(この記事は、2015年3月30日に若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に掲載されたものです。Cadetto.jpをご覧になるには会員登録が必要です。)
米国の医師は働き方の自由度が高い。病院に勤める臨床医の勤務時間は日本より圧倒的に短いし、大学院に通いながら、もしくは家族を世話しながらパートタイムで働く人もたくさんいる。大金を払って苦労してメディカルスクールを出ながら、臨床に従事しない人も多い。私が専攻する予防医学の領域は特に、“王道”ではない人たちが集まっていて面白い。
友人の1人は、脳外科の研修医をしていたが、「自分には合わない」と感じて、ジョンズ・ホプキンス大学で予防医学の研修を受けた。今はConsumer Reportsという消費者保護の大手非営利団体で医療部門を担当している。予防医学で修士号を取得後に政治の世界に入り、メリーランド州議会議員になるために日々奔走する友人もいる。彼は大物になると、私は勝手に予想している。
NYにいる友人は、内科の研修を1年で切り上げ、予防医学を修めた。その後NY市の公衆衛生局に入り、たばこ政策担当官として、多忙な毎日を送っている。別の友人は、予防医学を修了するも、やはり臨床がやりたいと精神科で研修中だ。
自分の周りだけでもこうなのだから、予防医学の学会に行くと多様な職歴を持つ人々が集まっている。WHOの医官、製薬会社の執行役員、医療保険会社のディレクター、政府の行政官や公衆衛生官、臨床疫学の研究者、公衆衛生を専門とする大学教授、貧困対策に取り組むNPOの医療担当者、無保険者を診療するクリニックの医師などなど。他の学会ではなかなか見られない顔ぶれだ。
それもそのはず。従来の医療行為の枠組みの外から疾病を予防し、人々の健康を促進するのが、予防医学の目的だからだ。
もちろん臨床をずっと続ける人もいる。しかし、臨床の世界から出るのも戻るのも、かなり自由だ。組織に所属し続ける年数だけで昇進や役職が決まることもない(もちろん、長く勤めることで昇進に有利になることは十分あるけど)。
「医学部を卒業したのだから、医者をやるべきでしょう」という有形無形の圧力も米国ではあまり感じられない。メディカルスクールの学費を借金して払うのは本人ということが、大きく影響しているのだろう。
とはいえ、病院長や部長など、臨床業務に深く関わる分野のトップのほとんどは、常に現場で患者と向き合ってきた、同僚から尊敬されるバリバリの臨床医だ。医師の王道は医業。日本も米国もそこは変わらない。当たり前だけどね。