妻の妊娠も5か月に差し掛かったある日、保険会社からこんな請求書が届きました。「11月の産婦人科受診の2回のうち、1回は保険が効きません。請求は250ドルです」。一瞬目を疑いました。保険が効く場合の自己負担額は15ドル程度。一回の診察で250ドルなんて払えるわけがありません。何かの間違いだろうと思いましたが、どうもそうではないようです。
僕は職場を通じて民間の保険に入っていて、通常の自己負担は2割。250ドルの2割負担は50ドルだろうと思うかもしれませんが、そこには一つ米国式のトリックがあります。250ドルは保険が効かない場合の言い値の診察代金。日本でいうところの美容整形手術などの保険適応外診療の値段にあたります。保険に入っていると、保険会社が医療提供者(医師や診療所・病院)と値段を交渉します。その結果、驚くほど値引きされます。僕の産婦人科や小児科の受診経験では、値引き率は7割程度。上記のように250ドルが元値であれば、75ドルほどに減額され、それが医師や診療所の収入になります。75ドルのうちの2割、15ドルが個人負担になるわけです。保険が効かないと、この値引き交渉すらしてくれなくなるため、元値の250ドルがそのまま請求書として届くわけです。
米国で保険に入っていることの大切さが分かってもらえたと思いますが、保険に入っていたとしても全てがスムースにいくとは限りません。上記のように、普通に病院に通っていても保険が下りないことがあります。考えてみると、一度不正出血があったので、11月には余計に一度産婦人科にかかっていました。しかしながら、これは医学的に必要な受診でしたので、普通なら保険でカバーされるはずです。
僕はまず、インターネットの専用フォームから保険会社に直接メールを送りました。しかし待てど暮らせど返事がありません。2週間ほど経ち、あまりに遅いため、保険会社に電話をしました。すると、「そのクレームはただいま審査中です。審査が終わりましたらお知らせします」とのこと。さらに待ちましたが、1か月経っても返信がないため、今度は通っている産婦人科から保険会社に連絡してもらうようにお願いしました。クリニックの保険担当の方が何度か連絡を取ってくれたようですが、保険会社からは一向に返事がありません。その間、産婦人科には250ドルの支払いを待ってもらっていますので、こちらも申し訳ない気持ちでいっぱいです。話が全く進展しないため、最後に職場の保険担当の人に連絡を取りました。その担当者はすぐ保険会社と連絡を取ってくれました。すると、翌日にはあっさり上記の診察代が保険でカバーされることになりました。
おかしな話のように聞こえるかもしれませんが、民間保険会社の立場から見れば当たり前のことなのかもしれません。患者さんや小さな診療所は保険会社にとっては小口のお客さんです。交渉相手として対等の立場ではありませんので、真摯に対応する利益があまりありません。その一方で、大企業の雇用主(僕の場合は勤めている病院)は大事なお客さんです。雇用主を通じて数千人規模の社員が保険に加入するため、保険会社としても関係を悪化させたくありません。したがって、上の例のような対応の差が生まれると考えられます。
僕のケースのように保険が効かなかった場合、被保険者(患者さん)は「これは支払われるべきだ」とクレームを送ることができます。しかし、面倒なのでその手続きをしない、もしくはその手続きをするだけの能力がない人もいるのではないでしょうか。さらに、遅々として進まない手続きにうんざりして、諦める患者さんもいるかもしれません。患者さんが諦めなくても、診療所がそれだけ高額の診察代を患者さんに直接請求をすることを諦めるかもしれません。これらの場合、保険会社は保険金を支払わずに済むことになります。
全てが交渉力次第とも言える米国の保険システム。日本ではこんな面倒があることを考えたことすらありませんでした。患者さんの立場から言えることは、もし保険会社と交渉しなくてはいけない場合、出来る限り交渉力の強い代理人を立てることです。僕の場合は雇用主でしたが、時にはそれが組合であったり、弁護士であったりするでしょう。少なくとも保険システムに関しては、日本の方が消費者にとって優しいことはまず間違いありません。
なるほど今までの経験から思い当たる事が沢山有ります。
今後の為に成るお話でした。