(この記事は、2016年12月16日に若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に掲載されたものです。Cadetto.jpをご覧になるには会員登録が必要です。)
「新規入院の患者さん、トランスジェンダーなので、個室準備お願いします」
私「なぜ個室が必要なんですか? 特に感染症もないのに」
シェリー「今回の患者さんは男性→女性のトランスジェンダーで、手術はまだみたい。本人的には女性だから、男性と一緒の部屋にして欲しくないのは分かるでしょ。逆に女性と一緒の部屋にしたら、他の患者さんが困るじゃない。トイレも共用だと困るから、専用のトイレがついている個室でないと対応できないのよ」
私「なるほど。確かに。じゃあ手術済みの場合はどうするんですか?」
シェリー「その場合も個室を用意することになってるわ。本人にとっても周りの患者さんにとってもそれがベストだから。あ、ちなみに名前を呼ぶときはMs.って呼ぶように。間違ってもMr.って呼ぶのは避けて」
私「分かりました」(けっこう難しいなあ…)
ニューヨークのこの病院にはトランスジェンダーの患者さんへの対応マニュアルがあり、病棟でのプロトコールも定められている。入院は決して少なくない頻度であるからだ。こうした対応を可能にするために、ERや入院登録の担当部署では、患者の性別を確認する際に、「トランスジェンダーですか?」と必ず聞く決まりになっている。医師を含めて医療従事者が正しく対応できるように、カルテの目立つところにトランスジェンダーの印がついていて、病室の扉にも(他の患者さんからは分からない形で)識別サインがある。
改めて見回すと、患者さんや訪問者が使える院内のトイレはほぼ全て、車椅子で入れる個室になっていて、男女の識別はない。男性用の小便器に至っては見たことがない。それまでは気づかなかったが、あらゆるニーズに配慮した病院設計がなされているのだろう、と感心した。
入院診察のために部屋に入り、「Hello, Ms. ××」と挨拶する。見た目にはまだ男性の彼女は、うっすらと化粧をして身なりは中性的だった。最初はやや身構えていた私だったが、問診を進めるうちに打ち解けていった。一通り入院診察を終えて部屋を出ようとすると、彼女はチャーミングな笑顔で「Thank you」と言った。私も笑顔で「My pleasure」と返し、部屋を後にした。そのやり取りに、特別な配慮は必要なかった。