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青柳有紀

ブログについて

アメリカで得られないものが日本にあるように、日本では得られないものがアメリカにはある。感染症、予防医学、公衆衛生学について、ニューイングランドでの日常を織り交ぜつつ、考えたことを記していきたい。

青柳有紀

Clinical Assistant Professor of Medicine(ダートマス大学)。国際機関勤務などを経て、群馬大学医学部医学科卒(学士編入学)。現在、アフリカ中部に位置するルワンダにて、現地の医師および医学生の臨床医学教育に従事。日本国、米国ニューハンプシャー州、およびルワンダ共和国医師。米国内科専門医。米国感染症専門医。米国予防医学専門医。公衆衛生学修士(ダートマス大学)。

2011/11/19

ARTを開始する

HIV外来で担当した患者さんに対して、ART(抗レトロウイルス薬)開始することになりました。以下に、その日の外来の都合がつかなかった私に代わって患者さんを診てくれることになった指導医の一人(Attending A)と、セクション・チーフ(Attending B)と私の3人のあいだでやりとりされた会話を紹介します。抗レトロウイルス薬を用いたHIV治療がこの患者さんに対してどう決定されたか参考になると思います。薬剤名を含めた専門用語の解説はあえて控えます。

患者さんは40代の男性で、数週間前に黄疸で他の病院に入院した際に、HIV感染およびHCV感染が判明した方です。著明な肝酵素の上昇があり、胆道系疾患の除外のためMRCPまで施行されましたが(エコーおよびCTで異常なし)、詳しい機序は不明でした。内科的治療のみで症状はやや改善し、退院後、私の外来に来ました。CD4は74で、AIDSの基準を満たします。HIVのviral load(VL)は110,000、HIV genotypeは A71 mutationのみ、HCVのVLは23 million、genotypeは1aでした。アルコール乱用と違法薬物使用歴があります:

 

Attending A: ユウキ、彼にどのARTを使うか考えた?

私: EFV/TDF/FTC、TDF/FTC+DRV/r, TDF/FTC+ATV/r あるいはTDF/FTC+RALが使えます。現時点で彼の急性発症のcholestatic hepatitisの原因はわかっていません(肝臓の専門医による診察は来週に予定されている)。プロテアーゼ阻害薬による肝障害のリスクは低いものの、ゼロではありません。また、TDF/FTC+ATV/r を使用すると、今後の彼の肝疾患のワークアップや、治療に対する彼の反応の解釈を混乱させる可能性があります。したがって、EFV/TDF/FTC もしくはTDF/FTC+RALが選択肢として残ります。彼はアドヒアランスがよい患者ではないので、Isentressの使用には懸念があります。したがって、Atriplaがベストでしょう。

Attending A: Efavirenzによる肝酵素異常の可能性はおよそ3%で、darunavir、および他のプロテアーゼ阻害薬はそれよりやや高いとされている(特にHCV患者の場合)。ATVによる高ビリルビン血症は良性でも避けるべきという意見には賛成するよ。とりわけ、彼の肝酵素がさらに悪化しつつある今は。Raltegravirが肝酵素の異常を起こす確率は低いけれど、僕としてはVLが高い患者における効果とアドヒアランスの点でやはり君と同じように懸念している。ということで、僕としてはAtriplaかTruvada+raltegravirの選択になるんだけど、前者を選ぶという君の選択は妥当だと思うよ。

Attending B: いいんじゃない? でも、VLが高い患者におけるraltegravirの効果については別に問題ないよ。STARTMRKはベースラインのVLでstratifyされていたし、VLが100,000以上か、それ以下で効果に有意な差はなかった。ただ、彼に使用するのはアドヒアランスの点で問題ありというのには同意。

Attending A: どうやら彼のアドヒアランスの点では僕らの意見は一致しているみたい。一日1回服用と2回服用の群を比較したスタディで劣るとされた群が、実際はVLが高い患者における適性服用の高い失敗率に引っぱられていること、それからralteglavirに対する耐性出現への低いgenetic barrierを考えて、raltegravirを使用するのはよくない選択だと思う。

Attending B: そうだね。そういえばユウキ、この患者にCompleraを使うべきじゃない理由、知ってる?

 

結論:

1)抗レトロウイルス薬を使いこなすためには、まずそれぞれのgeneric名、略称、商品名を覚える必要がある。

2)それぞれの薬剤の副作用についての知識が整理されている必要がある。

3)ガイドラインの内容を理解していること。

3)患者の特徴、特にアドヒアランスは、どの薬剤を選択するかを判断する上で、非常に重要な要素となる。

4)過去の重要な臨床試験のデザインと結果について、知っている必要がある。

5)Co-infectionやその他の既往症、およびそれらの臨床的な状況を総合的に考慮して、最適な組み合わせを考える必要がある。

 

4件のコメント

  1. 小児科ではHIV患者はIDチームが管理していて、レジデントにはあまり接点がなかったのですが、たまに思春期の患者で薬を飲まないので”治療不可”というカテゴリーに入ってしまった人が、何らかの合併症を発症して(当然ですが)ERに担ぎ込まれた時にケアをしました。だから、ちゃんと治療してコントロールされている患者には一度もあったことがありません。 HIV治療は完全にID専門家の独壇場ですよね。研修医には入り込む余地のない高度専門な領域でした。

    ところで、保険によって使える薬が変わったりしますか? 子供はそういうことがないようになっているそうですが、大人はどうなんでしょう? オバマの医療改革で変わってきていますか?

  2. 「治療不可」ですか。悲しいですね。どうしてそうなっちゃうんだろ。

    そうそう、保険のことですが、ニューハンプシャーではARTは州の補助制度でカヴァーされます。ARTだけじゃなくて、他の薬もほとんどすべてです。上記の患者さんでいえば、他院で処方されたウルソが高くて買えなかったのですが、ARTが処方され次第、それもカヴァーされるようになります。ということで、HIVが進行してARTが開始されると他の疾患の治療もできるようになるという、変な構造があります。

  3. それは立派な制度ですね。ということは、HIV患者は財政的には大変なお荷物になっちゃうんじゃ?ARTはすごい高いって聞きました。

    治療不可っていうのは、あまりにコンプライアンスが悪すぎて薬を処方しても飲まないので、無理、ということになっています。ストリートキッズです。家もなく家族もないので、サポートのしようがないということだったと思います。施設に入れても脱走するんだそうです。あまりに破滅的で、どう接していいかわかりませんでした。

  4. そうなんです。そういうことで、州の財政は(どこでも)逼迫しています。州がお金を出しているHIVクリニック(自前で提供するので結局少ない出費で済む)も、受診資格を厳しくして、利用しづらくなっています。これから状況はもっと苦しくなると思います。

    ストリート・キッズですか。胸が苦しくなりますね。産まれたばかりの子供って、どんな子でもかわいいから、そういうふうになってしまうまでにどんなことを経験しなくちゃいけなかったんだろうって、考えます(ナイーヴですか?)。医者にできることは限られていますね。

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