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高橋康一

ブログについて

アメリカでのPhysician Scientist Lifeをつづります。

高橋康一

2006年、新潟大学を卒業。虎の門で初期研修を終え、渡米。NYベスイスラエル病院で内科研修を終えた後、MDアンダーソン癌センターで血液・腫瘍内科フェロー。現在、同病院白血病科・ゲノム医療科でアシスタント・プロフェッサー。Physician Scientistとして、白血病診療とゲノム研究を行っています。ラボに興味ある人は連絡ください!

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(この記事は、若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に寄稿されたものです。Cadetto.jpをご覧になるには会員登録が必要です。)

MDアンダーソン癌センターでの血液・腫瘍内科専門研修は、白血病科のローテーションからスタートした。数日が過ぎ、少しずつ1日の流れに慣れてきた頃にBさんは入院してきた。

朝のラウンド前に病歴を確認すると、「58歳の男性。8カ月前に形質細胞様樹状細胞白血病 (Plasmacytoid dendritic cell leukemia)でHyper-CVAD療法後、いったん寛解。最近PETで再発が疑われている。発熱で入院」とある。白血球は1日前の採血結果で50万。芽球だらけだ。どうやら再発らしい。レントゲンには影もある。1週間前の白血球がほぼ正常であったことを考えると急激な再発だ。

「けいしつさいぼうようじゅじょうさいぼうはっけつびょう????」。早口言葉の訓練になりそうなこの病名について、当然知識があるわけもなく、他のフェローがするようにUptodateやPubmedで検索を始める。指導医にプレゼンする時には、あたかも「前から知ってましたが何か?」というふうに発表するのである。

指導医とともに患者さんに会うと、さほど重症感はない。白血球除去療法も要らないだろうとの結論。ひとまず抗生剤を始め(こういうことを書くと、感染症科の先生たちの目線が怖いのだが)、芽球のコントロールのために少量のシタラビンを投与する。指導医も、再発時の治療について科のみんなで議論しないと駄目だなと言い、翌朝の検討会で治療方針を決めることにした。

「いずれにしても予後は厳しいな。外来でも診てもらっていたと思うけど、幹細胞移植科にも伝えておいて」と指導医が付け加える。

次の日の朝。検討会前に検査結果だけ確認しておこうとカルテを開ける。白血球が250万になっている。250万??やばい予感がする。DIC(播種性血管内凝固症候群)も進んでいる。夜間も熱が出続け、呼吸数も多くなっている。ナースは「酸素を開始します」と言っている。

これは、やばいな。2日で白血球が5倍とは何かの間違いだろうと思いながらも、嫌な予感は増幅する。レントゲンをオーダーし、白血球除去療法の準備とさらにシタラビンを増やしてステロイドも追加する。そのまま急いで検討会に出て、意見を仰ぐ。しかしこの頃、病棟ではコード・ブルーが鳴っていたことを、自分はその数分後に鳴ったポケベルで知る。Bさんは蘇生のかいなく亡くなった。

何という後手だ。白血病の勢いに全く付いていってないじゃないか。完全な負けだ。昨日の時点でもっとしっかり叩くことはできなかっただろうか。指導医も再発の勢いに目を丸くする。衝撃と後悔だけが残る。白血病は時にものすごい勢いで命を奪い去っていく。それは、虎の門病院での研修時代にも習ったはずだった。

今でも忘れられない。あの時、HさんはMDS(骨髄異形成症候群)で移植を待っていた。病勢も安定していたので、移植ベッドが空くまで、いったん退院して外来で経過を見ることになった。だが、2週間もしないうちに、彼はものすごい勢いで白血化し、化学療法のかいなく亡くなった。なぜ、あの時の反省が生かせなかったのだろうかと悔やまれるばかりだ。

決して全ての白血病がそのような急激な転帰をたどるわけではなく、あくまでまれな経過ではあるのだが、手をこまぬいているとあっという間に負けてしまうことがある。一瞬、大丈夫かなと思ったそのすきに一気に足元をすくわれる。

MDアンダーソンの白血病科には常時ほぼ100人の患者さんが入院している。上司に言わせれば、「1カ月ローテートすれば、一般の市中病院では一生かかっても診られないような数の白血病患者さんを診ることになる」らしい。25年もそこにいる彼は一体、何例の白血病患者さんを診てきたのだろうかと気が遠くなる。

EBMに基づく意思決定が重視される昨今は、より多くの患者さんを共通の診断名でくくり、mass(集団)として病気の予後や治療の効果を判定していく。その一方で、massでくくってしまうと隠れてしまうような、個々の症例の個別性を決して忘れてはいけないことを、経験のある医師たちは知っている。世界で最も多くの白血病患者さんを治療する施設の1つであるこの癌センターに身を置いている以上、数の多さから導き出せる答えを探すのは当たり前として、その中に埋もれがちな一つひとつの症例の個別性から学ぶことも忘れてはならない。

もう次は後手に回らないように。

そうやって、ぼんやりと考えるうち、また新規入院がやってくる。

2件のコメント

  1. 私も日本で似たような経験をしました。現在はダナファーバーの隣の病院でアンギオ医をしています。恐ろしさが身に染みているので、クラッシュインダクションChemoであれば、週末でも夜でもラインを入れることにしています。

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