話はすこしそれますが、なぜ医療先進国であるはずの日本で、小児がんの世界的な標準治療が受けられない状況が出てきているのでしょうか。これは、小児の医薬品認可・公的健康保険適応の問題と密接です。小児がんに限らずがん医療がどんどんと細分化されてきて、がんの種類に応じたきめ細かい治療法が開発されてきました。その中心が分子標的薬剤による化学療法です。バイオテクノロジーと分子生物学の進歩のおかげで、これまでの非特異的な抗がん剤の開発スピードとは桁違いの速さで、多くの種類の薬剤が同時進行で開発されています。薬事行政のマンパワーの不足、臨床試験が行いにくい医療経済システム、やや硬直的な薬事法など複合的な原因で、欧米で効果が認められ一般臨床で使用されている新規薬剤の、日本の臨床への導入が遅れています。とくに小児がんというとても希少なわりに、成人のがんに負けないくらい種類の多いがんに対して、新規薬剤の承認がまったく進まない状況です。したがって、欧米ではっきりと効果が認められ標準治療に組み込まれている薬剤が、国内では小児適応どころか、承認・販売もされていないという例が増えています。この状況を変えるのも、小児がん専門医に課された重要な役割です。
(続く)
寺島先生、はじめまして。CHOPの泉です。先生は日本は医療先進国とお書きになっていますが、自分は違うと思います。発表される論文の質・数などを見る限り、日本は「医学」先進国かもしれません。しかし、決して「医療」先進国ではないと思います。小児分野では「医療」後進国かもしれません。医療は医学をサービスとして提供するシステム全体のことと自分は考えます。これだけ「医学」の進んでいる国である日本で、それを応用して「医療」に結び付けられないのは日本の国全体のリソースを活かしきれていないのだと思います。毎日の様に報道されている最先端「医学」の新発見。一般国民に日本の「医療」が進んでいるとの誤解を与えるのは当然と思います。自分は「医学」と「医療」を分けて考えることは大切と思っています。泉
コメントをありがとうございます。日本が医療先進国であるかどうかは、医療先進国とは何かという哲学的定義になってしまいますね。もちろん日本の医療が世界一だと述べているわけではありません。医学と医療を分けて考えることの大切さは、おっしゃるとおりです。
日本の医療サービス提供体制には、非効率な部分や、ビジョンがはっきりしない面があるのは事実です。欧米の国々のなかには、いくつかの分野においては日本より相対的に優れた医療システムを備えている国があることに、異議も唱えません。しかしながら、まったく非の打ち所がない完璧な医療システムを整えた国というものが存在し得ない以上、地球全体を見渡したときに、日本の医療レベルはずいぶん上位に位置しているのではないでしょうか。
日本の医療の現状に満足して、建設的批判に耳を傾けない雰囲気は、打破しなければいけませんが、私は日本で行われている医療が、国際的に見て決して卑下するほど低レベルではないという意見を持っています。正しいビジョンと、粘り強い改善を続ければ、日本の医療人の能力と潜在的な力は、まだまだ捨てたものではないと思います。
医療費はどうなりますか。新しい薬は高額です。誰が負担しますか。薬屋さんが設けている構図は気になりませんか。
野崎病院 藤林 保
藤林 さん
薬剤費の問題や医療費の問題は、将来の日本の社会福祉全般にかかわる非常に大きな課題です。承認・保険収載によって、おおきく国民医療費に影響するようなものに関しては、医療経済的議論の中で政治的決断も要求されるのでしょう。
小児がんの場合、ある意味すべての未承認薬剤がオーファンドラッグとしての条件を満たしますので、国内での治験なしでの迅速承認、すぐに承認が難しい場合でもコンパッショネートユースを広く認めてほしいと思います。そして、その際に発生する薬剤費を、臨床試験への参加を前提に補助する基金を官民で創設してほしいと思います。
お二人は、同じ事を問題視していると思います。
特に、お二人が専門にしている専門化された分野に於いて、医学の進み具合に比べて、社会サービスとしての医療の水準がついていいっていない。 ということではないでしょうか?
ただ、日本の現在の医療に対する評価がお二人の間で明暗を分けているのが興味深いです。 お二人が日本で研修した時代が違うからでしょうか? 私は泉さんと同じ時期に学生をしたと思うので(2003年卒)、どちらかと言うと泉さんと同じ視線で見ることが多いです。
それとも、専門科による特徴でしょうか? 寺島さんは治療に重きをおいた専門で、泉さんは診断に比重がありますよね? もしかしたら、そのちがいが二人の日本観に影響してるのでしょうか?
とても興味深い分析ですね。
わたしが日本での小児科研修を行ったのは、いずれも国内有数の小児科2-3次病院でしたので、人的リソースにも恵まれていて、アメリカのトップレベルの小児病院と遜色ない医療を提供できていました。そういう意味では、ぎりぎりの前線の総合小児科での経験が少ない私は、日本の小児医療を平均値よりも高く評価しているかもしれません。
ただ、私が「医療先進国」という言葉を使ったのは、欧米の先進国と比較して優れているという意味ではなく、発展途上国や中進国に比べて、世界全体の平均よりも、ずっと優れた医療水準にあるという意味でした。
すこし語彙だけが一人歩きしてしまったことには、文責者として反省しております。