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小林美和子

ブログについて

小林美和子

世界何処でも通じる感染症科医という夢を掲げて、日本での研修終了後、アメリカでの留学生活を開始。ニューヨークでの内科研修、チーフレジデントを経て、米国疾病予防センター(CDC)の近接するアメリカ南部の都市で感染症科フェローシップを行う。その後WHOカンボジアオフィス勤務を経て再度アトランタに舞い戻り、2014年7月より米国CDCにてEISオフィサーとしての勤務を開始。

治療に必要な薬が手に入らないーこれは他でもないアメリカの臨床現場で実際にある話です。HIVの患者さんを診る機会の多い一感染症科医として一番頻繁に遭遇するのが、静注のSulfamethoxazole-trimethoprim(以下、ST合剤)が使えない、という場面です。カリニ肺炎は進行したHIV患者にみられる日和見感染ですが、静注のST合剤は、特に重症のカリニ肺炎では第一選択薬です。しかし、この静注のST合剤は、2010年5月以降全米的に不足しているのです。

 

American Society of Health-System Pharmacistのウェブサイトによると不足の理由として「製造上の問題とリコールのため」、と書いてあるのですが、それが現在まで続く不足の理由の説明としては説得力に乏しいと思わざるを得ません。これらの報告は製薬会社側の自主的なもののようで、法律上も供給不足の理由の報告義務はないようです。

 

3月1日号のClinical Infectious Diseasesにこの全米的な抗生剤に関するレビューが掲載されています(CID 2012; 54(4):684-91)。それによると、不足している抗生剤数はこの数年増加の一方をたどっていることが示されており、理由としては、製品の品質の問題(不純物が混じっている、など)(54%)、製造キャパシティーの問題(特定感染症のアウトブレイクなどで需要が急に増えた場合)(21%)、製造停止(11%)、その他(14%)としています。また、抗生剤の供給不足問題が慢性化した結果、”gray market”なるものが登場し、品質管理の保障できない製品を、不足時に不当に高い値段で売る、ということもみられるようです。

 

冒頭の静注ST合剤に関して言えば、製造側にとっての利益の問題は無視できないと思います。というのも、ST合剤はジェネリック薬が出回っているのですが、製造会社はTevaという一社しかありませんので競争相手がありません。また、経口のST合剤は消化管吸収が良い、とされているために、静注薬が手に入らない場合は経口薬使うことを検討します。経口薬に関しては、尿路感染、皮膚感染、カリニ肺炎の予防内服など需要は広くあるのですが、一方で静注をどうしても使わなくてはいけない、という場面は重症のカリニ肺炎、あるいは消化管が使えない患者さんでのカリニ肺炎やStenotrophomonas感染の治療、ということになりますので、あまり需要が多くなく、利益が見込めなければ製造側としても供給を増やすインセンティブに欠けてしまうのは、想像に難くありません。

 

以前にどうしても静注のST合剤が必要になった時、最終的に製造元であるTevaに直接問い合わせて何とか必要最低限送ってもらった事がありました。以前に半ばジョークとして、「せっかく膨大な研究開発費をかけて新薬を製造しても、結局(耐性菌予防対策などで)使用制限がかかり、使ってもらえない」と製薬会社側が嘆いている、ということを耳にしたことがありますが、抗生剤不足の一方で、FDAで承認される新薬の数は、劇的に減っているそうです。

いずれにせよ、適切な代替薬があるのならともかく、必要な薬が手に入らなかったがために、患者さんが適切な治療が受けられないという事態は起ってはならないことです。

1件のコメント

  1. FDAに承認を受けるときに、安定して製品を供給する義務を負うものだとおもっていました。 最近ではRare Earthの価格の変動からかどうか知りませんが、セレニウムなどTPN(静脈栄養)に必要なものが足りません。メーカーは安全基準に問題があるからといっていますが、採算性に問題があるのではないかと思っています。こういう時、公的機関がサポートすべきだと思うのですが、アメリカではそれはなさそうですねぇ。

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