Skip to main content
奥沢奈那

ブログについて

精神科というと、何となく暗くて怖いイメージがあったり、心の内を分析されてしまうのでは?などと誤解されがちですが、アメリカの精神科医療を少しでも身近に感じていただけるよう、日々感じたことを綴ってゆけたらと思います。

奥沢奈那

東京出身。雙葉高校在学中に国際ロータリー青少年交換留学生としてベルギーに留学後、渡米。ニューヨーク州サラローレンスカレッジ卒業。セントジョージ医科大学を卒業後NYマイモニデスメディカルセンターで一般精神科の臨床研修を修了。メリーランド大学で児童精神科専門研修後、同大学精神科助教。米国精神科専門医。

先日現地の日本語学校でADHDについてお話させていただいたので、その内容をご紹介したいと思います。ADHDの特徴、診断方法についてはブログの(1)をご覧ください。

ここではADHDの対処法、治療について、よくある質問を考えてみたいと思います。

Q1: ADHDを治療するには薬を飲まないといけないの?」   

A: ADHDの治療はお薬だけではないので、それ以外にも沢山できることがあります。

1)まず、ADHDの子どもは、常に外からの刺激に気が散りやすいので、環境を整えてあげることが必要です。たとえば教室では刺激が多い窓側の席や廊下の音が気になる廊下側の席を避け、できれば先生の近くの一番前の席にしていただくといいでしょう。またご自宅で宿題をやるときは、おもちゃやゲームなど気が散る物は片付けたりカーテンを引いてお子さんの目に入らないようにし、テレビやラジオは消して、視覚的刺激の少ない部屋の隅に机を置いてあげるといいと思います。

2)ADHDのお子さんに限らず、子どもの好ましくない行動を少なくして適切な行動を増やすためには、行動療法が有効です。これはセラビーの一種ですが、決して難しく考える必要はなく、ご自宅で実践できる、お子さんの行動の対処法のコツの用なものです。たとえばトークンエコノミーシステムは行動療法の一環として長い歴史がある効果的な方法で、お子さんが適切な行動をとれたら、シールやスタンプ、ポイント得点などのトークン(代用貨幣、お金に換わるもの)をあげて、それを集めると好きな物や活動と交換できるようにするシステムです。このトークンエコノミー表の作り方、実践法にもコツがありますので、児童精神科ではお子さんだけでなく保護者の方を対象として、お子さんの行動の対処法に関するペアレントトレーニングを行っています。

3)ADHDの特徴は、診断基準にもあったように家庭と学校など2つ以上の状況で支障をきたしていることですので、お子さんの学校での行動について頻繁に教員の方々と連絡を取り合う必要があります。ご家庭で実践した行動療法、または医師から処方された薬物療法の効果を測るためにも学校の先生とお話しすることは重要です。また、医師が保護者の方の承諾を得た上で学校のミーティングに参加し、お子さんの苦手なところをカバーして長所をのばすためにはどのような工夫をすべきか教員の方と話し合うこともあります。このようにご家庭、学校、医療機関が連携してお子さん一人一人に合った対処法を見つけてゆくことが重要です。

4)学校、医療機関と連携して環境と整え、ご自宅での対処法に工夫してみてもADHDの症状が改善されず、学業や社会面でお子さんが実力を出し切れずにそれが家族全員のストレスになってしまっているような場合には、医師と相談して薬物療法を考えるときかもしれません。ただし、お薬にはできないこともたくさんあります。薬を治療に取り入れて集中力などを補うことはできても、そこでお子さんが自信とやる気を取り戻し、自尊心を育てるように導いてあげることはご両親、教員の方にしかできません。これはADHDと併発しやすい不安障害、気分障害、不登校などの2次的問題を防止することにつながります。ADHDのお子さんは、「どうして集中できないの、忘れ物ばっかりして、どうしてみんなと同じようにできないの」などと学校でも家庭でも注意されることが多く、「どうして自分ばっかり叱られるんだろう」と落ち込んでいることがたびたびあります。小さいことでも当たり前と思わずに気を付けて見てあげて、適切な行動をとれた時にはタイミングよく具体的に褒めて、長所を伸ばしてあげることが大切です。

Q2:「成長期の子どもに薬は有害?」

A: どんな薬にも副作用があり、毎回の診察で医師が作用、副作用を監視しその都度対処することが重要です。たとえばADHDの治療に主に使用される中枢神経刺激薬(リタリン、コンサータなど)の主な副作用は食欲不振、初期の不眠などですが、食欲不振の場合、毎回の診察で体重と身長を計測し、成長曲線とよばれるグラフにして、お子さんが平均から外れていないかチェックします。不眠の場合は、長時間作用するお薬から短時間のものに変えたり、服用時間のタイミングを工夫したりして対応します。どんなお薬にも、悪いこと(たとえば副作用で寝つきが悪くなる、など)と良いこと(授業中集中できるようになる)が出てきますので、常に悪いことと良いことを天秤にかけて、その比率であるRisk and Benefit Ratioを検討しどちらを優先するか考慮するようにします。投薬を開始した後も、Vanderbilt行動評価法(このブログのパート1の診断に関する項をご参照ください)などを利用してご家庭と学校から情報収集しながら治療の効果をモニターしていきますので、保護者の方と教員の方々からのフィードバックが重要な手掛かりとなります。

Q3: 「成長するにつれて、ADHDはどうなるの?」      

 A: ADHDの多動(常に動き回っている、じっと座っていられないなど)の部分は30%程度の確率でおとなになるにつれて改善されると言われていますが、不注意、衝動性は改善されない場合が多いのが現実です。しかし、ADHDと診断された方でも、知的障害がなければ大学進学して活躍、成功している人はたくさんいます。ADHDの3つの特徴である不注意、多動、衝動性を考えてみると、集中力がないということはひらめきがあって創造性や独創性がある、また多動はエネルギッシュで雄弁、衝動性は実行力や行動力がある、と考えれば長所ととらえることもできます。私が実際に診断させていただいたわけではないので決して断言することはできませんが、エジソン、アインシュタイン、リンカーン大統領、坂本竜馬、レオナルドダビンチなどがADHDであったという説があるように、周囲の理解、サポートがあり、成功経験があって自尊心が保たれていれば良好な予後を期待できるといわれています。

~児童精神科の受診に関して~

 今回現地の日本語学校でADHDに関するお話をさせていただいて実感したことは、お子さんがADHDではないかという疑いを感じても、専門家、とくに児童精神科を受診するということは多くの保護者の方が躊躇われる難しいご決断だということです。専門家を受診することでお子さんが「障害」を持っていると決めつけられたり、薬を押し付けられたりするのではないかというご不安をお察しします。私たちおとなが育った子供時代、日本にはADHDという概念すら身近に存在していなかったので、ADHDが今でも誤解や偏見の多い障害であることは理解できますし、成長期のお子さんがお薬を飲むことへのご心配はごもっともだと思います。私自身、お子さんは大抵お薬を飲むことを嫌がるものだと思っていましたが、私の患者さんで多動、衝動性ADHDの10歳のお子さんに、お薬を飲むことをどう思っているか聞いてみたところ、「いつもみんなにうるさい、だまれ、って言われないからお薬飲むのは嫌じゃないんだ」という答えだったので意外でした。10歳のお子さんでも、ADHDが自分の日常生活に支障をきたしているという自覚がある子もいるのだと思います。成人においてもそうですが特に子供に関して、精神科的疾患や障害が果たして存在するのか、更にその「治療」の意義に関しては常に議論されていることであ り、このブログでもコメントをいただきました。ADHDだけに限らず、お子さんの正常な行動が「異常」や「障害」のレッテルを貼られ、その子の才能、個性 や気質を潰すような「治療」を受けること、特に不適切、不必要な理由でお子さんがお薬の治療を受けることは、児童精神科に携わる者として私は断固反対ですし、多くの児童精神科医が同意見だと察します。

もちろん、お子さんにとってベストな選択をするための決定権は常に保護者の方にあります。ADHDを「障害」ととらえるか、そのお子さんの気質の一部ととらえるか、またどのような対処法や治療法をとるかは保護者の方次第です。ただ現在はADHDについての研究が進んで新しい知識や治療法が開発されており、特に児童精神科ではお薬を使用しない対処法、行動療法に基づいたセラピーを中心としたご家庭で実践できる対処法も重視しています。お子さんの将来の可能性を伸ばすための選択肢を増やす手段として、お子さんの行動面や精神面でお悩みの際には相談窓口として児童精神科があります。ご家庭、学校、医療機関がチームワークを通してお子さん一人一人に合った対処法を見つけていけることを願っています。

<参考文献>

ADHD(注意欠如・多動性障害)に関する情報サイト(日本イーライリリー株式会社)., NPO法人えじそんくらぶ[無料ダウンロード冊子]実力を出しきれない子どもたち ~AD/HDの理解と支援のために~., Attention-deficit and disrutive behavior disorders. In: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th ed, Text Revision, American Psychiatric Association, 2000., NICHQ Vanderbilt Assessment Scale, Parent informant and Teacher informant. 2002 American Academy of Pediatrics and National Initiative for Children’s Healthcare Quality., Russell A. Barkley. Defiant Children A Clinician’s Manual for Assessment and Parent Training. New York: The Guilford Press, 1997., Martin, A. and F. Volkmar, eds. Lewis’ Child and Adolescent Psychiatry: A Comprehensive Textbook. Philadelphia: Lippincott Williams and Wilkins, 2007., Sadock, B. and V. Sadock, eds. Synopsis of Psychiatry: Behavioral Sciences/Clinical Psychiatry. Philadelphia: Lippincott Williams and Wilkins, 2003.

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。


バックナンバー