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ブログについて

ハワイは温暖な気候と全米一のCultural mixが見られ、医師としての幅広さを養うにはいい環境と感じています。
旅行だけでは見えない、ハワイ在住の魅力もお伝えできればいいなと思います。

野木 真将

兵庫県出身、米国オハイオ州で幼少期を過ごす。京都府立医大卒、宇治徳洲会病院救急総合診療科の後期研修を修了。内科系救急を軸とする総合診療医として活躍したい。よきclinical educatorとなるため、医師としての幅を広くするため渡米。2014年よりハワイで内科チーフレジデントをしながらmedical education fellowshipを修了。2015年よりハワイ州クイーンズメディカルセンターでホスピタリストとして勤務中。

野木 真将のブログ
2021/01/05

新型コロナウィルス変異株について今、わかっていること

新年を迎えて、各地ではCOVID-19の急拡大の暗い話題が続いていますね。日本の大都市での医療資源の枯渇を聞くと胸が痛みます。

昨年8月のハワイ州も急な患者増加があり、その時のサージプランや病院での対応を過去のブログ記事にまとめたので、参考になれば幸いです。

全米での感染爆発の影響はハワイ州にも遅れて飛び火し、12月下旬から入院症例が増えてきました。当院はハワイ州各地から COVID症例の転院搬送依頼を受けるのですが、その電話内容を聞いていると、やはりホリデーシーズンで米国本土から移動してきた20−40代の若者が増えてきた印象です。現時点ではまだ昨年8月の半分くらいですが、緊張感は高いです。ただ、準備する時間が十分にあったことで、充分なPPE、感染症に強い病棟改築、スタッフの経験値、そして何よりコロナウィルスワクチンの接種が始まったことで夏に比べて心にゆとりが出てきたような気がします。

最近の入院症例で悩ましいのは夏のピーク時にCOVID感染から回復した患者たちが再度呼吸器感染で来院する時に、PCR検査が弱陽性であり、夏の名残なのか、再感染なのか、判断に迷います。時間が経つと新たな課題が出てくるのは当然で、これらに対する先回りと柔軟性が再び問われます。

12月の話題といえば、イギリス南アフリカ共和国を中心にした「変異株」の報道ですね。特に南のイングランド地方は爆発的に症例数が増えて、再びロックダウンを余儀なくされていますし、各国が入国制限をかける事態になっています。

今回はコロナウィルス変異株について2021年1月時点で分かっていることを中心にまとめたいと思います。

● 新型コロナウィルス変異株は今に始まったことではない

武漢で最初に検出されたSARS-CoV2ウィルスと、今世界中に出回っているウィルス株とは既に異なっています。

昨年2月の時点でヨーロッパに急拡大したD614G変異株は、それまで主流だったD614D株よりもやや感染力が高いもので、あっという間に春には置き換えられました。

8月にスペインを中心に広がったA222V変異株(20A.EU1)大規模クラスターを起こしました。

Y453F変異は、オランダやデンマークでのミンクに拡大したウィルスに見られて、これまでに何度も報道されています。ミンクファーム関連で感染したヒトは214人報告され、そのウィルスを調べると、約11名から追加でスパイクタンパクの変異が3つ(del69_70, I692V, M1229I)も見つかり、”cluster5“と命名されました。cluster5に感染した11名のうち9名に回復期血清が投与されましたが、中和抗体によるウィルス排除効果が低かったことが報告されてからは動物ーヒト感染の心配が高まり、多くのミンクの殺処分につながりました。

シンガポールで検出されたorf8領域での変異は幸運にも感染後の宿主免疫応答を和らげる方向に作用し、クラスターの収束が速やかに見られました。

これらのウィルスの変異を定点観測する研究機関はあり、我々の目に触れないだけで膨大な情報量が記録されています。RNAウィルスは総じてDNAウィルスより変異は起こしやすいと言われています。幸いにも、コロナウィルスは他のRNAウィルスよりも変異を自己修正する機序が備わっており、まだマシな方ですが、感染が広がり長期化すると確率の問題で出てきて当然です。

問題は、これらの変異(遺伝子型)が、どのようにウィルスの感染力や感染後の重症度(表現型)に変化をもたらすかを早期に認識して対策をすることです。ウィルスの感染力を高める変異が必ずしも致死性や毒性を高めるわけではないので、慎重な検討は大事です。しかし、公衆衛生的な対策は大きく変わりません。

● イギリスで話題のB.1.1.7変異株 ‘VOC-202012/01′ の起源、特徴、広がり方は?

最初に報告されたのは、2020年9月20日でした。イギリスのCOG-UKという研究機関が定期的にコロナウィルスのゲノム解析をしている中で、特に多数の変異を有する株をケント地方とロンドンで発見しました。

全部で17カ所の変異を有し、特に免疫応答に影響が強い表面のスパイク(S)蛋白領域に7つもの変異を持つことから注目されていました(図1)。そのうちのN501YP681H変異はウィルスが人間の細胞内に侵入する際に結合するReceptor Binding Domain (RBD)に影響し、感染力が高くなっているのではないか、と推測されています。

 「今回の変異株は従来のものよりも70%強い感染力がある」とイギリスのジョンソン首相が発表した根拠は、COG-UKコンソーシアムが配信したシンポジウム動画からの引用でしたが、強い根拠のあるデータかと言われると疑問です。まだ査読前ですが、感染率は56%増しであるという論文データもあります。

イギリス国内のSタンパクに変異を示すウィルス検出の割合を追いかけていくと、11月にはイギリスで25%を占めていた変異株Variant under Investigation (VUI) が12月中旬には60%に当たる1100症例と報告されています(図2)。はっきりと変異株の広がりが確定された時点で、Variant of Concern (VOC) 202012/01と改名されました。

それでは、この変異株はどのような起源でイギリスに起こったのでしょうか?

1つの仮説として、免疫不全状態の患者に長期間生息したウィルスが変異をどんどんと獲得したのではないか、というものがあります。さらに、回復者血清やモノクローナル抗体の存在下で培養した新型コロナウィルスは短期間のうちにどんどんと変異を獲得するという基礎研究の観察もあります。

発症早期には良いのですが、宿主免疫がウィルスを排除できない後期の状態で回復期血清やモノクローナル抗体などを用いてしまうと、選択圧によって変異の出現を加速させてしまう可能性が心配されます。残念ながら、これも予想はされていた事態です。

2021年1月の段階で、イギリス以外ではオランダ、オーストラリア、カナダ、韓国、アメリカなどを含む17カ国でこの変異株の存在が確認されています。アメリカのカリフォルニア州やコロラド州で確認されたケースでは、患者は一度もアメリカから出ていないことが分かっています。1月5日の報道では、サンディエゴ地域で既に32例が確認されているようですので、既にアメリカ内で感染拡大していると覚悟した方が良いですね。

この変異株による感染の重症化率や致死率が高いという報告は見ませんが、今後も要注意です。

せっかくワクチン接種が始まったアメリカやイギリス国内では、変異株に対するワクチンの有効性や再感染リスクが心配されています。詳細はまだまだ分かっていませんが、ファイザー/BioNTech社のmRNAワクチンはT細胞による細胞性免疫も刺激することから、今のところは楽観視する意見を見ることが多いです。

● 南アフリカ共和国で話題のB.1.351変異株 (別名:501Y.V2) について

一方で、ワクチンの有効性がより心配されているのはこちらの南アフリカで広がっている変異株の方です。

こちらの変異株はスパイク蛋白のK417NE484Kという部分に変異を有し、中和抗体による認識を避ける可能性が懸念されています。これが先程のイギリス変異株B1.1.7との最も大きな違いです。これらの追加の変異がワクチンの予防効果や、既感染者の中和抗体の効果にどのような影響を与えるのかが、今 大きく注目されています。

こちらの変異株はイギリス国内でも報告されていますが、今のところアメリカ国内では確認されていません。しかし、こちらもモニタリングシステムが不整備のため、見えていないだけのような気がします。

*ちなみに、このB.○.○.○という命名方法は、国際的なPANGOLIN (COVID-19 LIneage Assigner Phylogenetic Assignment of Named Global Outbreak LINeages)分類に基づいて命名されています。イギリスはB.1.1.7, 南アフリカ株はB.1.351,  ブラジル変異株はB.1.1.28です。

● 新型コロナウィルスの変異株は近くまで来ている?

大規模なゲノム解析で定点観測をしない限りは詳細なことは言えませんが、これまでのPCR検査キットの特性を理解していれば、「なんだか今までと様子が違うぞ」という当たりはつけることができます。

PCR検査キットの多くはスパイク蛋白(S-protein)を標的としていますが、中にはN-proteinやORF-1abという構造を検出するものがあります。当院で採用しているコロナウィルスPCR検査は5種類ありますが、そのうちThemofisher assayがこの3種類を全て検出できます。「N-proteinとORF-1abが比較的低いCt値(=高いRNA量)で検出されているのに、S-proteinが陰性」という検査結果が出れば、要注意だと思います。それは、S蛋白に変異を持ったウィルス株の可能性が出てくるからです。

今になって入国制限などをしていますが、9月から既にイギリス国内で確認されていた今回の変異株は、世界中に広がるための十分な時間がありました。それぞれの国でどのようにモニタリングするかが今後の課題であるとともに、ワクチン開発者にとっても悩みの種ですね。

 

<<追記(2021年1月10日)>>

国立感染症研究所(NIID)によると、1月2日にブラジルから日本にきた渡航者4名から新たな変異株が検出された、とのことでした。系統名としてはB.1.1.248系統に属し、スパイクタンパクの受容体結合部位(RBD)にはイギリス変異株と同じN501Y変異を有し、南アフリカ変異株と同じE484K変異も合わせ持つ、まさに話題の変異を合体させたものでした(下図)。これもまた遺伝子配列の解析がされただけで、感染性や病原性への影響は調査中とのことですが、間近に迫ってきていますね。

*出典:NIIDウェブサイト

● まとめ

  1. イギリスのB1.1.7変異株は、感染率が50−70%高いと推測されている。重症化率や致死率に関してはまだよくわかっていないが、恐らく現行のワクチンは有効だろうと推測されている。
  2. 南アフリカ共和国のB.1.351変異株(501Y.V2)は、E484K, K417Nなどのスパイクタンパク変異の追加により、免疫回避が心配されている。
  3. 変異は、自然界では当然のことであり、ウィルスのサバイバル戦略であるため避けられないため、感染伝播を防ぐ対策はキッチリ続けないといけない。
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