(この記事は2013年11月号(vol98)「ロハス・メディカル」 およびロバスト・ヘルスhttp://robust-health.jp/ に掲載されたものです。)
医者にとってカルテ記載はとても大切な仕事ですが、時間も手間もかかります。特に米国では、カルテ記載の内容にはかなり気をつけなくてはなりません。
その理由の一つは、診療報酬がカルテの内容に左右されるためです。例えば、外来では診察ごとに5段階で複雑度を指定でき、それが高いほど診療報酬も高くなります。複雑度による所要時間の違いを値段に反映することができるのです。そして、どの複雑度を指定できるかは、カルテにどの程度記載したかが直接関わっています。実際の診察で複数の訴えにすべて対応し、それに相当する複雑度を指定したとしても、それをきちんとカルテに記載していないと、証拠が残りません。記載不十分だと「複雑度を偽って過剰に診療報酬を請求した」と言われる危険性があります。
もう一つの理由は、訴訟への対応です。患者さんへの説明、診察内容を明確にしておくことで、記憶違いによるトラブルを防ぐことができ、問題が起こった際にも物的証拠として使用することができます。
電子カルテのおかげで、誰もが読みやすい文字を素早く書けるようになりました。紙カルテ時代より確実に記載の質は向上していると思います。その一方で、外来診療において「話しながらコンピューターに向かってカルテを記載する」医師が増えました。目を見ながら話すのは傾聴姿勢の基本ですが、「コンピューターばかり見て話を聴いていない」ように見えることが増えました。実際に私もNYの病院で働いていた頃は、話を聴きながら同時にカルテに打ち込んでいました。さもないと、カルテ記載がいつまでたっても終わらないためです。
一方で、メイヨーではカルテを口述するシステムが定着しています。医師は診察中は手元のメモに重要事項を書き取り、診察後に電話でカルテに記載したい内容を口述します。音声は録音され、翌日までに専門の担当者がカルテに書き起こします。医師は書き起こされた内容を見直し、必要に応じて修正を加え、承認します。このシステムは、医師にとって非常に利便性が高いと感じます。診察中は診療に集中できるため、常に患者の方を向いて話すことができます。話す方が打ち込むより早いので、カルテの内容も充実します。また自分でタイプするとどうしても難解な略語が増えますが、口述ではより分かりやすい文章になります。簡単な文法間違いやスペルミスも直してくれるので、自分で話したとは思えない、しっかりとした文章になっていることもあります。
これにはコストがかかる一方、人件費が飛び抜けて高い医師の仕事の効率を上げています。メイヨーのシステムからさらに進んで、専属のスタッフを雇い、患者を診察しながらヘッドマイクを使って口述する開業医もいると聞いたことがあります。医師の時間をどのように活用して診療の効率を上げるかは重要な課題ですが、その解決策の一つとして、このような方法も一考の余地があるのではないでしょうか。
うちの病院では、最近、voice recognition systemを使ったカルテ記載方式が始まりました。マイクに向かって口述すると、それがコンピュータ画面に出てくるというやつです。病院の医師用コンピュータがすべてマイクロフォン付きのヤツに変わりつつあります。慣れてしまえば良いのかもしれませんが、現在のところ、通常の口述よりも遥かに時間がかかり、イライラします。もっともこれは、私の日本人英語がコンピュータによって英語として認識されていないということなのかもしれません!
そういえば、うちにも音声認識システムがあります。使っている人をあまり見かけたことはないのですが…口述だと手が疲れなくて、かつ文法的に正しい英語を書いてくれるので非常に助かりますが、サインする前にレビューする必要があるので、いずれにせよ時間はかかりますよね。患者1人につき口述に2-3分、レビューに1-2分で合計3-5分として、一日20人診ると結局1時間以上はカルテ記載に取られている計算になります。医師が給与を差し引いても一時間に150ドルは稼ぐことを考えれば、やはりカルテ記載を代行してくれるScribeを雇った方が効率いいのでしょうか?単純計算だと、Scribeに一日150ドル払っても見合うことになりますが、どうなのでしょう。