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ブログについて

Born in Japanだが医者としてはMade in USA。日本とは異なるコンセプトで組み立てられた研修システムで医師となる。そんな中で、自分を成長させてくれた出会いについて一つ一つ綴っていく。

浅井 章博

岐阜県産 味付けは名古屋。2003年名古屋大学医学部卒。卒業後すぐにボストンで基礎研究。NYベスイスラエル病院にて一般小児科の研修を始め、その後NYのコロンビア大学小児科に移り2010年小児科レジデント修了。シカゴのノースウェスタン大の小児消化器・肝臓移植科にて専門医修了。現在はシンシナティー小児病院で小児肝臓病をテーマにPhysician-Scientistとして臨床と研究を両立している。

浅井 章博のブログ
2011/10/22

400/ hour

一時間ごとに400人

これは何の数字かわかりますか? 

自己紹介はおいおいしていくとして、さっそくトピックを1つ。 

今日の朝のグランドラウンド(総回診と直訳しますが、実際は講演会です)で出てきた数字です。あまりに強烈だったので。
この400という数字、実は、今現在、一時間ごとに亡くなっていく、生後間もない赤ん坊の数です。 毎時間ごとです。

講演の内容は、アフリカやインドなどの貧困国における小児科医療についてでした。一般的にはエイズやマラリアなどが取りざたされていますが、実はそれは大した数をなしていないのだそうです。ロタウィルスなどの感染も大きな数を占めていますが、それと同じぐらいに死亡原因になっているものがあります。それは、僕にはとても意外でした。それは、”うまれてすぐの新生児が、72時間以内に適切な処置を受けていないがために死亡している”ということでした。別に酸素ボンベや抗生物質の点滴が必要なわけではなく、清潔なお湯とちゃんと訓練された人による出産と、出産直後の処置と、母乳。そういったものが整っていなくて、次々と新生児が死んでいっているそうです。そうなんです、新生児ってそんな簡単に死んでしまうんです。現実に、起っていることなんです。

それで、じゃあ、そういった発展途上国の現状をどうするべきか、、、というふうに話は進んだのですが、聞きながら僕の思考はそれて行きました。

僕は、歴史的に逆の方向に考えてみました。150年前、江戸時代の末期、世界は一般的にそんな状況だったんではないでしょうか? 今より世界人口が少ないでしょうから400人ということはないでしょうが、それでも生まれてくる人間はそれこそパタパタと死んでいってもおかしくない様な世界だったんじゃないでしょうか? 細菌という概念が無いので、清潔というものがちゃんと規定されていなかった。 もちろん薬なんかない。 へその緒の処置だって適切ではなかった可能性が高い。 妊娠中のビタミンはおろか、母体の健康栄養状態だって怪しい。帝王切開もできないから、逆子に双子に、もう大変です。

ほんの150年前です。想像できないほど昔じゃないような気がしますが、今とあまりに違います。 でも、それがきっと生物としては普通の姿なんですよね、きっと。生まれてくる命のうち、最初の一週間をすごせないものが、何割かいる。さらに 1才になるのはそのうちどれぐらいだろう。 昔の人達は、子供がある程度の年令になるまで名前をちゃんと付けなかったと聞きます。理由は明白ですよね。

それにくらべて、今自分のいるアメリカの小児病院で生まれて来る子供たちの状況と言ったら、比べるべくもない。現代のアメリカの子供たちは、本来の野生の生物とは全く違う生態系で、生まれ、育っていく。外来に受診する子供の理由も様々ですが、そのほとんどが150年前だったら問題にすらならなかったことだろう。自分の今研究しているテーマも、子供の脂肪肝についてですから、150年前には存在しなかった問題でしょう。

ということは、僕が日々直面している”問題”というのは、生物の本質からは”問題”ですら無いのかもしれません。なんてことを考えいていたら、なんとも言えない虚無感に襲われた朝でした。

こうやってちょっと遠近感を変えて、今いる自分の世界を見つめなおしてみると、実に色々なことが見えてくるものです。アメリカと日本、英語と日本語、大人と子供、発達と成長が区切っていく過去と未来という時間軸。 こどもに関わる仕事をしていると、子供側から世界を観ることもあります。本当に、あっと驚かされることがよくあります。

20世紀の終わりの日本に生まれ育った人間が、21世紀にアメリカで小児医療に関わってきました。場所、時間 そして人々。いろんな遠近感で見て感じて考えてきたことを綴っていきたいとおもいます。

3件のコメント

  1. 反田麻理 より:

    現在、おなかの中で子どもを育て中の身にはかなり衝撃的な数字。道や駅のホームで人を見るたびに、「この人も誰かのおなかの中に長いこといたんだよなぁ」と不思議な気分になっていましたが、逆に毎時間(!)400人も亡くなっている赤ちゃんがいるんですね。産むまでも母親は重いし、疲れるし、さらに産むのも大変なのに。

  2. 藤林 保 より:

    400はすごい数字ですね。日本では生まれてくるはずの無い未熟児をたくさん発育させています。高額の医療費を使って、親に十字架を背負わせて、発育障害を抱えて社会で支えています。その対比は滑稽でもあります。
     野崎 藤林

    • 浅井 章博 より:

      コメントありがとうございます。私もNICUで勤務していた時は同じ感想を持ちました。この対比はとてもあざやかで、立ち止まって考えざるを得ませんでした。
      しかし、最近はこう考えます。 こういった最先端の高度医療を支えるだけの社会水準があるからこそ、その次に低いレベルの医療で一桁も、二桁も多くの新生児達が生命の危機から救われているということに目を向けなければいけません。医療技術水準というのはピラミッド型で、てっぺんの最先端高度医療水準が高ければ、全体的な水準が上がり、すそ野にある何万人もの人達が底上げされたより高いレベルの”基本的”医療の恩恵にあずかれます。”生まれてくるはずのない未熟児をたくさん発育させる”事そのものの意義は、まだまだ議論が必要ですが、何も無い状況ではバタバタと死んでいってしまう新生児を今日のレベルまで安定して生存させる社会を実現させるには、最先端医療が医療技術そのものを引き上げていく構造が社会には必要だったとおもいます。 この話題はとても多くのことを含み、こちらの病院でもいつでも議論の的になります。指摘してくださってありがとうございます。また、新たにトピックを立てて記事にしたいと思います。

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