゃあ手術済みの場合はどうするんですか?」
シェリー「その場合も個室を用意することになってるわ。本人にとっても周りの患者さんにとってもそれがベストだから。あ、ちなみに名前を呼ぶときはMs.って呼ぶように。間違ってもMr.って呼ぶのは避けて」
「分かりました」(けっこう難しいなあ…)

ニューヨークのこの病院にはトランスジェンダーの患者さんへの対応マニュアルがあり、病棟でのプロトコールも定められている。入院は決して少なくない頻度であるからだ。こうした対応を可能にするために、ERや入院登録の担当部署では、患者の性別を確認する際に、「トランスジェンダーですか?」と必ず聞く決まりになっている。医師を含めて医療従事者が正しく対応できるように、カルテの目立つところにトランスジェンダーの印がついていて、病室の扉にも(他の患者さんからは分からない形で)識別サインがある。

改めて見回すと、患者さんや訪問者が使える院内のトイレはほぼ全て、車椅子で入れる個室になっていて、男女の識別はない。男性用の小便器に至っては見たことがない。それまでは気づかなかったが、あらゆるニーズに配慮した病院設計がなされているのだろう、と感心した。

入院診察のために部屋に入り、「Hello, Ms. ××」と挨拶する。見た目にはまだ男性の彼女は、うっすらと化粧をして身なりは中性的だった。最初はやや身構えていた私だったが、問診を進めるうちに打ち解けていった。一通り入院診察を終えて部屋を出ようとすると、彼女はチャーミングな笑顔で「Thank you」と言った。私も笑顔で「My pleasure」と返し、部屋を後にした。そのやり取りに、特別な配慮は必要なかった。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。


バックナンバー