(この記事は、2013年1月4日に若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に掲載されたものです。Cadetto.jpをご覧になるには会員登録が必要です。)
昨年7月から、メイヨークリニックで予防医学フェローシップを始めたことを話すと、多くの人がこんな反応をする。
「へー、すごいですね。…ところで、予防医学って何ですか?」
至極当然の疑問であり、毎回説明を試みるのだが、どうもうまくいかない。なぜうまくいかないのか。そこを理解してもらうのに格好のビデオがあるので、まずはご覧いただきたい。ジョンズホプキンス大学で予防医学レジデンシーを修了した友人が作成したものだ。
“Thing preventive medicine residents say”
予防医学が何かはともかく、予防医学がどのような存在であるのかについては、よく分かっていただけたのではないだろうか。要するに、「なかなか一言で説明するのが難しい」分野なのである。
そんな専門分野に私が惹かれた大きな理由は、幅広い知識を学ぶことができ、別の視点から医療を眺めてみることを求められる、という点にある。
予想外に広い「予防」の概念
予防医学の専門医認定制度を運営するAmerican Board of Preventive Medicine(ABPM)による予防医学の定義を要約すると、「公衆衛生学を中心とした知識や技能に通じ、個人だけでなく地域や集団を対象にし、予防的介入に特化した専門分野」となる。ここで言う「予防」は、一次予防(疾病の発生の予防)から二次予防(疾病の早期発見および治療)、三次予防(合併症や死亡を含む臨床転帰の改善)までを含む広義の予防である。なかには、四次予防(過剰な医療や不必要な介入の防止)までを予防医学の守備範囲に含める人もいる。
もう少しかみ砕いて解釈してみると、予防医学とは「予防の方法論とその適応の仕方」を専門にする分野と言える。病院内での転倒を例にとれば、「なぜ患者は転倒するのか」、そして「転倒を防ぐにはどうすればいいのか」を考え、「解決策を効果的に実施するにはどうすべきか」の方法論を導き出すのが予防医学のアプローチである。
繰り返しになるが、ここでいう「予防」は、多くの人がイメージするよりも広範囲にわたっている。例えば、ワクチンや乳癌検診は分かりやすい「予防」だが、肺炎治療の院内プロトコール作成や脳梗塞後の早期リハビリテーション導入が「予防」だと言われると、ピンとこない人も多いのではないだろうか。しかし、前者は一次・二次予防、後者は三次予防であり、どちらも「予防」の概念に含まれる。
そして、どんな疾患にも必ず、一次から三次までの予防段階が存在する。予防医学の方法論自体は、特定の疾患や臓器に依存せず、どの臨床分野にも応用可能なものだ。また、予防医学は病院、地域、国など様々なレベルの主体を対象とすることができる。ただし、同じ疾患の予防でも、個人を対象にするか、集団もしくは国で捉えるかによって、アプローチが少しずつ異なる。
これまでと違う視点から医療を眺める
いくら説明しても、どこか腑(ふ)に落ちない感じが残るのは、恐らく従来の医学の専門性の多くが、疾患や臓器といった軸を中心に発展してきたことと関係があるのだと思う。予防医学とは「概念軸の切り取り方」が違うのだ。疾患別、臓器別などに分かれた専門範囲を複数の柱に例えたとすれば、予防医学が専門とする領域は、それらの柱に横から差し込んだ大きな円盤のようなイメージになるだろう。
予防医学の強みは適応範囲の広さや応用性だが、その一方で、従来とは違う切り口で医療を捉えるため、実際に予防的介入を行おうとすると、困難に見舞われることがある。例えば、大腸癌検診の頻度を最適化しようとする取り組みは、大腸癌を専門とする消化器内科の診療に直接影響するので、意思決定には消化器内科の意向が少なからず反映されることになる。介入に当たっては入念な準備と細心の注意が必要となる。
加えて、予防医学は比較的新しい専門分野なので、医療システムの中に確立された受け皿が少ない。予防医学研修を終えた人の多くが進路に迷うのもそのためだ。色々な進路が考えられる半面、進路がありすぎて何をしたらいいのか分かりづらい。実際、予防医学を学んだ人の進路は、米食品医薬品局(FDA)や疾病管理予防センター(CDC)などの国の機関、州や郡の保健衛生局、病院、保険会社、製薬会社、研究機関、NPOなど多岐にわたる。
捉えどころがないように見える予防医学が、実際にどういうものなのかは、メイヨークリニックで学んだことを報告しつつ、このコラムで説明していきたい。