ブラックジャック、もうどうやって遊ぶのかも忘れるくらいずいぶん時が流れてしまいましたが、残念ながらまったくうまくならないうちに羽田を転出しまいました。次に診るべき患者さんのカルテは守秘義務の関係で二つ折りのバインダーに入れられて外からはいったいどういう患者さんのケースなのかが全くわからないようになっています。ですから次のカルテを手に取りバインダーを開ける瞬間はトランプのカードを引く瞬間によく似ています。
エースが出るか、それともジョーカーを引いてしまうか。
え~っと次の患者は。。。
バインダーを手に取り開きながらトリアージの情報を歩きながら目に入れます。
50歳男性、主訴腹痛 熱なし バイタル正常
しかし目の前に横たわっている男性はやつれた顔をした一目でかなり状態が悪いなと感じる患者さんでした。
腹部が異常に膨張している。。。
男性は胃がんの末期患者であること、肺梗塞を併発しているが両方とも治療は昨年末に打ち切られたことを私に伝えました。
治る見込みのない患者さんを受け持つことほど辛いものはありません。
ましてやつきそっている年老いた父親のことを思うと、子どもに先立たれようとしている親の悲しみが私を押しつぶします。
モルヒネを打ってあげて痛みの管理をしてあげることしか私にはできないのですからほんとうに無力です。
まもなくホスピスへ行くことになっていると彼は静かに言いました。
別れ際に静かに手を握ってあげました。言葉はなくとも私の気持ちは届いたと思います。
ERは待ってくれません。次の患者さんが待っています。
次のカルテを手に取り、30番のお部屋に向かいます。
80歳女性、転倒 前頭部の怪我 熱なし 血圧80台、心拍正常
ベッドに横たわっている小さな女性はまるでゴーストのように青白い顔色をしていました。
ご主人が彼女に代わっていったい何が起きたのかを説明してくれました。
昼食後、散歩中急に足が言うことをきかなくなって転倒したそうです。
彼女には肝臓がんがありました。転移もしていたようですが化学療法を受けてちょうど三回目の治療を終えたところだったとか。
点滴だけで最初は血圧も上昇し、言葉数も増えてきましたが、腹部CT検査の結果腹部でかなり出血していることが判明。
そのあたりから血圧が60台に下がり出しました。
ガンだらけの腹部を手術する外科医はいませんから、実質対処療法しかありません。
60台に下がったころ、中心静脈カテーテルをすばやく挿入して同時に輸血も始めました。血圧はまた100以上に回復します。
家族を集めて本人が蘇生を希望していたかどうかをまず確認、その上でもしこのまま悪化した時は蘇生をどうするかを聞きだします。
ご主人は、何が何でも蘇生はお願いしたい、という立場を変えません。
気管の挿管も、胸骨圧迫も、人工呼吸器もということですよね?
ご主人は、「ええ、もちろん。本人もまだまだ生きる気持ちでいましたから。」と言われました。
先週、心臓専門医から心臓には異常がないと言われたばかりだそうです。
でも、他の臓器がもうだめなのに。。。いったん挿管したらもうおそらくそれまでだろうに。。。
この患者さんの場合は一人目の末期患者とは非常に対照的でした。
手持ちのトランプのどのカードを選んで捨てるか、勝っても負けてもお遊びの世界とはまったく違うわけです。
いったいどういうエンド オブ ライフ ケアの選択が一番いいのかはほんとうに難しいです。答えは簡単には見つからない、考えさせられました。