(この記事は2012年12月7日CBニュースhttp://www.cabrain.net/news/に掲載されたものです。)
病院で働く医師の給与体系をどうすべきか、米国ではホットな話題です。今回は2つの両極端な給与体系を挙げながら、その長所・短所と今後の方向性を考えていきます。
■米国では新しい年俸制と、従来型の出来高払い制
1つ目は年俸制で、日本の勤務医に近い給与体系です。年俸は一定の基準に沿い、専門科、経験などによって決定されます。年俸制の特徴は、診た患者さんの数や実施した検査・手技の数が給与に影響を及ぼさないことです。米国では比較的新しい給与体系で、メイヨークリニックやCleveland Clinic、Kaiser Permanenteなど大手のヘルスシステムで採用されています。年俸制を取るためには、医師は病院に雇用されていなければなりません。
2つ目は、米国では従来型の出来高払い制で、日本の開業医に近い収入体系です。このモデルでは、診察した患者の数や検査・手技の数で給与が変わります。開業している医師が、契約を結んだ病院に自分の患者を入院させる、という従来の米国の仕組みでは、開業医は入院させた患者の数に応じて病院から収入を得ることが一般的でした。出来高払い制は、病院にとっても医師にとっても、分かりやすい仕組みです。医師は、自分が担当した患者の数と実施した検査・手技の数だけお金をもらい、病院は入院患者から収入を得る一方で、その分お金を医師に支払います。一見すると自然で、公平な仕組みのように思えます。
■出来高払い、過剰な医療をどう防ぐ?
しかし、従来型の出来高払い制には、いくつか問題点があります。まず、過剰な手技や検査を助長しうること。医師からしてみれば、自分の収入が患者や検査の数で決定されるので、どんなに良心的な医師でも“少なめよりは多め”に入院させ、“少なめよりは多め”に検査することは不思議ではありません。
次に、医師に単純な症例のみを担当するインセンティブがかかること。複雑な症例は時間がかかり、医師の生産性を下げます。したがって、単純な症例を多くさばく方が理にかなうのです。
最後に、病院と医師、もしくは医師同士の間にインセンティブの対立が起こること。例えば、病院は必要以上に患者を長く入院させると受け取れる保険の支払いが減っていくので、できるだけ早く患者を退院させる必要があります。その一方で、医師にはできるだけ長く患者を入院させておく経済的なインセンティブがかかります。また、同じ病院に所属する医師同士が、患者の獲得や選択を巡って対立する構図を促し、協調的な関係を築く妨げになりえます。
■年俸制は出来高の課題を解決する?
このように、出来高払い制の最大の問題点は、インセンティブの対立によって、「ベストな医療を患者に提供する」という、医師や病院が最優先事項とすべき目標の達成を阻害してしまうことです。それに対する一つの解答が年俸制です。年俸制は医師のインセンティブを患者や手技の数から切り離すことで、元々医師に内在している「患者のためにベストを尽くす」という信念に基づいた行動を促進します。また病院の経営状況が自分の給与に影響を及ぼすため、病院と同じ目標に向かって働きやすくなります。
もちろん、年俸制も完璧ではありません。例えば、「最高の医療」という名の下に、医師が一人の患者さんに1時間も2時間もかけると、生産性が下がり、病院の経営が維持できなくなります。また年俸の設定の仕方を間違えると、医師内での不公平感や給与に対する不満を助長し、優秀な医師が離れていくことも起こりえます。そのため、年俸制と出来高払い制をミックスした給与体系を取る医療機関もあります。例えば、基本は年俸制でも、生産性やケアの質に応じたボーナスを出すような仕組みです。
■米国のトレンドは出来高払いから年俸制へ
米国では、様々な理由から開業する医師がどんどんと減り、病院に直接雇用される医師が増えています。また、日本でいうところの勤務医に当たるホスピタリストが台頭してきたこともあり、年俸制を導入しやすくなっています。総合的に見て、年俸制の方が支出の予測が立てやすく、組織の理念を医師と共有しやすいという利点があるため、今後は年俸制を取る病院が増えていくでしょう。その一方で、ボーナスの有無や程度については、議論が分かれるようです。病院の経営状況や地域の医療状況、経営戦略によってケースバイケースで決まるのではないかと個人的には思っています。
それにしても、米国が日本の勤務医の雇用体系や給与体系に近づいているのは、なかなか興味深い現象です。労働集約型の医療産業の中で、特に医師の人件費は支出の中で大きな割合を占めます。したがって、そのマネジメントは病院経営において非常に重要です。米国では出来高払い制から年俸制へ大きな変換点を迎えているように見えますが、医師の給与をどう最適化するべきかについて、これからも活発な議論が続くでしょう。