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反田篤志

ブログについて

最適な医療とは何でしょうか?命が最も長らえる医療?コストがかからない医療?誰でも心おきなくかかれる医療?答えはよく分かりません。私の日米での体験や知識から、皆さんがそれを考えるためのちょっとした材料を提供できればと思います。ちなみにブログ内の意見は私個人のものであり、所属する団体や病院の意見を代表するものではありません。

反田篤志

2007年東京大学医学部卒業。沖縄県立中部病院で初期研修後、ニューヨークで内科研修、メイヨークリニックで予防医学フェローを修める。米国内科専門医、米国予防医学専門医、公衆衛生学修士。医療の質向上を専門とする。在米日本人の健康増進に寄与することを目的に、米国医療情報プラットフォーム『あめいろぐ』を共同設立。

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(この記事は2012年7月13日 CBニュース http://www.cabrain.net/news/ に掲載されたものです。)

タクシー代わりのように、救急車が過剰に利用されているのではないか―。日本では、救急車の適正利用が長年の課題となっています。今回は、既に有料制を導入している米国の事例から、救急車の有料化について考えたいと思います。

■増える出動件数、遅れる到着時間

総務省によると、ここ10年で救急出動件数は約440万件(2001年度)から570万件(11年度)、現場到着時間は6.2分(01年度)から8.1分(10年度)と、それぞれ増加の一途をたどっています。現場到着の遅れは、人命救助において致命的になり得ることは明らかです。現場到着の遅れの原因の一つが出動件数の増加であることは恐らく間違いなく、出動要請のうち半数が軽症者であることも併せ、それが救急車有料化の議論につながっています。

■米国の仕組み

ご存じの方も多いかもしれませんが、米国では救急車は基本的に有料です。料金は地域などさまざまな状況により大きく異なるようですが、多くは数百ドル、日本円にすると数万円単位にもなります。消防庁が出動から搬送まで一括管理している日本と違い、民間業者や病院などさまざまな機関が救急サービスを提供します。

ニューヨーク市を例に挙げてみます。患者さんが救急の番号である911をコールすると、市の救急搬送部門につながります。ここまでは日本と同様ですが、そこから救急車の出動要請先が異なります。ニューヨーク市では市の消防部のみならず、病院、非営利団体、民間業者など計70以上の機関が救急車を保有し、市からの出動要請に応じます。救急隊員も同様に、さまざまな機関に所属する人で構成されています。もちろん、救急車も隊員も一定の基準や資格を満たしており、必要な救急サービスが提供されます。また、それらはすべて市の命令系統の下で動きます。

幸い、わたし自身は救急車を呼ぶ必要に迫られたことはありません。しかし例えば、事故に遭って重傷を負うなどしたらともかく、ちょっとおかしな胸の痛みと呼吸困難を覚えた程度だったらどうするでしょうか。もしかしたら救急車を呼ぶことをためらうかもしれません。

ほとんどの場合、救急車の利用には保険が適用されます。自己負担は無料のこともありますし、例えば50ドル程度の自己負担をすることもあります。50ドルの負担を多いと思うか、少ないと思うかは人それぞれだと思いますが、救急車を呼ぶことを躊躇するとしたら、それは自己負担金の多寡ではなく、そもそも保険が適用されないかもしれないという不安です。

■もし、保険が適用されなかったら…

米国で保険に入っていると経験することの多い保険会社からの”Denial”、わたし自身も今までに二度経験しましたが、医療機関で受けたサービスに保険が適用されないことを指します。米国ではまず医療サービスを受け、その請求書が保険会社に送られ、保険会社が内容を審査し、保険の適用の有無を決定します。従って、サービスを受けた時点では保険でカバーされると思っていたものが、後になってされないと判明することがあります。そうすると、請求書がそのままサービスの受給者である患者さんに送られてきます。救急車の利用であれば、例えば500ドルほどです。審査に不服であれば、その後、申し立てをすることで保険が適用されるようになることもありますが、その手続きは煩雑で、時間がかかります。

このような事態を避けるため、救急車や救急外来を利用する時は、事前に保険会社に電話を入れ、保険でカバーされることを確認する方がよい、と勧めてくれた人もいました。しかし救急車を呼ぶほどの緊急の事態で、このような時間や心の余裕があるかは定かではありません。特に保険会社に電話をしても、担当者と会話するまでに数分かかることが多いですから、なおさらです。

保険に入っていない人は、救急車を呼ぶことすなわち500ドルの出費です。自分の立場に置き換えてみると分かりますが、恐らくどんなにおなかが痛くても、救急車は呼ばないでしょう。救急車を呼ばなくても、病院に行ったら大変な出費になってしまいますので、その痛みが何でもないことを祈り、家でじっとしているはずです。このように出費を恐れて受診を控えることが、病気の発見の遅れにつながります。

■日本も有料にすべき?

皆保険制度があり、保険が適用されないことに対する不安がない日本では、救急車の有料化による受診控えは米国より顕著にならないだろうと思います。これは現場到着時間と受診控えのトレードオフの程度の問題ですが、わたし自身は有料化自体には賛成の立場です。ただし、米国の現状にも見られているように、救急車の有料化は低収入であればあるほど受診控えを促す傾向にあります。もともと我慢強い日本人、「ここまで我慢しなくてもよかったのに…」と思えるケースができるだけ増えないように、特に低所得者に対して配慮のある制度設計が必要だと思います。

5件のコメント

  1. 所得の低いメディケイドの人たちは、全く払う必要がないので救急車呼び放題だと思いますが、そういった人達が一番教育水準が低く、無駄に救急車を呼んでしまっていると思います。有料化による効果の一番顕著な層が、結局支払わないのならあまり意味が無いと思いますが、いかがでしょうか。

  2. ナイスなコメントありがとうございます!メディケイド受給者にあたるのは日本では生活保護者、ということでよろしいでしょうか。非常に現場に即した観点だと思います。僕も日本で働いていたときに、生活保護者の方が過剰に見える救急受診をしていたのが目に付きましたし、多くの医療従事者が似たような思いを一度は持ったことがあるのではないかと推察します。

    いくつか議論のポイントがあると思います。日本では生活保護者であろうがなかろうが救急車は無料ですので、収入の如何を問わず救急車は呼び放題だということを確認しておきます。まず「教育水準が低い→無駄に救急車を呼ぶ」が正しいかどうか検討の余地があります。また生活保護者層が「有料化による効果の一番顕著な層」かどうかの検討も必要だと思います。

    「教育水準」と「無駄に救急車を呼ぶ」ことの関連性は詳細な検討が必要だと思います。しっかりした文献検索をしていないので結論は出せませんが、10秒で見つかったこちらの文献では、年収の低さは救急車利用の増加と関連しているが、教育水準の低さやメディケイドを持っているかどうかは救急車利用とは関連していないとしています。
    http://www.annemergmed.com/article/S0196-0644(97)70221-X/abstract
    一方で、こちらではメディケイドを持っているかどうかは救急車利用増加と関連しているとしています。
    http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1553-2712.1996.tb03352.x/abstract

    「有料化による効果の一番顕著な層」は本当に生活保護者層でしょうか。「一人当たりの救急車利用率の減少割合」を対象にした場合、それも正しいかもしれません。しかし、日本の全国民に対する生活保護者数は0.9%です。したがって、たとえ生活保護者一人当たりの救急車利用率が全人口の平均より高かったとしても、生活保護者が全救急車利用総数に寄与する割合は小さい(多くても数%を超えない)と考えられます。したがって、生活保護者の救急車利用が有料化されたとしても(恐らくそんなことは起こらないと思いますが)、全救急車利用数に対する減少率は微小なものになります。

    また実感として、必ずしも生活保護者の方だけが無駄に救急車を利用しているかというと、そうでもないように思います。個人的には、「生活保護」というレッテルがつくことにより、実態より多くの無駄な利用が生活保護者層に由来しているように感じられる部分もあるのではないかと推察します。また教育水準の低さが(普通ならありえないと思えるほどのレベルの)医療機関受診の遅れにつながるケースも少なからず見てきました。特に医療分野の政策に関しては、収入水準や教育水準の低い人が受診控えを起こさないように制度設計するほうが、(コストも健康指標も)良好な結果につながると僕は考えています。

  3. なるほど、日本ではそうかもしれません。 じゃあ、ちょっと”Devil’s Advocate”になってみます。
    では、実際日本で有料化したとしましょう。平均所得者は救急車にお金を払います。 でも、生活保護を受けている人達は無料で利用します。世の中の90-99%の人はお金を払って利用するわけで、1-10%の人は無料で利用します。 たとえば、その1-10%の中に、明らかに”無駄な”利用があったとします、というか絶対そういうことはあります。それが分かった時、一般の人の反応はどうでしょうか? 
    おそらく、”無料だと思って無駄に使ってる”と思うでしょう。 それが、今のアメリカの現状です。
    アメリカの追随をするぐらいなら、僕はこういう案はどうかと思います。
    “救急車の利用は一律1000円にする。後払いもあり。” 
    1000円ならそれなりの抑止力はありそうですが、どうでしょうか? 

  4. いつも楽しく拝見させていただいております。
    アメリカでパラメデック(救急救命士)を従事している者です。
    救急車が有料であるここアメリカでも、救急車をタクシー代わりに使用している方々が残念ながら多くいます。特にこうした問題を抱えている都市部では、日本でも試行されている『コールトリアージ』が以前から導入されていますが、残念ながら問題はなかなか解決されていないのが実状のようです。  

    救急車の有料化、わたくし個人としては賛成です。しかし、有料化が救急車要請数増減に直接かかわってくるかは、一概には言えないと思います。お分かりのように、有料化しているアメリカでも問題になっているわけですからね。
    パラメディックの視点から、救急車の有料化は必然のように思われます。著しい救急医療の進化と救急救命士の医療拡大に伴い(救急器材、薬剤・・・)、特に公共サービス/行政の財政問題は避けることができなくなる点が上げられます。また景気と少子高齢化も大きな問題点になるはずです。もちろん救急車/救急救命士への質の向上を、今後どこまで日本が求めるかにもかかわってくると思います。 
    救急車、日本がこのまま同じような問題を抱えるイギリス(NHS)のように活動を行っていけるかどうか、難しいところでしょうね。
    別ごとですが、こちら不景気が続くアメリカでは、かなりの公共の救急業務・EMS サービスが次々に民営化されている問題があります。

    • コメントありがとうございます。具体的な料金に関しては恣意的な判断に頼らざるをえないので、ここでは議論を割愛させていただきます。

      >平均所得者は救急車にお金を払います。 でも、生活保護を受けている人達は無料で利用します。世の中の90-99%の人はお金を払って利用するわけで、1-10%の人は無料で利用します。 たとえば、その1-10%の中に、明らかに”無駄な”利用があったとします、というか絶対そういうことはあります。それが分かった時、一般の人の反応はどうでしょうか? 

      これはもっともなことだと思います。一つ述べておくとすれば、生活保護者は救急車のみならず、他の医療費も全て無料です。国民保険では一般的に3割負担です。現状で、生活保護者の”無駄な”利用はありませんか?それに対して一般の人はどう反応していますか?逆にいうと、救急車だけが例外で、”生活保護者以外も無料”なのです。公共政策を考える場合、どうしてもフリーライダーの議論は出てきます。所得の再分配機能をどの程度社会が望むかにも関わる問題です。一つの正解があるとは思いません。また、有料化による影響が、アメリカと同様であるとも思えません。ただ、「タクシーを呼ぶとお金がかかるから、救急車を呼ぼう」という感覚を許容する制度設計は、ややバランスを欠いている気がするのです。

      >しかし、有料化が救急車要請数増減に直接かかわってくるかは、一概には言えないと思います。お分かりのように、有料化しているアメリカでも問題になっているわけですからね。

      おっしゃる通りだと思います。ただ、アメリカで起こっていることが日本でも起こるかどうかも、疑ってかかる必要があると思います。有料化が増減に関わるかどうかは、社会実験のような形での実証が必要ではないでしょうか。地方分権制度にも関わりますが、僕は医療制度のかなりの部分は地方に委譲していく方がいいと考えています。救急車の有料化に関しても同様です。ある地域で有料化を実施して、それがどのように要請数や受療行動に影響を与えるかを分析する必要があるように思えます。おっしゃる通り、無料のままでやっていけるかと言われると、やや疑問です。

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