つい先日まで、選択ローテーションとして私の普段の病院の腎臓内科で研修をしていました。メインの指導医はハーバード大関連病院で腎臓内科の専門研修を修了した医師です。以前から彼の明るいキャラクターや研修医を質問攻めにする教育への関わり方が大好きだったのですが、今回数週間一緒に仕事をして意外な話しを耳にしました。
初日、彼に大抵の事はUpToDateに書いてあるからUpToDateをよく読むように言われました。沖縄での初期研修開始時期、真っ先に研修センター長の宮城征四郎先生にとにかくUpToDateを読むよう強調された記憶が頭をよぎります(ちなみに、記念すべき初検索はCellulitis、蜂窩織炎だったと今でもはっきり記憶しています)。指導医は当然ながら腎臓の生理にめっぽう強く、研修医に「なぜ?なぜ?」と生理学の切り口から徹底的に質問してくるのを知っていた私はとりあえずUpToDateで腎臓生理に関する部分を片っ端から読む事にしました。
普段の臨床の疑問を一つ検索し、そこから派生する3つ4つ程度の関連項目を読むというように、系統的にというよりは断片的にUpToDateを使うのが一般的な使い方とは思うのですが、腎臓生理に関する事を今回検索してみると、なぜか “Chapter 1”から始まり延々とチャプターが続いていることに気付きました。よく見ると文章の下のほうに、2001年発行の教科書からの抜粋である事が記されています。UpToDateという名前に反して意外と前のものも参考にするのだな、しかもその教科書の文章の内容をそのまま使うのだな、と不思議に思っていました。
UpToDateからそんな腎臓に関する項目をプリントアウトし、白衣のポケットにぎっちり入れて彼との回診にのぞんでいたある日のこと、何がきっかけだったか、彼は私にUpToDateはどう始まったか知っているか?とおもむろに聞いてきました。なんと、始まりは彼が以前の専門研修中に外来指導でお世話になったハーバードの腎臓内科の教授だと言うのです。彼は有名な腎臓に関する教科書を書き、それをもとに腎臓の項目毎にリンクを現在のUpToDateのように作ってそれをフロッピーディスクにまとめ、後期研修医達に教育用だと熱心に配っていたというのです。私の指導医の話しではその後データがどんどん拡張されて、それがやがてCDとなり、DVDとなり、インターネット上のものになっていったとのこと。私の白衣に入っていたUpToDateからのプリントアウトは、その教授が書いた教科書からの抜粋だったのでした。
現在これだけ有名になったUpToDate。これを使ったことのないアメリカ人医師はまずいないでしょう。まさかその始まりを直接知る人から指導を受けるとは想像もしていなかったのですが、話しを聞いているとそのUpToDateの創始者の教育への思いがどれだけ強かったかというのがよくわかります。ふと、その教授はUpToDateが現在ほどの規模になることを始めから予期していたのだろうかという疑問が湧いてきました。私は直接その教授と会ったわけではないのであくまで推測ですが、きっとここまでのものは予想していなかったのではないでしょうか。
アメリカにいると、MissionやVisionという言葉をよく耳にします。組織にはどういう目的がありどんな将来を描いているか。大学院にいた時も、世界銀行のワークショップに参加した時も、リーダーシップという名で講義を受けた際にはこれらはまず最初にあがってくる言葉でした。これらがしっかりしていないと組織は始まらないんだぞ、まずはでっかく行け、という感じ。日本でそんな事を学ぶ機会など全くなかった当時の私は、『あ、そういうものなのか!』と素直に目からうろこ状態で聞いていましたが、最近は組織の始まり方はもっといろいろな形があるのかなとも思っています。
確かに組織のMissionは大事かもしれません。ただVisionは誰にでもうまく思い描けるものなのでしょうか(当然アメリカではそんな『描き方』も授業で教えられたりするのですが。そしてそれをしっかり描ける人が本当のリーダーなのでしょう。)。縮こまったVisionを達成することと、途方もないVisionを達成できないこと、それらに善し悪しがあるようには感じません。大事なのは熱い思いを持って少しずつでもきちんと行動に移していくことなのだろうと、UpToDateの始まりを私にとって都合のいいように勝手に解釈し自分への励ましとした腎臓内科の研修となったのでした(笑)。
“If your actions inspire others to dream more, learn more, do more and become more, you are a leader.”
John Quincy Adams (1825-1829)
6th US President