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ブログについて

大阪出身の妻と2児の子育て奮闘中。子育ては最高の小児科学の教科書です。モットーは“think globally, act locally, and love your family”。小児神経発達学・医学教育を世界で学び、グローバルな視野を持つ後進を育成することが夢です。

桑原 功光

北海道出身。2001年旭川医科大学卒業。1年間の放射線科勤務の後に岸和田徳洲会病院で初期研修。都立清瀬小児病院、長野県立こども病院新生児科、在沖縄米国海軍病院、都立小児総合医療センターER/PICUと国内各地で研鑽。岸和田徳洲会病院小児科を経て、2012年度からハワイ大学小児科レジデント。2015年7月よりテネシー州メンフィスで小児神経フェロー開始。

桑原 功光のブログ
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2013/06/28

インターン生活をふりかえり 前編

2012年6月1日に家族と一緒に大阪を経ち、ハワイへ移住。7月1日より研修が始まった。この1年間はあっという間だった。臨床留学者がみな口をそろえて「最初の1年目は一番キツかった」というが、例外に漏れず、私もこの1年間は大変な年だった。

1. 英語との戦い:帰国子女でもない限り、英語で苦労しない留学者などいない。一にも二にも英語との戦いが続く。私もとても苦労した。幸いだったのが、ハワイという土地柄、外国人の英語アクセントに患者も医療者も寛容だったことだ。それでも、一年経った今も未だに英語との戦いは続いている。あるとき、指導医から「Noriは スロー(ソロー) だ」と評価された。話の流れから褒められていることは間違いなかったので、slow やsorrowではないと予想したが、最近になりそれが thorough(きちょうめんだ) であることが判明してホッとした。“s”と“th”, “l”と“r”。日本人の永遠の課題。赤面の至りである。

2. 自分のプライドとの戦い:IMG(外国の医学部出身者)の中には、私のように、すでに自国で医者としてのキャリアを積んでいて、年齢・経験年数が指導医を上回っていることがしばしばある。ただ、それでもアメリカでは社会的立場はインターンに逆戻り。精神的に苦しむこともある。自分の考えが患者に貢献すると確信しても、なかなか聞き入れられない。社会的地位はコミュニケーションに大きく影響する。だが、立場をわきまえずに頑固に主張すると、自分の立場をおとしめ、患者の不利益につながり得る。最近は、患者が幸せになるなら、つまらないプライドを捨てて、不本意な役回りをこなしてもかまわないと考えるようになった。医師の価値を評価するのは、最終的には患者もしくはその家族である。指導医ではない。が、幸いにも陰から応援してくれている指導医も多数いるのがありがたい。

3. 妻の戦い:ハワイ到着時には知り合いはほとんどおらず、先行きも見えず、給料が減る中でやりくりしなくてはならず、家内も心細かったと思う。でもハワイ大学には内科、老年期科、精神科、家庭医療、外科などに日本人レジデントとその家族がいるのが幸いした。加えて、ハワイの人口約20%は日系アメリカ人。ハワイは日本人に温かい地である。心寂しかった時期を乗り越え、家内も今はハッピーに過ごしている。

最近の夫婦間の会話「ウクレレ、どうする? 買っちゃう?」

4. こどもの戦い:ハワイ到着時は、長男は3歳、次男は1歳であった。到着まもなくプリスクールに通うこととなり、英語も通じずに精神的につらかったと思う。でもこどもの順応は早く、今や2人ともに英語を話し始めている。

長男は最近、プリスクールの卒業式で、将来の夢を尋ねられた時に “I want to be a KAMEN RIDER” と発言した。発音は父より良かったが、長男よ、KAMENは英語ではない。周囲の父母方はKAMEN の意味がわからずキョトンとしていたが、日本人の父母は爆笑していた。

次男はマイペースで我が道を行く。朝にプリスクールに行きたくないと言ってごねて泣く。毎日のように兄とケンカする。2歳という手のかかる年齢ではしょうがないことだが、この2歳を日本語では「魔の2歳児」、英語では「terrible twos」という。日米ともに2歳児には苦労しているようだ。片手にアンパンマンの人形が欠かせない。私のメンターである小児行動発達学が専門のDr.F はそれを見て一言 “it’s a transitional object (移行対象)”. 英語ではそういうのですね、なるほど。日々勉強です。

4件のコメント

  1. 太田 健 より:

     お久しぶりです。徳之島診療所元所長の太田です。先生の印象的な名刺はまだ大切に保管しています。2011年に徳之島徳洲会HPで開催された新生児蘇生講習会では大変お世話になりました。講習後の飲み会でしか話していませんが、覚えてますか?(先生の丁寧な説明のおかげで新生児蘇生講習会には無事合格しました。)
     私は総合内科として5年間(うち3年間は離島)研修した後、現在は縁もあり鹿児島生協病院にて小児科後期研修中です。ブログを拝見すると、桑原先生が出世コースを歩まれているようで、うらやましく思います。またお会いできるのを楽しみにしています。

  2. 桑原 功光 より:

    太田健先生
    お久しぶりです。太田先生のことはもちろんよく覚えていますよ。こちらこそその節はたいへんお世話になりました。どうやってここのHPにたどり着いたのでしょうか。太田先生も留学に興味がおありですか? いつかは私も日本の小児医療に寄与すべく、ここアメリカで学べるだけ学んでから帰国しようと思います。鹿児島は(離島も含めて)とても風情・歴史情緒あり、いいところですよね。またいつかお会いできることを楽しみにしています。

  3. 牧野 淳 より:

    先生頑張りましたね。自分も研修医の1年目が一番きつかったです。慣れない英語環境、いつ解雇されるかもしれないという恐怖との戦い、しかしそれを乗り切るといい意味で度胸がつきます。日本人は概して控えめなので、積極的なぐらいがこちらではちょうどいいくらいです。頑張ってください!

  4. 桑原 功光 より:

    牧野淳先生
    ありがとうございます。牧野先生のブログ、日々の励みにさせていただいてます。牧野先生と過ごしたハワイのあの頃がなつかしいですね。牧野先生のおっしゃるように、日本人は(特に僕は)控えめですね。NY同様に、ハワイも多人種が多少異なる文化のもとで共生しており、感情表現に差を感じることがあります。自分のことばかり話をしてぜんぜん相手の立場を考えない人もいる一方、平素はおとなしく振る舞ってても、絶妙なタイミングで、ずばりと周囲の雰囲気を一新させるような発言をする人がいたりと。ここハワイでは過去の日本人の方々が優秀だったこともあり、言葉が少なくとも仕事を誠実にこなしていれば評価につながることがわかった1年でした。いちど、牧野先生とも語ってみたいですね。いつかまたお会いしましょう!

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