(この記事は2012年5月11日 CBニュース http://www.cabrain.net/news/ に掲載されたものです。)
米国の医師は日本の医師より、もうけているのでしょうか? 一概には言えませんが、どちらかというと、答えは「イエス」のような気がします。
■専門科によって2倍以上も年収に差が出る米国
米国の医療関係者に専門的な情報を提供するMedscapeが1万5000人強の医師を対象に実施した調査によると、2010年の米国医師の年収の中央値は20万ドルほどでした。円高の影響のため、1ドル=80円で計算すると、1600万円ほどになり、「そこまで高くないかも?」と思えるかもしれません。
しかし驚くべきは、専門科ごとの年収の差です。最も高い整形外科医と放射線科医では35万ドル(約2800万円)、麻酔科医と循環器科医が32万ドル(約2600万円)と続きます。これに対して残念なのが小児科医で、その中央値は15万ドル(約1200万円)。その次に低いのが一般内科と家庭医で、16万ドル(約1300万円)です。このように、年収の高い科と低い科で、2倍以上の開きが生じているわけです。
ここまでの収入の開きは、日本では開業して成功するか、保険外診療をすることでしか見られないように思います。専門科によって収入にこんなにも開きが生じるのは、見方によってはひどく不公平に思えませんか? 当然ながら、米国医師の間でも、収入の高い専門科はとても人気が高いです。
■収入は妥当か
ただ、上記の調査では、医師の50%ほどしか現状の収入は妥当だと考えていません。収入が高いほど満足度も高いようですが、最も給与の高い放射線科医でも69%しか、整形外科医に至っては全体より低い割合の47%しか、現在の収入を妥当と考えていません。この背景には、「もっとお金が欲しい」という飽くなき欲望もあると思いますが、それ以外にも幾つか理由があるように思えます。
特に米国のメディカルスクールを卒業した人から聞かれるのは、以下のような意見です。
「学生のうちに借金しているから、もっとお金をもらわないと割に合わない」
「トレーニング期間が長いから、生涯賃金で考えるとそんなに高いわけではない」
米国ではメディカルスクールの授業料を学生自身が払うのが一般的で、卒業時には2000万円ほどの借金があります。また、大学とメディカルスクールを合わせて8年の学業、さらに研修医として安い給料で働く期間が短くても3年、長いと7年にも及ぶことがありますから、上記のような給与をもらう時には早くて30歳、遅いと35歳くらいということもあります。
また、米国では生活費が高くつく傾向にあるのも否めません。日本だと、病院寮があったり、住宅補助が出たりしますが、米国では一般的に、そういう補助はなく、研修医も普通の値段でアパートを借ります。日本では院内寮に住んでいたため住居費がただ同然だったわたしも、現在は米国で病院近くのアパートに住んでいます。マンハッタンのアパートですから、その値段は推して知るべしです。給料の大部分が賃料に消えている明細表を見ていると、いつもとても悲しい気分になります。
総合すると、確かに一人前の医師になった後の年収は米国の方が高いと思いますが、物質的な生活のぜいたく感は日本と大きく変わらない印象です。
■医師へのインセンティブが豊富な米国
米国での収入の決まり方で他に特徴的なのが、インセンティブの存在です。最近は日本でも「救急車を1件取るといくら」「手術を1件するといくら」というようなインセンティブがあると聞いていますが、その種類の豊富さとインセンティブの掛かり具合の強さは米国に軍配が上がります。勤務スタイルや契約内容にもよりますが、特に病院で患者さんを診る場合、患者数に応じて収入が増えることが多いです。
また、コンサルトを受けると1件につきいくら報酬が入るという、コンサルトフィーがあります。シフト制で働く救急医はさらにその傾向が強いようで、診察した患者数のみならず、どれだけ複雑な症例を取ったか、どの手技をどれくらいしたか、などで実際の収入が決まることが多いようです。
あとは病院で働く場合、1年契約が多いのも特徴かもしれません。これはすなわち、次年度に減給されることもあれば、契約を打ち切られることもあることを意味します。しかし、その分(と言えるかどうか分かりませんが)、契約の内容はフレキシブルになります。自分の働きたいスタイル、教育や研究への時間の使い方なども、ある程度自由にすることができます。「週4日だけ働く」「週のうち半分は研究に充てる」などはよく聞きますし、例外的かもしれませんが、「週のうち1日を執筆時間に充てる」なんてこともできるようです。
■日米の医師、どちらがぜいたくなのか
収入の多寡にかかわらず、働き方の自由度は米国で医師として働く上で、一つの大きな魅力ではないでしょうか。特に子どものいる女性医師にとっては、その恩恵が大きいように見えます。「米国で働けば働くほど、日本に帰って働く自信がだんだんなくなっていく」との言葉も聞かれますが、先輩医師いわく、これは年収の多さより、生活スタイルの差を反映しています。実際のところ、家族と過ごせる時間が多くあり、余暇も十分楽しめるという意味では、米国の医師の方が「ぜいたくな」生活を過ごしていると思います。