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ブログについて

ハワイは温暖な気候と全米一のCultural mixが見られ、医師としての幅広さを養うにはいい環境と感じています。
旅行だけでは見えない、ハワイ在住の魅力もお伝えできればいいなと思います。

野木 真将

兵庫県出身、米国オハイオ州で幼少期を過ごす。京都府立医大卒、宇治徳洲会病院救急総合診療科の後期研修を修了。内科系救急を軸とする総合診療医として活躍したい。よきclinical educatorとなるため、医師としての幅を広くするため渡米。2014年よりハワイで内科チーフレジデントをしながらmedical education fellowshipを修了。2015年よりハワイ州クイーンズメディカルセンターでホスピタリストとして勤務中。

野木 真将のブログ
2021/01/21

mRNAワクチンは解き放たれた期待の新技術!開発経緯と課題を解説

私の周囲では医療従事者へのmRNAワクチン(ファイザー社、モデルナ社)が2回目まで接種完了し、来週から地域の高齢者に提供するための大規模ワクチンクリニックが地元のコンサートホールなどで計画されています。

SNSで見るとまだ「mRNAワクチンは怖いから様子見」みたいなコメントが散見されるので、開発経緯を簡単に紹介して不安を解消できたらと思います。私自身も十分に予習をした上で臨床試験に参加し、結果にとても満足しています。

今まであまり話題にならずに、いきなりコロナウィルスワクチンとして「ポッと出てきた(未熟な)新技術」という印象をもしお持ちでしたら、今回の話はとても参考になると思います。

mRNAをワクチンに使う構想は30年前から

従来はワクチンといえば、無毒化したウィルスや細菌そのものを注入したり、無毒な他のウィルスの殻の中に標的とする相手の蛋白DNAを組み込んで人間の体内に送り込む方法などが主流でした。

種々のワクチンの機序は割愛しますが、ここで免疫を獲得したい相手の「一部」がどこの部分かはっきりしている(例:スパイクタンパク)ならば、その「一部」を作り出す遺伝子構造の設計図をコンパクトに届けることができれば効率いいですよね?しかも対策本部(細胞核)に届けるよりも、直接工場(細胞のリボソーム)に届ける方が話が早いわけです。

この設計図が「メッセンジャーRNA (mRNA)」にあたり、以下の利点があります。

  1. 細胞核には入らないため、「遺伝子ワクチンだから、自分の遺伝子情報を狂わせる」なんてことは決して起こりません。
  2. mRNAだけでは自己増殖能力はなく、ウィルスの「一部」(例えば、ウィルスの殻の突起部分)をヒトの細胞内工場で作るため、「遺伝子ワクチンを打ったら、感染する」ということが起こり得ません
  3. 外敵のタンパクではなく、設計図だけを注入し、製品(タンパク)は自分の工場生産なので、アレルギー反応が起こりにくい

このように、「安全性」と「有効性」、そして上手にやれば「安価に大量生産できる」可能性のあるものが、mRNAワクチンになります。

動物実験は1990年台にフランスの製薬企業(現在のサノフィパスツール社)が最初と言われています。マウスの体内にインフルエンザウィルス抗原を作らせるmRNAを注入し抗体誘導を報告しています。しかし、このmRNAを届けるのに使用していた脂質の外膜が毒性を持っており、人への臨床応用ができませんでした。

ブレイクスルー:1-メチル-3′-シュードウリジン(2005年)とLNP(2012年)の発見

mRNAワクチン最大の難点は、「mRNAをヒトの細胞内に壊れずに届ける」という点でした。本来は2重らせん構造のDNAの方が安定しているのですが、その片側だけのコピーであるmRNAは分子的に不安定でそもそもが壊れやすいのです。さらに、人体には外から入ってきた「わけのわからんmRNA」は即破壊する仕組み(Toll-like receptorのTLR3,7,8など)があるのです。

これらの課題を克服できたのは、以下のノーベル賞候補クラス(私見)のブレイクスルーがあったおかげです。

1) 2005年に独BioNTech社カタリンカリコ博士とペンシルベニア大学のドリューワイスマン教授がmRNAの塩基の1つであるウリジン(U)を1-メチル-3′-シュードウリジン(Ψ)に置換することで、人体の細胞内破壊システムをすり抜けることを発見。(2008年の発表論文の共著者にはペンシルバニア大学や大阪大学所属の日本人研究者も3名掲載されています!)

出典:Mol Ther. 2008 Nov; 16(11): 1833–1840.のFig1-d. 青と黄色の箇所が構造上の違い。

2) 2012年以降に米ノバルティス社にいたアンドリューギール博士やカナダのブリティッシュコロンビア大学の研究者であるピーターキュリス博士らが、Lipid Nanoparticle (LNP)と呼ばれる電荷も調整した2層の超小型の脂質ナノ粒子にmRNAを包むことで人体の細胞内に安定して配達できることを発見。このLNPは表面に様々な「伝票」のようなリガンドをくっつけることで、目的の細胞内小器官に意図的に届けることも可能にしてくれる優れものです。(既に2018年にアミロイドーシスの画期的mRNA治療薬であるPatisiran[商品名:Onpattro]の伝達システムとして臨床応用されています)さらには、改良型のLNPで包まれたmRNAワクチンは強い炎症反応の元になるインターフェロンを刺激することなく、樹状細胞経由でT細胞型免疫も学習させることが分かったのです。抗体を産生するのはB細胞型免疫なので、一度のワクチンで2種類の免疫機構を学習させることができる画期的な技術なのです。

出典:Guevara, M. L., Persano, F. & Persano, S. Advances in Lipid Nanoparticles for mRNA-Based Cancer Immunotherapy. Front Chem 8, 589959 (2020) Fig1. 右上が改良版のLNPの模式図

 

これを受けて、米国国防高等研究事業局(DARPA)はノバルティス社、ファイザー社、アストラゼネカ社、サノフィパスツール社らを始めとする各製薬企業に予算を組んで研究促進しました。

大手であったノバルティス社は2013年の新型鳥インフルエンザウィルスのアウトブレイク(中国)の際には、遺伝子解析結果を受けてわずか1週間でmRNAワクチンを製造し、動物実験を成功させるところまで進んだのです。従来であれば1年間はかかる工程です。

しかし、大量生産する技術が熟さず、残念ながらノバルティス社はmRNAワクチン事業の技術や研究設備をグラクソスミス社に売却して撤退したのでした。

大手がこうして撤退する中で、このDARPA支援の研究を継続して行ったのは比較的小さな2つの企業;独CureVac社米国Moderna(モデルナ)社でした。

CureVac社は2013年から狂犬病ワクチンの臨床試験を開始しています。そしてCOVID-19ワクチンも臨床試験も継続しています。

米国モデルナ社は2015年の後半には鳥インフルエンザワクチンの臨床試験を成功させ、十分な免疫応答(抗体産生)をヒトで確認できたのです。同社はその技術を応用して、サイトメガロウィルス、チクングニヤ熱ウィルス、ジカウィルスなどに対するmRNAワクチンの臨床試験を開始したのです。

ノバルティス社の技術を受け継いだグラクソスミス社は2019年には狂犬病ウィルスに対するmRNAワクチンの臨床試験を開始しています。

他にも、前述の独BioNTech社はmRNAワクチン技術を感染症ではなく、癌ワクチンとして研究していたのです。以下の表に2018年時点で臨床試験に進んでいたmRNAワクチンの代表的なものを示しています。

▼ mRNAワクチンの臨床試験 (2018時点)の抜粋

(出典: Pardi, N., Hogan, M. J., Porter, F. W. & Weissman, D. mRNA vaccines — a new era in vaccinology. Nat Rev Drug Discov 17, 261–279 (2018)

製薬企業/大学名 ワクチンの対象 トライアル番号
Argos therapeutics HIV-1 NCT00672191
腎細胞癌 NCT01582672
膵臓癌 NCT00664482
CureVac AG 狂犬病ウィルス NCT02241135
Moderna Therapeutics ジカウィルス NCT03014089
インフルエンザウィルス NCT03076385
Massachusetts General Hospital HIV-1 NCT00833781
BioNTech 悪性黒色腫 NCT02035956
乳癌 NCT02316457
Duke大学 グリオブラストーマ NCT02366728
Ludwig-Maximilian University of Munich 急性骨髄性白血病 NCT01734304

COVID-19のパンデミックが明らかになった2020年初頭の段階でmRNAワクチンの研究の進歩状況はこのあたりでした。しかし、いずれも局地的な流行をする疾患であったりしてワクチンの効果を証明する第3相臨床試験はなかなかデータが集まっていませんでした。

技術はあったのですが、足りなかったのは製造ライン十分な症例数だったのです。

全ての要素が繋がって、2つのmRNAワクチンは世に放たれた

2020年12月に緊急承認されたファイザーBioNTech社とモデルナ社の2つのmRNAワクチンは、

  1. 2012年以来の開発研究の積み重ね
  2. パンデミックという国家的危機に対して米国政府が惜しみなく資金投入して、損失のリスクを気にせずに生産ラインを確保できたこと
  3. パンデミックで感染者が爆発的に増えたことでプラセボ群とワクチン群の圧倒的な成績差が短期間で証明できたこと

の3点が繋がって、異例の早さで製造、研究、緊急承認されたのでした。

 

スピード重視のワクチン開発に向いていた新技術

mRNAワクチンの特徴として、対象のウィルスの遺伝子配列さえ分かれば、核酸をつないで目的のmRNAを作るのは容易なので、短時間で候補が作成できることでした。

実際に、モデルナ社はCOVID-19の原因ウィルス(SARS-CoV2)の遺伝子ゲノム配列を入手した2020年1月13日からわずか4日間でスパイクタンパク(ウィルスの外殻にある突起構造)を作らせるmRNAワクチンのプロトタイプmRNA-1273の作成に成功しています。そしてアメリカ国立衛生研究所(NIH)の協力を得て、2ヶ月間で動物実験を終えてヒトでの臨床試験を開始していったのです。

また、ファイザー/BioNTech社のmRNAワクチン候補のBNT162b2はその塩基配列がAGAAΨAAAC ΨAGΨAΨΨCΨΨ CΨGGΨCCCCA CAGACΨCAGA GAGAACCCGC(続く)と言った具合に公開されているので、ダウンロードして世界中の研究室や工場で再現できるのです。(極論を言うと、材料と機械があれば国際宇宙ステーションで新型のワクチンを製造できちゃいます)また、変異型株が出現したときに、「ちょっと改良版」を作成するのもオープンソースコードで全世界と共有できるのです。

これも大量生産には大事なことですよね。

信頼を得るための国家的努力

臨床試験の中間データの公開や、米国食品医薬品局(FDA)での承認審議の様子がテレビ中継されるなど、安全性チェックを省略していないことを示す透明性を提示したことで、科学的情報の信頼性に厳しい目を向ける米国医療従事者からの信頼を得ることに成功したのです。

そして、大量生産と臨床試験を並行で進めていたことで、緊急承認が下りた時点で在庫が十分にあったので、12月に迅速に接種が開始できたのです。

もちろん、「これだけの資金投入しているのだから、多少データを捏造してでも無理やり承認を通してくるかもしれない」「安全性評価に不都合なデータは隠すかもしれない」などと憶測を呼びましたが、少しでも有害事象があれば公表して臨床試験を一旦停止して分析したり、最後までその過程は実に透明性のあるものでした。

国家規模の臨床研究なので、総力を上げて進めたのでしょう。

本当に関係者の皆さんの苦労には感謝いたします。

 

mRNAワクチンは応用が効く!

「毎年のインフルエンザワクチンの有効率なんてそんなに良くないんだから、コロナウィルスワクチンも変異やらなんやらですぐに効かなくなるんじゃないか」と思うかもしれません。

しかし、従来の方法で製造していたインフルエンザワクチンは製造に時間がかかっていたため、「季節性インフルエンザが流行する前には(予想して)標的抗原(HやN)を選ばないといけなかった」ので、予想が外れれば有効性は落ちるのです。

「途中で起こる抗原の変化にどう対応するのか?」というのもインフルエンザワクチンやHIVワクチンの課題でした。

しかし、mRNAワクチンは圧倒的に早いスピードで製造できるので、「後出しジャンケン」の如くウィルス感染が広がってから配列を解析してmRNAを作成できるのです。なので、変異型株が出たとしても対応できますし、「別のmRNAワクチンの追加接種」も安全に可能と言われています。

さらにmRNAの構造が小さいことから、なんと数種類のmRNAを1つのパッケージに入れて「幕の内弁当」のように届けることができることも理論上可能です。Multi-targeting mRNAワクチンという技術です。

実際にペンシルバニア大学のNobert Pardi博士らの研究チームはこの手法で4種類のウィルスを想定してカバーする4価のインフルエンザmRNAワクチンの開発に成功し、現在は「12価のインフルエンザmRNAワクチン」を研究しています。

mRNAワクチンの欠点をどう克服するか?

効果と安全性に優れたmRNAワクチンですが、2回接種しないといけない超低温保存しないといけないなどの安定性の課題はまだあります。

1.超低温保存しないといけない課題に対する取り組み

独CureVac社は他社と同様にLNPを使用するのですが、mRNAを小さな3次元構造に折りたたむことで安定性を増して冷蔵程度の温度管理での安定性を持たせています。

中国のSuzhou Abogen社はLNPの精度を高めて、室温保存で 1週間安定するmRNAワクチンを開発しています。

2. 二回接種しないといけないという課題に対する取り組み

なぜ(3-4週間空けて)2回も接種しないといけないのか?

不快な副反応を最小限にするために、1回で大量に打つのではなく、2回に分けて接種する戦略を今はとっています。一般的に、2回目の方が自分自身の体の免疫応答がしっかりして、副反応がはっきりと出るようです。個人的な経験(2回目の後だけ発熱)でもそうでした。しかし、1回目の副反応で嫌になって2回目を打ちに来ない場合は困りますよね。

局所の筋痛、倦怠感、発熱などの副反応を引き起こす作用を”reactogenicity“といいますが、これはmRNA自身からくるものではなく、薬液に含まれるポリエチレングリコール(PEG)や脂質ナノ粒子(LNP)の影響が大きいと言われています。なので、この辺りを改良すれば副反応も抑えられるかもしれません。

では、一度に注射する量を減らすことができたらどうでしょう?

米国Arcturus Therapeutics社や英国VaxEquity社は、「自己増幅型(self replicating) mRNAワクチン」を開発しており、それだと注入する量は少なく、下図のように「増えるワカメ」のごとく細胞質内でmRNAが増える仕組みです。この仕組みは実際のウィルス感染の際の免疫応答に近いものですし、ワクチンの1回接種を実現できます。(Andrew Geall氏による説明動画

出典:Dolgin, E. How COVID unlocked the power of RNA vaccines. Nature 589, 189–191 (2021).

 

まとめ

  1. mRNAワクチンは1990年代からウィルス感染症や癌のワクチンとして研究されていた。
  2. 2012年に脂質ナノ粒子(LNP)が開発されてから、研究は加速した。
  3. 安全性、迅速性、有効性がいずれも証明されており、今後のワクチン開発技術の主軸になる可能性を秘めている。
  4. 一般に恐れられている副作用はmRNA自体では起こりにくく、添加物の問題の方が大きい。
  5. 2回接種、低温保存などの課題は技術進歩と共に克服されるだろう。
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