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新道悠

ブログについて

日本でも徐々に拡がってきている緩和医療と、高齢化が進みながらもあまり馴染みの無い老年医学について、米国でのフェローシップを通じて学んでいく予定です。 私自身、卒後8年目での渡米で、日本での医療をよく知る医師の一人として、日米の医療の違いなども含めて、日本人の先生にシェアしていきます!

新道悠

2012年に千葉大学医学部を卒業後、福岡県の飯塚病院/頴田病院にて初期研修医と総合診療専門医(家庭医)の専門研修を行う。 卒後8年目の2019年よりNYのMount Sinai Beth Israel 病院の内科にてレジデンシーを行い、2022年からMount Sinai Hospitalの老年/緩和フェローとして勤務中。

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Hazard of Hospitalizationとは?

今回は、老年医学のオリエンテーションで取り上げられたHazard of Hospitalization (HoH)とAcute Care for the Elderly (ACE)についてご紹介します!

高齢患者さんの入院は危険がいっぱい?

「比較的元気だった高齢の患者さんが、入院中に思わぬ合併症を発症したり、入院を前後でADLが下がって、元々いた自宅に帰れず施設に退院」という経過を、日本でも高齢の患者さんの診療に当たる方は経験するのではないでしょうか?

(JAGS 51:451–458, 2003.”Loss of Independence in Activities of Daily Living in Older Adults Hospitalized with Medical Illnesses:  Increased Vulnerability with Age.”)

実はこれに関してはデータがあり、1990年代に米国のオハイオ州の複数の病院で、2,300名弱の70歳以上の患者さん(ADL自立の方が67%、 IADL自立の方が45%、ADL全介助の方を除く)を対象にした調査で、入院前後でADLが元々のベースラインからどのように変化するかを調べた研究があります。(上図)

結果として、総じて、入院の前後で35%の高齢患者さんでADL(入院中に悪化+入院前からの悪化)が低下することがわかっています。

(JAGS 56:2171–2179, 2008. “Recovery of Activities of Daily Living in Older Adults After Hospitalization for Acute Medical Illness.”)

さらに、上記のような、退院時点で元々のADLより低下が見られる患者さんでは、退院後1年のフォローでもより顕著なADLの低下の持続と、死亡率高くなることもわかっているのです。

なぜ高齢患者さんのADLは入院で低下するのか?(Hazard of Hospitalizationってナニ?)

( Ann Intern Med  . 1993 Feb 1;118(3):219-23.”Hazards of Hospitalization of the Elderly.”)

これらのデータのように、高齢の患者さんが入院によって、退院後も持続しえる予期しないADL低下を来すことがわかっていますが、どのようなことが原因なのでしょうか?

Hazard of Hospitalizationとは、いかに入院中の寝たきり状態や、入院の環境そのものが高齢の患者さんのに悪影響を及ぼすのか、具体的には、本来の入院理由と関係ない新たな健康問題を引き起こし得るのかという概念です。(上図)

 入院中の高齢患者さんの体で起きること

上の臥床している人の絵にもあるように、入院中の高齢患者さんの体では様々な変化が起こります。

  • 筋力の低下:健康な成人男性でも、入院中の臥床によって毎日1-1.5%程度の筋力が失われると言われています。元々高齢者では、加齢と共に筋力量が減っており、少しの筋肉量の低下でも、運動機能に低下を及ぼしたり、転倒の原因となります。
  • 利尿による体液量の低下:臥位をとることによって生理的に増加する尿量によって、体液量の低下、引いては起立性の低血圧を起こしやすくなります。
  • 臥位による換気量の低下:元々加齢によって胸郭の広がりが低下傾向にある高齢者が、臥位によってさらに換気量が低下すると言われています。
  • 骨量の低下:臥位によって骨吸収が通常の50倍程度まで増加する(入院10日間で失われた骨塩を取り戻すのに4ヶ月ほどかかる)。
  • 失禁の増加:一般的に、普段から失禁症状がある高齢者は5-15%程度と言われていますが、入院すると40-50%程度の高齢患者さんに失禁症状が現れると言います。これは、必ずしも病気だけによるものではなく、様々な理由で「トイレまでの移動が間に合わない」(そもそもベッドから降りれない、トイレの場所がわからない、移動に必要な介助がないなど)ことが原因の一つと考えられます。
  • 皮膚トラブル:数時間ベッドでの臥床や車椅子座位を取り続けるだけで、圧迫を受けている皮膚の損傷の原因になります。
  • 外部からの刺激の低下:入院中の病室の環境は、時間や場所などの見当がつきにくく、若い健康な人でも数時間いるだけで3割弱の人で見当識がつきにくい感覚に陥ると言われています。特に、元々視力や聴力などの感覚が低下傾向にある高齢の患者さんでは、環境の要因と合わさって悪化しやすいことが知られています。
  • 栄養状態の悪化:病院の食事は、普段食べているタイプの食事とかなり異なることが多く、特に高齢の患者さんでも入院後に食事摂取量が顕著に低下する例が見られます。特に制限食(塩分制限/蛋白制限)などが食事摂取量低下の要因になることがあり、よほどの理由がない限りは制限食を避けることが多いです。

これらの体の変化は、それぞれ別個に起きるだけではなく、お互いに相乗的に作用して高齢の患者さんの状態悪化に作用します。(見当識障害→せん妄→経口摂取低下からの栄養状態→褥瘡→失禁→転倒→骨折、、など)

一般的な感覚だと、「入院はしっかり休んで療養する」というイメージがまだ根強いような気がしますが、老年医学のチームでは、高齢の患者さんは「入院は休む期間じゃなくて、頑張って体を回復させる場所だから!寝て良いのは眠る時だけ!!(もちろん医学的に可能なら)」という姿勢で臨むのが大切だそうです。

ACEとMobile ACE(MACE)プロジェクト

このようなHazard of Hospitalization (HoH)を防ぐためにはどのような手段があるのでしょうか?

様々な取り組みが提唱されていますが、今回はその中でもフェローシップトレーニング中にも関わりのあるチームアプローチである”Acute Care of the Elderly (ACE)”モデルと”Mobile ACE (MACE) “モデルについて紹介します。

Acute Care of the Elderly (ACE)モデルとは?

(N Engl J Med  . 1995 May 18;332(20):1338-44. “A RANDOMIZED TRIAL OF CARE IN A HOSPITAL MEDICAL UNIT ESPECIALLY DESIGNED TO IMPROVE THE FUNCTIONAL OUTCOMES OF ACUTELY ILL OLDER PATIENTS.”)

最初に提唱されたACEモデルでは、高齢の患者さん専用の病床をセットアップして上記にあるようなチームアプローチを行います。(下記が一例)

環境:カーペット、てすり、歩きやすいように整理された病棟。時間や日付がわかりやすいような大きな時計、カレンダーのある病室。使用しやすい高い便座のトイレやドアノブ。

患者のモニタリング:せん妄や運動機能低下を早期発見、予防するための毎日の評価と、早期の離床をトレーニングを受けた看護スタッフが主導で積極的に行う。

退院調整/ケアの毎日の見直し:多職種(医師、看護師、リハビリ、SW)で、入院早期からの退院プランの作成。日々の投与薬の見直し。患者のケアのチェック(不要な尿カテーテル、点滴、酸素投与などの離床の妨げになるものがないか)。

現実的に、このACEモデルは、専用の病床や特別にトレーニングされたスタッフの確保が必要なため、主に大学病院のような設備とスタッフの整った医療機関で行われることが多いです。

通常のケア(医療チーム、リハビリ、SW)を受けた高齢の患者さんに比べて、ACEモデルを受けた患者さんでは退院時のADLの改善、ナーシングホーム退院の減少が見られることが知られています。

Mobile ACEとは?(MACE)

有効性が認められているACEモデルですが、リソースの必要性が障壁となることが多いです。

この難点を克服するために考案されたのがMobile ACEモデル(MACE)で、筆者がフェローシップをしているマウントサイナイで考案/実施されています。

基本的なコンセプトはACEモデルを提供するのですが、対象を「マウントサイナイの老年科(Geriatrics)クリニックで元々フォローされている患者さん」に絞り、一般病床に入院した場合でも主治医チームとして患者さんを受け持ち、一般病床で他職種チームでACEモデルを実施するというプログラムです。

( JAMA Intern Med  . 2013 Jun 10;173(11):990-6. “Evaluation of a Mobile Acute Care for the Elderly Service.”)

専用の病床を用意するようなACEに比べてADLの優位な改善などまでは認められなかったものの、入院に関連した合併症の減少、入院期間短縮が認められています。

働いているフェローの目線からすると、基本的にはゆったりした老年科医の働き方の中でも、入院中の急性期の患者さんを多く扱うので、一番忙しく学びが多い(あと大変な)ローテーションの一つとして知られています。

まとめ

今回は、高齢の患者さんが入院した際に気をつけなければいけない、Hazard of Hospitalizationと、その予防としての取り組みであるACE/MACEモデルについて紹介しました!

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