(この記事は2012年10月12日CBニュースhttp://www.cabrain.net/news/に掲載されたものです。)
一定の経験を経た医師の専門性を認定する、専門医制度。米国では、フェローシップという期間を経て、専門医資格を取得します。わたし自身、シカゴのノースウエスタン大の小児消化器・肝臓移植科でフェローシップ3年目、いよいよ卒業後の進路を考える時期になりました。今回は、日本ではあまり馴染みがない米国の専門医課程、フェローシップについて説明します。
■そもそもフェローシップとは
フェローシップと一言に言っても、実に多様な形態をとります。臨床医の一つの階級という意味では、正確にはクリニカルフェローといいます(そのほかにリサーチフェローがいますが、こちらは基本的に患者さんを診ないので、病院のシステムには組み込まれていません)。医学部を卒業し、インターン、レジデントを経た若手医師が、さらなる専門性を磨き、研修する期間をフェローシップといい、そしてその期間の医師をフェローといいます。
もともとフェローシップという言葉には、奨学金などをもらってトレーニングを受ける意味を含んでいるので、フェローそのものが病院内での地位を表しているアメリカの現状は、一種の慣例です。
■日本の専門認定医制度との違い―保険会社の存在
ところで、日本の専門医制度と米国のフェローシップ制度、何が一番違うのでしょうか。両者の違いを最も特徴づけるのは、保険会社の存在だと思います。米国の保険会社は、被保険者に最も効率良く、より良い結果が出ることを求めます。そのために、専門医たちの能力と知識を保証する仕組みが必要です。
米国の専門医制度はそのために存在するといっても過言ではなく、保険会社は専門性を要する診断や治療の際には、フェローシップを終え学会が定める正規のトレーニングを積んだ医師のみに受診することを認めます。つまり、専門認定医制度(フェローシップ)を最も必要としているのは、保険会社だと言えるわけです。
■フェローになるには
では、フェローになるにはどうしたらいいのでしょうか。フェローシップはレジデントを修了した後、医学部卒業後4年目から始めます。外科や麻酔科などはレジデントの期間が長いので、卒業後5-6年目になることもあります。内科、小児科では3年間の一般レジデンシーの後、それぞれの専門科 (循環器内科、腎臓内科、小児消化器肝臓科、小児感染症科など)のフェローをします。多くのフェローシップが3年間です。
フェローになるには、レジデントの期間中に、フェローシッププログラムに応募して、面接などの審査を経てフェローシップポジションを獲得する必要があります。多くがレジデントの時と同じマッチングシステムをとっており、その基礎となる科(循環器内科なら一般内科、小児消化器科なら一般小児科など)の免許を取得する(もしくは取得予定である)ことをフェローシップ開始条件としています。
フェローを目指すのは医師としての専門性を高めたい人。多くの場合が、人間の一つの臓器に絞って集中的に学び、その臓器に特有の症例経験を積み、将来的にその臓器の病気にはすべて対応できるようになることを目指します。臨床だけではなく、解明が進んでいない病気について研究を進めることも大事なテーマです。一般的には、医学者タイプの医師がこの道を選びます。
■フェローシッププログラムの内容
フェローシッププログラムは、一般的には3年間です。わたしのプログラムでは1年目は臨床トレーニングに重点を置き、2、3年目で研究トレーニングをします。1年目はほぼ毎日、入院患者担当になり、指導医の監督の下、トレーニングを受けます。専門科特有の手技、内視鏡やエコー、生検もたっぷり学びます。1年目は相当過密なスケジュールで、「医師のトレーニングの中で一番過酷な1年間」とされていますし、実際にそうでした。
フェローはレジデントを指導しながら、指導医との連絡をまめに取り、患者さんに対してよりコミットした立場で医療行為をすることを要求されます。当直もレジデントの時よりも多く、当直後の休みも、実質的には確保されていないことが多いです。当直時は、入院患者のみならず、その病院の提携する中小規模病院からのコンサルトコールの対応と、さらには在宅の患者からの直接の電話相談にも対応します。その電話の量は相当なものであり、ポケベルのメモリーがあっという間にフルになり、短期間に電池の交換が必要なこともあります。何度ポケベルをゴミ箱へ投げ捨てようとしたことか。外来は週に1日ぐらいで、指導医と一緒に1日10人ぐらいの紹介患者を診ます。
2―3年目は、研究のトレーニングが主です。研究は個人の志向により選べます。わたしは小児の肝臓病について研究しています。基礎医学研究も可能ですが、最近では多くの人が臨床研究のトレーニングを行っています。研究については、結果を出し論文を書くことが前提とされ、特別に任命された指導者が付き、論文の責任者としてフェローを指導します。テーマは自分で選ぶことができますが、多くの場合はその指導者の持っているテーマにすることが多いです。
また、この期間に大学院へ行き、修士の学位を取る人もいます。公衆衛生関連の学位を取る人が圧倒的です。入院患者の担当は、年に2-4週間で、あとは外来の担当になります。週2日の外来を指導医と一緒に患者を診ます。当直もしますが、1年目の半分ほどです。
■卒業後の進路
フェローシップを卒業した後の専門医試験に受かれば、晴れて一人前の専門科認定医です。
フェローシップ3年目が開始する時には、就職活動が始まります。フェローシップを修了すれば指導医になるわけですから、正規スタッフとして雇ってもらえる大病院を探します。大病院以外では、中規模のprivate practiceに参加する人や、製薬会社系へ進む人もいます。そのほか、より特殊な専門分野を習得すべく、追加のフェローシップを1-2年修める人もいます。
大病院へ進んだ場合、自分の独自の研究分野を持つことを求められます。その分野の研究を続け、米国国立衛生研究所(NIH)から研究費をもらうべく、グラント申請を開始します。
■フェローシップがもたらすもの
一般的には、フェローシップを修め専門医資格を取ると、高い給料で雇われることになります。かつては、専門医になると給料が倍増するような時代もあったようですが、最近ではそれは幻となりました。それでも、1.3 -1.8倍の年俸になるのが相場だといった印象です。
ただ、専門医になるために、3年間は安月給でトレーニングすることになるので、生涯年収で比べると一般小児科と小児消化器専門医は同じぐらいになるという最近の調査結果も出ています。米国の医学部を卒業した人たちにとってもう一つ考慮されることは、医学部の学費のローンの利子です。3年間のトレーニングをすることによって(安月給で働くことで)医学部ローンの返済が滞ります。そのため、利子分が増えます。実質的にどれだけローンがかさむかは、人それぞれですが、フェローシップはちょうど結婚・出産を経験する時期に重なることが多いので、出費がかさみます。精神的経済圧迫効果は相当なものだと思います。こういったことから、フェローシップをするには、それなりの覚悟と経済的余裕が必要となります。
■最近の傾向
訴訟リスク回避と保険会社の制約により、一般開業医の診られる病気のレベル(重症度)が年々低下し、一般開業医から専門医への紹介が増えています。それに合わせて従来、専門医の数は増える一方でした。
しかし一方で、それが医療費増大の要因の一つだとされ、専門医の数を制限する動きも出てきています。わたしがトレーニングしている小児消化器・肝臓の分野では、年間100人の専門医が卒業しますが、大都市ではなかなか就職口が見つからず、地方基幹病院へ就職するケースが多くなってきています。今後、専門医は減らされる方向へと進むでしょう。
また、フェローシップの制度自体にも、さらなる多様化がなされています。
例えば、基礎研究費の緊縮によって研究活動が困難になることを懸念して、基礎研究分野へ進む人が減っていることを改善するため、クリニカルフェローシップの中に「リサーチトラック」という、特殊なトレーニングポジションができてきています。主要大学の病院に関連したプログラムで、基礎研究により多くの時間を分配したスケジュールとなっています。臨床フェローシップなのに基礎研究をターゲットにしているという、細分化のよい例です。もはや、一般的なフェローシップというものは存在せず、個々の医師のゴールに合わせて組み合わされていくようになっているということです。
専門細分化は避けられない現代医学では、フェローシップも避けられない課程になりつつありますが、その修了が将来の就職先を無条件に保証するというわけではありません。したがって、競争が激しいアメリカにおいては、フェローを始める前から具体的な “ Exit plan(出口戦略)”を描くことが大切です。どんなスキルと、資格と、研究テーマを持って卒業したいか、明確なビジョンを描けるかどうかが鍵となります。