オバマ大統領率いる民主党政権が8年続き、熱い選挙戦の末に今度はトランプ新大統領による共和党政権が今年の1月に始まりました。オバマ大統領の前の8年が共和党のブッシュ大統領、その前は民主党のクリントン大統領で、近年の米国は政権が交互に変わっています。前任の大統領に不満が積もった国民が次は違う政党を支持するという状況は想像つきますね。
オバマケアって何? 通称「オバマケア」は2010年、オバマ大統領の元で成立した医療保険制度改革法です。その狙いはズバリ、約4800万人いた無保険者たちに何らかの形で医療保険に加入してもらうことを狙ったものでした。米国の医療保険システムは公的保険と民間保険が混在しています。働き盛りの若者や中高年にとっては、毎月の保険料が高いのに受診はしないということになりやすく、無保険を選ぶ人たちが多かったのです。
オバマケアは、2つの柱で成り立っています。 1)民間の保険会社が提供する医療保険への加入の義務づけ 2)各州に低所得者向けMedicaid適用対象の決定を義務付け
1)に関しては、「Marketplace」や「Exchange」と呼ばれるウェブサイトに保険料やカバー内容が様々なプランが登場し、一定期間(Enrollment period)の間に加入しなければ、確定申告時に罰金が課されました。罰金の程度は、年収の2%もしくは定額(大人1人につき$325と子供1人につき$162)のどちらか高い方でした。無保険者の中には貧しい人や高齢者だけでなく、働き盛りの若者もいたので、罰金を嫌がってとりあえず何かの医療保険に加入する人が増えました。低所得者には税金を投入して補助金を設けたりもしました。
私はホスピタリスト(病棟総合内科医)なので、その影響を直接は感じませんでした。しかし、地域のプライマリケア医にとっては、「保険がないと診察できない」と断れなくなってしまったので、仕事量が増えたことが想像できます。ハワイ州では増えた保険加入者たちを受け入れるプライマリケア医の不足が浮き彫りになりました。
また、急に乱立してきた医療保険プランの中には一見すると月額保険料の支払い(premium)が安く見えるものの、よく読むと利用した医療費がある一定額(Deductible)に達するまでは自己負担が大きい粗悪なプラン(High deductible health plan)もありました。保険がカバーする薬剤が一部に限られるもの、妊娠出産や不妊治療には適用されないものもあります。
オバマケアは「無保険者をなくす」という目的の達成には至らなかったものの、「無保険者を減らす」ことには成功しました。
オバマケアの功績は? 2014年から実行された結果として、2008年に全国民の15.4%だった無保険者は、2015年に9.1%まで減少しました。実数にして2100万人が医療保険に加入した計算です。一定の成果は上げましたが、それでもまだ2700万人の無保険者が残るという結果になりました。
数値には現れない功績もあります。まず詳しい話をしますと、オバマケアは以下の3つの基本法で構成されています。
(1)Patient Protection (PP) and Affordable Care Act (ACA) (2-A)Health Care and Education Reconciliation Act (2-B)Student Aid and Fiscal Responsibility Act
(1)のACAは無保険者の保険加入を義務付けるもので、上述したように罰金という外的動機と、購入しやすい医療保険プランをウェブでわかりやすく提供という内的動機をそろえたものです。また、過去の病歴によって医療保険加入を制限しないという法律も含まれていて、うつ病や統合失調症などの精神疾患既往者にも保険の門戸が広がりました。Medicare plan A/B(外来受診費用のカバー/入院費用のカバー)に加入はしていても、plan D(薬代のカバー)は高くて加入できないでいた高齢者(Donut holeと呼ばれる現象)も補助金の恩恵を受けられるようになりました。
ACAを予算面で支えるのが(2-A)の法律です。財源の確保として、年収25万ドル以上稼ぐ世帯にはMedicare taxが増えました。(2-B)の法律は、学生ローンビジネスから民間金融機関を締め出したことで学生の利子負担を減らすのに役立ちました。
トランプ大統領はなぜオバマケアを撤廃しようとしたのか? 上述の(2-A)Health Care and Education reconciliation Actを、トランプ大統領は撤廃しようとしました。その理由はいくつかあるのですが、国民に対しては「医療保険加入を強制するのは人権侵害。国民に不当な負担をさせている。その割には国のトータルな医療費抑制に貢献していない悪法である」として、支持を訴えてきました。
しかし、この法律を撤廃すると、無保険に戻る人が増えることは明らかです。なので、repeal(撤廃)、repair(修復)、replace(代替)などと、段階的に変更を加えることを表明していました。
代替案を示すことなく「撤廃ありき」というスタンスについて、オバマ元大統領は「危険すぎる」とNew England Journal of Medicineにも投書しています1)。そして、この方針には抵抗を示す議員が共和党内にも存在します。
こういった状況ですから、米国内では熱い議論が沸き起こり、トランプ大統領が当初言い切っていたほど、撤廃は簡単にはいかないことが現時点で明らかになっており、とりあえず4月に第一段階としてHealth Care and Education reconciliation Actを修正する方向で動きました。
2010年当時は上院と下院に共和党議員が多かったため、上述のHealth Care and Education reconciliation Actは、正当な議会手続きを踏まずにオバマ大統領が行政命令で施行したという経緯があります。今度はトランプ大統領が同じ手法で撤回しようとしているのです。実質、この法律がなくなれば予算面で他の法律も無力化してしまうためです。
代替案がはっきり明示されない暗中模索の中、移民制限やツイッター発言などの派手なニュースの裏で、米国医療界はざわついていました。私のもとにも連日のように、AMA (全米医師会)、ACP(米国内科学会)、SGIM(米国総合内科学会)の代表委員会から議会への抗議の投書や署名運動への呼びかけがきました。
代替案は撤回へ この原稿を当初作成した後の2017年3月7日、トランプ政権が満を辞してAmecican Health Care Act(AHCA)と呼ばれる代替案を提示したので、その影響と今後を追記したいと思います。
新しいAHCAの要点としては、
- 医療保険加入の義務と罰金制度の廃止
- 個人で医療保険に加入する低・中所得家庭には、年齢と家族構成に応じて年間$2,000~14,000程度の税金控除
- 基礎疾患によって加入を拒否はできないが、直近1年間のうち連続して63日間の無保険期間があった人には高い保険料が請求できる
- Medicare(公的保険)ではessential health benefitsと呼ばれる基本的な慢性疾患、周産期、精神保健へのカバーをなくし、「重症疾患や外傷のみ」をカバーする保険プランが作成できる。なお、民間保険ではカバーしないといけない
- ACAと同様に、26歳になるまでは親の医療保険プランに加盟できる
- Medicaid(公的保険)の加入対象疾患がいずれ制限される
- ACAが収入源としていた、処方箋や医療機器に対する税金をなくす
- 各州への公的保険の税金補助が定額になる
- 2020年には、保険料に対する税金控除を収入ではなく年齢に応じた一定額に変更。年収が$230,000以上の家庭は税金控除の対象外とする
政策の金銭的影響を分析する機関(Congressional Budget Office;CBO)の分析は以下のように、政府の医療費減少のしわ寄せとして個人負担の増加を示しました。
- 2026年には無保険者はさらに2400万人増加
- 2018年度からDeductibleは増加し、保険料は15~20%増加
- 連邦政府の医療費は10年間で1兆2000億ドル減少。
代替案がさらなる修正を経て再び提示されるのか。米国医療界のざわつきは当面収まることがなさそうです。
【まとめ】
- 2014年に発効した医療保険制度改革法は、無保険者を2100万人減らすことに貢献したが、2700万人の無保険者が存在している(2015年末時点)。
- 通称オバマケアは3つの基本法から成り立っており、医療保険加入の義務化以外にも、病歴で加入を拒絶しないこと、公的医療保険の保険料の補助、学生ローンの利子減額などの功績があった。
- 2017年に発足したトランプ政権は、この制度の撤廃を公約に掲げている
- 2017年3月に提示された代替案(American Health Care Act)は批判を受けて取り下げられた。