(この記事は2014年8月号(vol107)「ロハス・メディカル」 およびロバスト・ヘルスhttp://robust-health.jp/ に掲載されたものです。)
米国では、非政府組織のUSPSTFが50歳から74歳までの女性に対して、2年ごとにマンモグラフィーによる乳がん検診を受けることを推奨しています。一方で米国がん協会は40歳から毎年の検診を勧めています。なぜ団体によって推奨に違いが生じるのでしょうか?
最大の理由は、乳がん検診には利益と不利益があるためです。そして特に、不利益の頻度や、それがどの程度健康を害するかどうかに関してはデータが少なく、確実なことを言えません。したがって、どのデータを使い、それをどう評価するかによって、推奨に違いが生まれます。これを説明するため、実際に数字で見てみましょう。以下は主に米国のデータで、さらに簡略化するために数値を分かりやすくしています。
1000人の女性が、50歳から10年間、毎年乳がん検診を受けるとします。すると、10年間で30人が乳がんもしくは前がん状態と診断されます。そのうち6人は検診の甲斐なく乳がんによって亡くなりますが、1人か2人は検診のおかげで早期に治療でき、生き延びることができます。ただ、乳がんもしくは前がん状態と診断された30人のうち、5~10人はそれを放っておいてもがんが進行することなく、命に関わりません。残りは、検診を受けても受けなくても、いずれ乳がんの診断がついて治療を受け、生き延びます。
この他、1000人のうち600人が、少なくとも一度はマンモグラフィーで異常が指摘され、精密検査を受けることになります(これを擬陽性と言います)。そしてそのうち100人は、一度は針を刺して組織を調べる生検を受けることになります。
5~10人の”放っておいてもがんが進行しない人たち”は、検診によってがんが発見され、手術や、時に化学療法を受けることになります。600人の”擬陽性が見つかる人たち”は、がんかもしれない不安を感じ、100人は生検という侵襲的な検査を受けます。これらの不利益が、1人か2人の命を救うという利益と比較してどの程度大きいのか測るのは難しく、専門家によっても意見が分かれます。
さらに、集団を対象としたがん検診に関する政策を決め、その実施に税金を使うとなると、問題はもっとややこしくなります。検診にかかる費用に加え、他の施策と比べてどちらの効果が高く、どれを政策的に優先するかも考えなくてはいけません。
日本人が乳がんを発症する確率は、米国人の約3分の2です。すなわち日本人を対象にした場合、乳がんと診断される人、乳がんによって死ぬ人、検診のおかげで生き延びる人の数は先ほどの数値より少なくなります。一方で、乳がん検診の不利益である擬陽性や生検の数は、恐らくそう大きくは変わりません。これらを踏まえると、米国と同様の乳がん検診の実施や、それを推奨する施策には、正直なところ疑問が残ります。乳がん検診に関しては、世界標準の医療を日本にそのまま当てはめることはできないと考えてよいでしょう。