先日現地の日本語学校でADHDについてお話させていただいたので、その内容をご紹介したいと思います。
まずは、ADHDの症状がお子さんにどのように表れるのか、よくあるケースを見ながら考えてみましょう。
イチロー君(8歳、仮名)の場合: 小さい頃からとにかく元気でよく動き回る子でした。幼稚園でも机の上によじ登ったり、くるくる回って走り回っていました。お友達に体当たりしたり叩いたりしてしまってお母さんが幼稚園に呼び出されることもありました。順番を待つのが苦手で、周りからひんしゅくを買ってしまいます。イチロー君の部屋やロッカーは常に嵐の後のように散らかっています。お友達の持ち物にちょっかいを出して借りたまま返すのを忘れてしまいます。どんな場所でもいつも大声で話してしまいます。授業中も、手を挙げずに答えを叫んでしまったり、じっと座ってられず教室から出て行ってしまうこともあります。急に道路に飛び出したり行方不明になったりしてしまうのでお母さんは目を離せません。
このイチロー君のようなケースのADHDを、多動・衝動性優勢型ADHDと呼びます。
ジロー君(10歳、仮名)の場合:小さい頃は静かで、一人で遊ぶことが多い子でした。学校に入ると、忘れ物が目立つようになり、授業中もぼーっとしていて集中できません。直接話しかけられても聞いていないように見えます。わざとではないのに、宿題や連絡帳などをなくしてしまいます。「問題児」として目立つ訳ではないけれど、言われたことが周りと同じようにできないので、同級生から馬鹿にされたりいじめに遭うこともあります。
ジロー君のようなケースのADHDを、不注意優勢型ADHDと呼んでいます。
ADHDは3つのパーターンに分けられ、イチロー君のような多動、衝動性が目立つタイプと、ジロー君のように不注意が目立つタイプがあり、一番多いタイプがこの両方の特徴を併せ持つ混合タイプで、ADHD全体の80%以上が混合タイプだといわれています。
では、ADHDについてよくある質問を考えてみたいと思います。
Q1:「ADHDは親のしつけが悪いからおこる?」
A: ADHDは脳神経学的障害です。不適切な親のしつけや教員の指導によってADHDになることはありません。遺伝性が認められていますが直接的原因は不明です。ADHDは脳の前の方(目の後ろあたり)の前頭葉と呼ばれる部分、会社に置き換えるとCEOのような役割をする部分の障害です。社長さんは部下達から様々な情報を収集して、それを分析して処理します。順序立てて優先順位を決めて効率的に仕事を実行にうつしたり、大きな仕事は小分けにして取り組んだりする訳で、脳のそのような機能を「実行機能」と呼びますが、この実行機能が欠けているのがADHDの核となる症状です。さらに、ADHDには脳内の神経伝達物質であるノルアドレナリンやドパミンの不足が認められています。
Q2:「ADHDってアメリカでよく聞くけれど日本人にはどのくらいいる?」
A: 学童期(6−15歳)のお子さんの5−12%にADHDの行動の特徴があてはまる*といわれていますが、実際に日常生活や学習面で支障をきたす子どもは3%前後**という統計もあります。(*Martin et al, 2007. **Lilly Japan, ADHD(注意欠如・多動性障害)に関する情報サイト)文部化学省による全国実態調査でADHDが疑われる子供は2.5%と発表されています。 これは40人のクラスに1−5人の計算であり、かなり頻繁であることがわかります。一般的にADHDは女子より男子に多く、多動/衝動優勢型は4:1、不注意優勢型は2:1の比率で男子の方が多くみられます。ADHDはどこの国でも一定の割合で存在することが確認されていて、日本やアメリカで特に多いまたは少ないというわけではありません。
日本ではADHDが社会的注目を浴びるようになったのがここ15-20年ほどのことなので、新しい障害だと思われがちですが、注意力や集中力が不足しがちな子どもたちは百年以上前から報告されています。エジソンやアインシュタインがADHDであったのではないかという説があるように、 ADHDは現代病や文明病ではありません。
Q3:「ADHDを診断する検査はあるの?」
A: 血液検査や画像診断はありません。医師がお子さんご本人、保護者の方、教員の方々などからお話をうかがった情報や、お子さんを実際に観察したデータを総合して、DSMIV (アメリカ精神医学会の診断基準第4版)やICD10 (国際疾病分類第10版)による診断基準のもとに診断します。 ADHDが疑われるケースがすべてADHDであるとは限らないので、専門家に相談するまではADHDと決めつけないことが重要です。診断上ADHDと紛らわしい問題として、不安障害、気分障害、適応障害など、また広汎性発達障害(PDD),自閉症、虐待を受けた子供のPTSD(心的外傷後ストレス障害)などが考えられます。また、年齢的発達を考えると必ずしも障害ではなく、お子さんの行動が年齢相応の正常な行動である可能性も考慮する必要があります。DSMIVのADHDの診断基準によると、「不注意、多動性、衝動性のいずれかが7歳以前に発症し、2つ以上の状況(家庭と学校など)において、過去6ヶ月間以上の間社会面、学業面で著しい障害となっていること。その症状がその他の精神疾患によって説明されないこと」とあります。そのため、医師がご家庭と学校両方においてのお子さんの行動を把握するために、Vanderbilt Assessment Scale やConners Rating Scalesと呼ばれる行動評価表を使用して保護者、教員から情報収集を行います。
(ADHDの治療、対処法については、このブログの次回に続きます)
<参考文献>
ADHD(注意欠如・多動性障害)に関する情報サイト(日本イーライリリー株式会社), NPO法人えじそんくらぶ[無料ダウンロード冊子]実力を出しきれない子どもたち ~AD/HDの理解と支援のために~, Attention-deficit and disrutive behavior disorders. In: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th ed, Text Revision, American Psychiatric Association, 2000., NICHQ Vanderbilt Assessment Scale, Parent informant and Teacher informant. 2002 American Academy of Pediatrics and National Initiative for Children’s Healthcare Quality., Russell A. Barkley. Defiant Children A Clinician’s Manual for Assessment and Parent Training. New York: The Guilford Press, 1997., Martin, A. and F. Volkmar, eds. Lewis’ Child and Adolescent Psychiatry: A Comprehensive Textbook. Philadelphia: Lippincott Williams and Wilkins, 2007., Sadock, B. and V. Sadock, eds. Synopsis of Psychiatry: Behavioral Sciences/Clinical Psychiatry. Philadelphia: Lippincott Williams and Wilkins, 2003.
奥沢先生ご無沙汰しております。
ADHDという言葉をアメリカでは頻繁に聞きますね。私は専門家ではないですが、仮に「真に」ADHDであったとして、治療することによってその子の将来が良い方向にいくのでしょうか?
>ADHDの診断基準によると、「不注意、多動性、衝動性のいずれかが7歳以前に発症し、2つ以上の
>状況(家庭と学校など)において、過去6ヶ月間以上の間社会面、学業面で著しい障害となっている
7歳未満の子供は「好奇心の塊」ですからこういった症状はあってしかるべきだと個人的に思います。
子供は十人十色です。現在の学校教育が大人が設けた狭い基準に沿わない子供に「異常」のレッテルを貼ることには私は疑問を感じます。それよりも、彼らの好奇心の先を見出してそれを伸ばす教育があって良いのではないかと思います。
Ken Robinson のTED
での”School kills creativity”の後半部分で今ならADHDの診断をけるだろうという女の子の話が出てきます(実話です)。この子の母は彼女が多動で学校での勉強に集中できなく、成績が悪いので医者に連れていきます。医師は彼女と一対一で話をしたいといい部屋を出ますがそのときラジオを付けて出ていったところ、彼女は上手に踊り出し踊り続けたそうです。それを見ていた医師は「彼女は病気ではなくダンサーなんだ」と母に告げたそうです。彼女は体を動かさないと考えられないんです。その後、彼女の才能をどんどん伸ばし、プロのバレーダンサーとなり、CATSでも活躍するダンサーとなり、現在は自分が設立したダンス会社を経営し、大成功しているという話です。この子にstimulantを投与して、学校の勉強に無理やり戻し、好奇心の芽を摘んでいたらどうなっていたのでしょうか?
>エジソンやアインシュタインがADHDであったのではないかという説がある。。。
ということはADHDは治療しないほうがいいですね。
これらは極端な例かもしれませんが、ADHDは米国でやや過剰に診断されすぎている感が多いですがどうでしょうか?我々がADHDの概念を知ることは良いのですが、それが親や教師にバイアスをかけ、子供の才能を潰す方向に行ってはいけないと危惧します。
三枝先生
ご無沙汰しております。心のこもったコメントありがとうございました。
成人においてもそうですが特に子供に関して、精神科的疾患や障害が果たして存在するのか、更にその「治療」の意義に関しては常に議論されていることだと思います。私も三枝先生のご意見に同感です。ADHDだけに限らずお子さんの正常な行動が「異常」や「障害」のレッテルを貼られ、その子の才能、個性や気質を潰すような「治療」を受けること、特に不適切、不必要な理由でお子さんがお薬の治療を受けることは、児童精神科に携わる者として私は断固反対ですし、多くの児童精神科医が同意見だと察します。ADHDの治療、対処法に関してはブログのパート2で述べさせていただきましたが、薬を使用せずに、行動療法などに基づいたセラピーを中心としてご家庭や学校で実践していただける対処法もたくさんあります。アメリカでADHDが過剰診断されているのではという疑問がある一方で、お子さんの行動や精神面で疑問を持って悩んでいらっしゃる保護者の方がいた場合、一般に公開されている正確な情報が少ないと感じています。糖尿病や高血圧など身体的支障に関する情報が医学界の中だけでなく広く一般に公開されるようになった今、精神科的支障に関する情報も一般の方々に公開され、様々な選択肢を検討されたうえで成人ご本人やお子さんの保護者の方が対処法や治療法の決定をされることを望んでいます。