(この記事は、2013年8月2日に若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に掲載されたものです。Cadetto.jpをご覧になるには会員登録が必要です。)
メイヨーの予防医学フェローシップのカリキュラムには、ミネソタ大学でのMaster of Public Health(MPH、公衆衛生学修士)取得が組み込まれている。
フルタイムの学生の場合、一般的にMPHの取得には1年、学費が400~500万円掛かる。働きながらパートタイムで取得できるカリキュラムの場合は、2~3年もしくはそれ以上の時間が掛かり、学費は割高になる。それだけの費用と時間が掛かるにも関わらず、米国ではメディカルスクール在学中にMPHを同時並行で取得する人が少なくない。実際に私が受講したどのクラスにも、必ず医師もしくは医学生が2、3人はいた。米国では重要な役職に就いている医師の名前の後に MD、MPHと学位が並ぶ人は驚くほど多く、公衆衛生学は、医師にとって重要なスキルの一つとして確立している。
一方で、少なくとも私が日本で受けた医学教育では、公衆衛生学は“花形”の学問ではなかった。臨床医学や基礎医学系の医局から離れた場所に教室があり、講座も小規模だった。個人的には地域実習や保健所実習などで楽しく学んだ思い出があるが、公衆衛生を学ぶことによるキャリアパスの広がりは魅力的に示されなかった。
しかしながら、医学部卒業後に米国でMPHを修める日本人医師は少なくない。私の大学の同級生でも、卒後5年以内に3人が留学し、MPHを取得している。私もそうだったが、医師としての経験を積むにつれ、その重要性を感じる人が出てくるのではないだろうか。公衆衛生学は疾病の発生や進展を防ぐ仕組みを構築し、集団の健康状態を総体的に改善することを目指す。すなわち、国を癒やす“上医”を養うための学問だと言える。米国の医師にとって、MPHが重要な役職への就任や昇進につながる要素の一つであることにも納得がいく。
MPHで得られる知識は臨床医学への応用性が非常に高い。生物統計学と疫学は、臨床的判断を下すための情報収集、分析と解釈に役立つ。文献を読み、最新の医学知識を正しく理解し、効果的に患者に適応するためには、この基本知識が必要だ。社会医学や行動医学は、患者一人ひとりや集団に対して効果的に行動変容をもたらす知識を提供する。正しい知識のみならず、患者の価値観や視点を理解し、その人に合った最適の医療を提供するために、それらの観点が役に立つ。また、MPHで体系的に学ぶチームマネジメント、コミュニケーションスキルは臨床医に必須な基本能力である。
MPHを取得するかどうかは別として、上に挙げた分野を中心的に、全ての医師は公衆衛生学をより体系的に学ぶべきだと感じる。それは集団に対する予防・治療介入のみならず、個別の治療戦略を立てる上においても決定的な知識に思えるからだ。日本の医学教育でも公衆衛生学は重要科目の一つとして学んでいると言われるかもしれないが、日本で私が学んだ公衆衛生学は、環境衛生、保健行政、記述統計・疫学に強く偏っており、臨床医学との接点が見出しづらかった。また逆に、マネジメント能力やコミュニケーションスキルなどは、公衆衛生学的知識と言われるとピンとこない人がいるだろう。
日本で学ぶ公衆衛生学と米国などで学ぶパブリックヘルスの間にある隔たりは、なぜ公衆衛生学が日本で米国ほど重要視されていないのかに関連する。それについて、次回、もう少し考えてみたい。
ご無沙汰しております。
Harvardの津川友介先生が「医療政策研究」という論文を2014/3/3付の医学界新聞に寄稿されました。
医療従事者と医療政策研究者が一緒に医療政策研究を行うべきと述べております。
高齢化を迎える我が国においては、今後疫学・予防医学の先生方には大学を飛び出して、地域の実情を熟知した上で最適な医療政策を展開するという方向で、活躍されることを期待しております。そうしなければこの国はもちません。
津川先生の寄稿論文をご紹介いただき、ありがとうございます。早速読ませていただきました。疫学・予防医学の専門家がAcademiaに留まるだけでなく、実際の地域医療設計に携わることは非常に重要だと私も感じます。地域に即した医療制度設計ができるような医療システムの構築が、日本の一つの課題だと考えます。