(この記事は、若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/
私は医学部5年生の時にUniversity of California, San Diego School of Medicineの外科で他の米国人医学生と同じ立場でclinical clerkshipをする機会に恵まれ、その体験を通して、米国で外科レジデンシーを行い米国で外科医になりたいと思うようになりました。手稲渓仁会病院(北海道札幌市)で卒後6年間一貫の外科研修を受けた後、1年間の在沖縄米国海軍病院での勤務中にマッチし、2012年7月よりPennsylvania州のPittsburghにて外科研修医として勤務しています。
米国で外科レジデンシーをしたいけど、いつ渡米するのがいいのか迷っている方がいると思います。渡米のタイミングとしては大きく以下の3通りがあります。
1.医学部在学中にマッチングに参加し、卒業後すぐに渡米(日本での初期研修なし)
2.研修医として働きながらマッチングに参加し、マッチ次第渡米
3.日本でフォーマルな外科トレーニングを受け、外科専門医取得後にマッチングに参加し渡米
いずれの方法で渡米しても成功されている方がいるのでどれが最善ということはありません。私の場合は、日本でトレーニングを受けて外科専門医資格を取ってから渡米すると医学生の頃から決めていたため、上記の 1. 及び 2. は選択肢にありませんでした。ここでは、私の経験から「3. 日本でフォーマルな外科トレーニングを受け、外科専門医取得後にマッチングに参加し渡米」を選択した場合のメリット・デメリットを述べたいと思います(内科など他の科では状況が違うと思われます)。
メリット1:渡米前に手術手技を習得できる
一番のメリットはこれに尽きると思います。手術手技の習得・向上に関しては、事前の勉強はもちろんのこと、実際に執刀して優れた指導医から手術中直接指導を受けるという過程が欠かせません。私の場合は日本での6年間一貫の外科レジデンシー(初めの2年間はスーパーローテート)で執刀は約550例、助手は約850例経験することができました。尊敬する岸田明博先生を初め多くの外科指導医からの熱心で厳しくも温かいhands-onの指導で、手術書を読むのでは到底得ることのできない大切な手術手技を多く学びました。
また、丁寧で美しい手術を心がけること、最小限の動作で効率的な手術をすること、解剖を良く理解した手術(膜の手術)をすること、外科医として特に手術室では何が起こっても常に平静の心を保つこと、大事な自分の家族であるかのように患者一人一人を大切に執刀することなど、外科医としての様々な心構えを学びました。こういった姿勢は日本人が特に重きを置き、そして得意とするところのように感じます。
日本以外の多くの病院で手術に参加または見学しましたが、目から鱗が落ちるという表現がふさわしい感動する手術もあれば、雑で乱暴な手術と感じる手術も少なからずあったように思います。ある海外の病院でのエピソードですが、腹腔鏡下胆嚢摘出術で胆嚢の剥離の際に鋭的剥離をせず、無理矢理引っ張って胆嚢を胆嚢床から剥がすという、ちぎっては投げの所謂「チギレクトミー」をしている外科医を見たときには驚きました(もちろん稀な例です)。
日本人の手術はmeticulous(細部に気を配り)すぎる、そんなに丁寧にしなくても術後合併症の発生率は変わらないのではないか、という外国人の意見もありますが、「結果的に合併症が起きない程度の雑加減は多くの手術をこなす必要がある以上仕方がない」という考えではアートとしての外科手術に反するものがあると思います。日本でトレーニングを受けていなければこういったことには気づかなかったかもしれません。
米国での外科レジデンシーに話を戻すと、他のレジデントより手術経験が豊富なことは大きなメリットです。初めて一緒に手術をする指導医には手術前に簡単に経歴を伝えれば信頼してくれてインターンレベル以上の手術をさせてもらえることもあります。手術中に「将来パートナーとして働かないか?」という冗談でしょうがうれしい褒め言葉をもらったこともありました。
メリット2:渡米前に外科知識を習得できる
これは普段の診療とABSITE(American Board of Surgery In-Training Examination)の二つの面で非常に有利です。日本で一通り知識を身につけたとしても、渡米してからも継続した学習はもちろん必要です。しかし、あらかじめ知識があることによって普段の診療でも自信を持って意見を述べたり計画を立てることができます。またABSITEという1月下旬に毎年行われる全米の外科研修医(全学年)を対象とした共通試験がありますが、この試験の際にも今までに蓄積した知識が生きます。ちょうどUSMLEのスコアがresidencyのマッチに大きなウェイトを占めるように、ABSITEのスコアはfellowshipの応募の際に非常に重要で、人気のあるプログラムではABSITEのスコアで応募者はまずふるいにかけられます。ABSITEのスコアも一年目から全て見られますから一年目から気は抜けません。外国人がfellowshipのポジションを得て生き残っていくためには少なくともスコアは良い必要があります。
メリット3:インタビューで有利である(不利でもある)
インタビューにおいては日本でトレーニング済みであることは有利にも不利にもなります(不利な点については後述)。 他の国の出身では話は違うのかもしれませんが、少なくとも「日本でフォーマルな外科研修を6年間行い外科専門医資格を保持している(=board-certified)」という点は、どのインタビューでも米国人外科医の面接官に非常に好印象を持たれました。一般的に、米国人外科医には日本の外科は米国同様優れているとの認識がありますので、日本でトレーニング済みということはアメリカでトレーニング済みと同等の能力があると思われるためではないかと思います。
メリット4:渡米前に貯金ができる
渡米にあたっては多くの出費が伴います。引越し、車、家具、家電、住居など差し当たっての現金が必要になりますが、このためのお金を日本にいる間に貯めることができます。米国のレジデントの給料はその土地の生活費を考慮に入れて設定されているので生活費の高い大都市では高くなりますが、最後に手元に残るのはおよそ同じくらいで、決して余裕はありません。 特に家族がいる場合は十分な貯金をして渡米することが必要だと思います。
デメリット1:卒後年数制限のためインタビューの選考から足切りされる
米国には220以上の外科レジデンシープログラムがありますが、www.matcharesident.comを通して検索した結果、卒後年数制限のあるプログラムは2011年の時点で以下の通りでした。卒後6年目になると卒後年数が経っているというだけでおよそ80のプログラムから足切りされることになります。ただし、必ずしも足切りされるわけではありません。実際私の場合、卒後年数3年までとの制限があったプログラムからもインタビューのインビテーションは届きました。
Years Since Graduation # of Programs
PGY-1 8
PGY-2 19
PGY-3 13
PGY-4 6
PGY-5 36
PGY-6 2
Does not matter 90
No answer 42
※PGY(Post-Graduate Year ) 卒後年数
デメリット2:年を取る
社会人を経て医師になる人が少なくない米国ではレジデントの年齢幅は日本のそれよりも大きくなりますが、やはり多くのレジデントは高校卒業後、undergraduate 4年+medical school 4年という風にストレートに来た人です。周りのレジデントの多くが自分よりも若いことは気にする必要はありませんし、実際気にもなりませんが、「もし卒後すぐに渡米できていたら今頃指導医になっている年齢なのになぁ」と思うことはよくあります。また、日本で臨床をしている間に結婚し子供もできる場合がありますが、その場合には家族にとって渡米することが良い選択かどうかという問題もでてきます。
以上、私の経験をもとに思うことを書いてみました。どの渡米のタイミングも一長一短ありますので、どれが自分にとってベストかは人それぞれですが、少しでも参考になればと思います。