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奥沢奈那

ブログについて

精神科というと、何となく暗くて怖いイメージがあったり、心の内を分析されてしまうのでは?などと誤解されがちですが、アメリカの精神科医療を少しでも身近に感じていただけるよう、日々感じたことを綴ってゆけたらと思います。

奥沢奈那

東京出身。雙葉高校在学中に国際ロータリー青少年交換留学生としてベルギーに留学後、渡米。ニューヨーク州サラローレンスカレッジ卒業。セントジョージ医科大学を卒業後NYマイモニデスメディカルセンターで一般精神科の臨床研修を修了。メリーランド大学で児童精神科専門研修後、同大学精神科助教。米国精神科専門医。

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先日、小児ICUの当直明けだった主人がめずらしく職場のストレスについて話してくれました。相当忙しい夜で当然一睡もできず、乳児が2人亡くなったそうです。ICU中に響き渡るご家族の嗚咽を聞く瞬間はいつまでたっても慣れることのできない悲しみであり、シフトが終わって帰宅してもしばらく忘れられないと言っていました。しかしそんな気持ちはどこかに押しやって、M&M (Mortality and Morbidity Conference) の準備をしなくてはなりません。M&Mの目的は担当医を責める事では決してなく、症例から学ぶ事だということは誰もが承知していますが、「自分の処置に至らないところがあったせいで患者さんを死なせてしまったのでは」と本人が一番自分を責めてしまうのですから、それを同僚や上級医の集まる前で発表するのは相当辛いと思います。さらに、医師はどんなときにも患者さんやスタッフの前で冷静、かつ“ナイス”でいなくてはなりません。イラついたり取り乱したりすることが許されないのです。

医師である以上「当然」のこと、とお思いになる方が沢山いらっしゃるかもしれませんが、医師は本当に皆常に“invincible-最強”でいられるのでしょうか?3人の同僚とインターンの一人を自殺によって亡くした精神科医Dr. Millerらが

The Painful Truth: Physicians Are Not Invincible

という文献の中で医師のセルフケアの重要性を訴えています。

医師の自殺についての研究は限られていて矛盾した結果が多い様ですが、医師は一般の人口より自殺の比率が2倍高いという報告があり、またインターンの27-30%がうつ病を抱えていて、そのうち25%が自殺願望を訴えたという報告もあります。特に女性医師が精神的ストレスを抱えるリスクが高いと言われています。また、薬物中毒や離婚が医師に多く見られることはよく知られています。

では、医師が精神的バランスを崩してしまうことが多いのは、なぜなのでしょうか?

多くの医師に共通してみられる性格の1つとして考えられているのが、「完璧主義」です。受験戦争、医学部、卒後研修、その後のキャリアの上昇等での激しい競争を乗り越えるためにはある程度完璧主義者でないと生き残れないのかもしれません。人の命を預かる仕事をさせていただくのですから、完璧を目指すことが当たり前ですね。しかし逆に、完璧であるはずの医師が過ちを犯した際、いかなる状況でも間違いを認めることが医師にとって大きな精神的苦痛となるようです。アメリカでは特に医療訴訟などへの懸念もストレスを増大させているようです。

医師の世界に蔓延している“マッチョ メンタリティー”にも問題があるとDr. Millerは言っています。医学部から始まる長いトレーニングの間に、医師は睡眠時間を削って24時間体制で患者さんのために尽くすことが当然であるという教育を受けます。また、患者さんとの間に精神的距離を置いて、医師は自分の感情を押し潰し常に冷静であるように教育されます。自己犠牲の上に成り立つトレーニングの間に、医師は周りに助けを求めることができなくなるのではないか、とDr. Miller は懸念しています。同僚や上級医を心から信頼して自分の弱みをさらけ出せる環境にいる医師が少ないのが現実のようです。

そもそも、医者が患者になる、ということ自体矛盾している話のように聞こえますが、医師も病気になるし、心の病を抱えることがあります。そこで”VIP患者“として扱われてしまうことが、医師にとって逆に治療の妨げになると考えられています。重度のうつ病で、一般の患者さんなら当然入院していただく状況でも、同僚や先輩医師が患者でそのご本人に、「自分は大丈夫だから」と言われたら、「では、ご自宅で投薬していただいて様子を見ましょう」ということになりかねません。Dr. Millerのご同僚の奥様も、医師である旦那様が自殺で亡くなる1週間前に入院治療をお願いしたそうですがかなわなかったそうです。

医師のセルフケアの向上のためには、学会、病院、臨床研修プログラムなどinstitutional levelでの意識改革への取り組みと、医師一人一人のpersonal levelの努力が必要だと考えられています。 皆さんはどのようなことを実践なさっていますか?

 

5件のコメント

  1. 一晩に、2件の死亡例はかつて経験したことがありません。きっと相当大変だったと思います。話を聞いてくれるパートナーが居て彼もきっと救われたと思います。
    私は、受け持ちの患者さんの死亡例があった時は病院併設のChapelに行くことにしています。研修していた病院が教会系の病院で、とても立派なChapelが病院内にあり、荘厳で静謐な空気が満ちていました。キリスト教徒ではないので最初は違和感がありましたが、病院のChapelは特定の宗教を掲げていないので、誰にでも入りやすくすぐに慣れました。日常から切り離された静寂の中に身をおくことで、医師ではない個人として、毎日診ていた子供の死と家族の悲しみに向き合うことができました。以来、人の死に触れた時はChapelに自然に足が向きます。

    • 浅井先生、
      コメントありがとうございます。
      幼い命が目の前で途絶えていくのをお見送りするのも小児科医の仕事の一つなんですね。そのようなときの為にご自分にとっての儀式、というかritual, routineを見つけてらっしゃるのはさすがだと思います。小児科医の先生方を改めて尊敬しています。これからもがんばってください!

  2. 私はまさに「マッチョメンタリテイー」になりがちなので、とても興味深く読ませていただきました。実際、医者の仕事は重いので、精神的なストレスは大きいですよね。私の専門でも重症患者さん、または急変が多いので、こういうメンタルケアは大切なのだと思います。医療というのは、ふりかえってみれば答えが簡単だったりする事もあり、医者もまじめな人が多いので、結果がよくなかったりすると自分を責める人が多いのではないかと思います。私は今のところ、症例をシェアできる同僚達と働いているので、そういうところで助かっているのではないかと思います。
    ところで、弱いところはさらけ出せない、というのは日本では医者だけでなく、社会全体の風潮ではないかと思うのですが、どうでしょう。それが日本のよいところでもあり、悪いところでもあるのだと思いますが。

    • Dr.Yumi,

      コメントありがとうございます。先生のおっしゃる通り、弱いところはさらけ出さない、というのは日本人からすると美徳ですね。ちなみに、以前反田先生がご指摘なさっていたのですが、
      http://weathernews.com/ja/nc/press/2011/111227.html
      日本人は風邪をひいても仕事を休むボーダーラインが高いようですね。アメリカでは”セルフケア”の名のもとに(!?)sick call(病欠)をすぐ使うレジデントが多いようですが。。
      周りに迷惑はかけられない、と風邪を我慢してしまう気持ちはわかりますが、心のケアの場合は、辛抱強く内に抱え込むタイプの方こそ要注意、と思って診てしまいます。

  3. アメリカ南部の街で、ストレスの多い小児ICUで勤務しております。患者さんが2人同時に無くなることはかなりまれなことですが、私も1回だけ経験しました。やはり精神的には敗北感というかガクッときますね。ストレスだけが原因ではないですが、小児ICUのフェローのうち全米で毎年10人くらいづつが辞めていきます。
    同じ分野の長年の経験のある先輩医師と話して、このような話題になったときに、言われたのは医者をはじめ医療従事者側にもbereavementの期間が必要だということです。医療従事者を支える仕組みが必要だと思います。

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