(この記事は、2013年12月5日に若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に掲載されたものです。Cadetto.jpをご覧になるには会員登録が必要です。)
この7月から、migrant worker(季節労働者、出稼ぎ労働者)を対象にした地域のクリニックで研修を開始した。そこは政府から補助を受け、無保険者に格安で医療を提供している。私は通年で週1回の外来診療と、クリニックの運営に関わるプロジェクトに携わる。
受診する季節労働者は、主にテキサス州から夏の間のみミネソタ州のロチェスターに移動し、農業関連の工場で働いている。彼らの多くはヒスパニック系の40~60歳代で、英語が話せない。普段は安定した職を持たず、合法的な移民ではないことも多く、ほとんどは医療保険を持っていない。
出稼ぎに来られるくらい体は丈夫だが、糖尿病や高血圧などの慢性疾患を持つ人が多い。働き口がないときは、お金がないので医者に掛かることもできず、薬も買えない。やっと仕事を見つけ収入を得て、医師の診察を受けられるようになった頃には、血糖や血圧が大幅に悪化している。こんなケースが絶えない。
クリニックにはスペイン語を話せる職員が常駐し、診療を補助している。彼らなくして診療は成り立たないが、通訳を介したとしても、文化の違い、医療に関する知識の違いが診療を難しくすることが多い。
例えば、高血圧と心不全の既往がある南米出身の女性は、1カ月ほど前にメキシコに行き、そこで処方された薬を米国で処方された薬と一緒に服用していた。数日前、めまいやむくみなどの症状が出たため、全ての薬を中止したらしい。服用していた薬を持ってきてもらい確かめると、Ca拮抗薬、ACE阻害薬、ARB、アロプリノールなど10種類もあった。クリニックの記録では、昨年、彼女に処方していたのは、そのうちの3剤だけだった。
聴診では軽度の肺水腫が見られ、血液検査では腎機能が悪化していた。本人は尿量の低下を自覚し、全ての症状の原因は膀胱炎と考えていた。尿検査で炎症を認めず抗菌薬が不要なことを説明したが、なかなか納得してもらえなかった。内服薬を調整した後の外来では、症状が改善したためか、不信感は多少和らいだようだった。
誠心誠意を尽くしても、彼女は冬にはまたテキサスに戻るため、診療の継続性を保つことは難しい。糖尿病の合併症などで働きに来られなくなっても、こちらはそれを知る由もない。“一時限り”の医療しか提供できないことへの葛藤を抱えながらも、できる限りのことをやっていく。その意義は思いの外、大きいと信じて。