(この記事は、2014年1月6日に若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に掲載されたものです。Cadetto.jpをご覧になるには会員登録が必要です。)
2013年10月、ついにお待ちかねの医療保険市場(Health Insurance Marketplace、以下エクスチェンジ)が受け付けを開始しました。エクスチェンジは、医療保険制度改革法(オバマケア)の目玉政策の一つです。全人口の16%が無保険という現状を打開する目的で作られたこのシステムは、多くの米国在住者に手の届く値段で医療保険を提供します。
65歳未満でメディケア(高齢者用の政府保険)に入れず、収入がある程度あってメディケイド(低所得者用の政府保険)にも入れず、小さい事業所で働いていたり自営業だったりして雇用主が医療保険を提供してくれない若者や働き盛りの人たちは、これまで医療保険に入ることが非常に困難でした。
例えば家族4人の医療保険に個人で加入しようとすると、支払額が月に10万円を下回る保険を探すのは至難の業。医療費の高騰に加え、交渉力の弱い個人では適正な価格での買い物ができなかったためです。したがって、年収500~600万円では年に120万円以上も保険料として支払う必要があり、実質的に医療保険を手に入れることはできなかったわけです。
エクスチェンジでは医療保険が「ブロンズ」「シルバー」「ゴールド」「プラチナ」にランク付けされており、後者ほど医療保険でカバーされる範囲が広く、保険料も高い設定になっています。さらに、若年者で収入が少ない人向けに、緊急かつ高額の医療費のみカバーされる「Catastrophic」と呼ばれる種類の医療保険も存在します。どの州に住んでいても、以下の5つの条件を満たしていればエクスチェンジで保険を買うことができます。
エクスチェンジの参加条件
1)所得がある程度の水準以上あり、低所得者用の公的保険であるメディケイドに加入できない、2)65歳未満かつ身体障害を有さず、もう一つの公的保険であるメディケアに加入できない、3)雇用主から医療保険が提供されていない、4)米国に不法滞在していない、5)刑務所に収監されていない。
エクスチェンジで医療保険を買いたい人は、政府の用意するウェブサイトで、医療保険を選びます。州によっては独自のエクスチェンジを用意しています。私の住むミネソタ州ではミンシュア(MNsure)と呼ばれ、州のウェブサイトから申し込みができるようになっています。
地域によって手に入る医療保険の種類、値段は大きく異なります。それらは保険会社同士の競争、地域の医療機関の数、医療機関の設定している医療行為の一般的な値段などに左右されるためです。また、値段は家族の人数と年齢、喫煙の有無によっても異なります。ただし、過去の病歴などその他の情報によって値段を変えたり、加入制限をかけたりすることは禁止されています。
例えば、40歳の夫婦(どちらも非喫煙者)に2人の子どもがいて、家族4人分の医療保険を買うと仮定します。私が住んでいるロチェスターでは、シルバーランクの医療保険が月9万円から手に入ります。これが州都のセントポールになると、同じランクの保険が月5万円から手に入ります。
これらの値段は高いように思えますが、政策のもう一つの大事な要素である、医療保険購入に際しての補助を忘れてはいけません。これは、年収に応じて自己負担すべき保険額の上限が決まっており、それを超える額には国から補助が出るという仕組みです。例えば、4人家族の合計年収が600万円だと自己負担額の上限は月4万円、800万円だと月7万円程度で、年収950万円までは補助が出る可能性があります。
また、医療保険に加入できるほど収入があるのに医療保険を持たない場合、懲罰税が課されるようになります。これは徐々に増額される予定ですが、16年には年に695ドルもしくは年収の2.5%(年収600万だと15万円!)のうち高い方という額になるので、敢えて医療保険に入らないという人は減っていくでしょう。
エクスチェンジのウェブサイトがうまく機能せず、オバマケアの諸々の側面に反対する人々から厳しい批判にさらされ続けているオバマ大統領ですが、支持率を犠牲にしてでもこの医療保険制度改革を成し遂げる強い決意を持っているように私には思えます。公衆衛生および予防医学の側面からすれば、たくさんの無保険者が存在する格差の大きい現状は倫理的に問題があるだけでなく、医療費高騰の原因にもなっていると考えられています。
私が診療する地域のクリニックでも、医療保険が手に入らず満足な医療を受けられない人が沢山います。診断や治療に必要な最低限の検査や治療も、値段のためにあきらめざるを得ない患者が多く、心苦しく思います。これを自己責任と捉えるのも確かに一つの考え方ですが、私は賛成できません。今回の医療保険制度改革が米国において、医療が商品ではなく社会資本の一つとして、健康の保持が自己責任ではなく権利として捉えられる契機となることを期待しています。