(この記事は、2014年8月5日に若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に掲載されたものです。Cadetto.jpをご覧になるには会員登録が必要です。)
臨床判断支援システム(Clinical Decision Support System;CDSS)をご存じだろうか。医療従事者が臨床判断する際に有用な情報を提供するコンピューターシステムのことで、米国では急速に開発が進んでいる。CDSSの一部は既に実用化されており、近い将来、医療に大きな変化をもたらすだろう。
薬をオーダーすると、「この患者はその薬にアレルギーがあります!」と教えてくれるシステムを導入している病院は多いと思うが、それは初歩的なCDSSだ。既に米国では、抗菌薬をオーダーしたいとき、血液検査上の腎機能を考慮しつつ、ガイドラインで推奨される薬のリストを提示してくれるシステムが実用化している。
今後、より進化したシステムが出てくるだろう。例えば、「低Na」と入力すると、臨床所見に応じた必要な検査リストが表示され、それらの結果を基にした診断アルゴリズムから、患者がどのカテゴリーに属するかを表示してくれる─というような。ICU(集中治療室)では、体重や呼吸器モニターの数値、診断や酸素分圧の設定目標値などを基に、人工呼吸器の調整をアドバイスしてくれるかもしれない。
ただし、全てのCDSSが臨床医の役に立つとは限らない。薬をオーダーするたびに、相互作用などの注意表示が複数表れるのには私もうんざりしているし、多くの医師はそんなアラームを無視するだろう。
求められるのは臨床医の思考の流れに沿って、意思決定する“時”に“その場所”で必要な情報を提供し、“何をすればよいか”を示唆してくれるCDSS。要は、臨床医にとって邪魔なものと見なされず、教科書をいちいち調べるなど臨床医が普段費やしている“無駄な”時間を節約してくれるようなシステムだ。
CDSSを上手に使えば、医師が全ての意思決定をする必要はなくなる。例えば、既往歴のない若い女性が典型的な膀胱炎症状を訴えて受診した際は、抗菌薬の必要性と、その選択をCDSSが提示してくれる。CDSSは、医師に準じた資格を持つ医療従事者が、適応のある範囲でアルゴリズムに沿った医療を実施する道を開く。一方医師は、意思決定の多くから解放され、高度の臨床判断を要する“本来の業務”に集中できる。医療過疎地における強力なツールにもなり得るだろう。
CDSSの普及で医師が職を失うとはまだ考えられないが、コンピューターの進化の速度を考えると、それもどうなるか分からない。立場が逆転する日は近い…かもしれない。