2020/10/14
米国でのコロナウィルスワクチン開発の最新事情!有効性、安全性、迅速性の落とし所は?
前回のブログ記事ではファイザー社のコロナウィルスワクチン第3相試験に参加した経験をまとめました。
世界中では16以上ものワクチン候補が第3相試験に入っており、5つのワクチン候補が既に限定的使用の認可に近づいています。それでも、安全性と有効性の両方に関して肯定的な臨床試験結果を証明して認可を受けたものは未だありません。
人類対コロナウィルスという視点では時間との勝負のレースのようですが、各製薬会社と国家に関しては競争ではあって欲しくはありません。有効性と安全性が証明できてからは、製造工程の整備で高品質な製剤の大量供給という難題が待っています。なので、今こそ世界中の叡智と技術を結集して共同作業をしていきたいものです。
今回の記事では、米国内で注目されている4つのコロナウィルスワクチン候補を中心に最新事情と、他国の事情を紹介したいと思います。感染症専門家からの解説がよければ、忽那先生の解説されているYahooページがお勧めです。
大まかなワクチンの作用機序の違い
現在研究されているワクチンの共通の目標は、「人類に新型コロナウィルスに対する免疫を獲得してもらう」というものです。それをどのように達成するかに関して、各種ワクチン候補で多様性があります。
主な作用機序の違いで、5つに大別されます。
1)遺伝子ワクチン - Genetic vaccine
2)ウィルスベクター型ワクチン - Virus vector vaccine
3)ウィルス組換えタンパク型ワクチン – Recombinant protein vaccine
4)不活化コロナウィルス型ワクチン – Inactivated virus vaccine
5)BCGワクチンの再利用
今のところ有力なのは、1)遺伝子ワクチン、2)変異型アデノウィルスを配達員(ベクター)とするワクチンの2種類でしょう。
遺伝子ワクチンは、コロナウィルスの遺伝子情報の断片(mRNA/DNA)を人間の体内に送り込み、一旦人間の細胞内に取り込ませて、免疫細胞に提示させることで抗体産生を促すものです。例えるならば、警察犬に犯人の衣服の一部の匂いを嗅がせて追跡させるようなものです。
一方で、ウィルスベクター型ワクチンは、人間の体内では増殖しにくいように改良された特殊なアデノウィルス(Ad6, Ad26など)に新型コロナウィルスの遺伝子情報を組み込んで、人間の免疫細胞に応対させて抗体産生を促すものです。
どちらの方法も、生きたコロナウィルスを接種する訳ではないので、感染のリスクはありません。どれだけ確実に新型コロナウィルスを標的とする中和抗体を産生させるかが鍵なのです。
遺伝子(genetic)ワクチンの代表格
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mRNA-1273 (米国モダーナ社、NIH 国立衛生研究所)
早くから米国での純国産ワクチンとして政府が支援してきたmRNA型ワクチンの1つです。3月に早くも人間を対象とする臨床試験を開始し、7月には3万人規模の第3相試験が開始されました。これまでに連邦政府から受けた資金援助も1千億円に近い金額です。スタートは早かったのですが、臨床試験でのデータ収集を待っているため、最終解析は12月末になりそうです。
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BNT16262 (米 ファイザー社、独ビオンテック社、中国 フォスンファーマ社)
ドイツの製薬会社で開発されたこちらのmRNA型ワクチンは、世界最大規模の製薬企業である米国ファイザー社との提携により臨床試験運営や生産力を高めてきました。こちらは、B細胞による抗体産生だけでなく、T細胞の免疫応答も促すという特徴を持っています。7月から米国、アルゼンチン、ブラジル、ドイツでの3万人規模の第3相試験を開始しています。9月中旬には、臨床試験参加対象を拡大し、参加希望定員を4万3千人まで増やすと発表し、10月には12歳以下の小児も治験参加対象とすることも発表しました。同社は10月末にはデータの一次解析を終了し、早ければ12月末には認可を受けて供給を開始する見込みとしています。こちらも米国連邦政府からたくさんの開発資金援助を受けていますね。
*追記:10/16のロイター通信報道で、ファイザー社は11月下旬に米FDA当局にワクチンの緊急使用許可(EUA)を申請する公算が大きいと表明しました。
3. 日本の国産ワクチン
注目されているのは、大阪大学、アンジェス社、タカラバイオとの共同開発のDNAワクチンですね。10月中旬に第1相と第2相試験で予定していた30名の被験者に接種完了したとの報告がありました。作用機序はmRNA型ワクチンと似ていますが、従来の鶏卵を利用したワクチン製造よりもコロナウィルスの遺伝子情報を利用して短時間で安価に生産できるという特徴があります。
4. その他
ちょっと変わった作用機序のものとしては、米イノビオ社の開発しているDNAワクチンがあります。こちらは特殊なデバイスを利用して皮膚から細胞内まで一気に送り込むというのを特徴としています。このデバイスの詳細に関して認可を待っているため、臨床試験は一時中断しています。
個人的に注目しているのは、独キュアバック社があります。こちらは先進的な電気自動車や宇宙ロケット研究開発で有名なテスラ社と提携して大量生産を目指しています。
(変異型アデノ)ウィルスベクター型ワクチンの代表格
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AZD1222 (英アストラゼネカ社、英オックスフォード大学)
こちらも米モダーナ社のものと並んでワクチン開発の先頭を走っており、米国、英国、ブラジル、南アフリカでの第3相試験を実施していました。開発に成功すれば、欧州各国に提供できるように生産ラインも準備されていました。9月上旬に一人の治験参加者が横断性脊髄炎という自己免疫性の疾患を発症し、臨床試験は緊急停止したことで話題になりました。しかし、これはワクチン試験の安全停止システムが正常に作動した結果と捉えられています。欧州や日本国内では臨床試験は再開されていますが、米国内ではFDAの精査を待つ間まだ停止したままです。
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JNJ78436725 (米ジョンソン&ジョンソン社、ヤンセン社)
こちらの会社は、過去にAd26という変異型のアデノウィルスをベクターとするエボラウィルスワクチン開発の実績もあり、今回のコロナウィルスワクチン開発でも有力視されています。
こちらのワクチンを接種されたサルの鼻から高濃度のコロナウィルスを高流量で吹きかけても感染しなかった動物実験の結果が話題になりました。他のワクチンと違って、こちらのワクチンは凍結保存を必要とせず、単回接種で良いという特徴もあります。他の米国内のワクチン試験から遅れて9月に第3相試験を開始し、6万人の参加を目標としています。しかし、10月12日に、同社は臨床試験の被験者の体調不良を理由に試験を一旦停止すると発表しました。詳細は発表されていません。
上記のどちらのウィルスベクター型ワクチンも第3相試験開始後に一旦試験を停止しています。安全性を確認しながら慎重に開発研究を進めていることは評価に値しますが、どちらもウィルスベクター型のワクチンであることは偶然なのか、理由があるのか、気になるところです。
3. 他国(中国、ロシア)のワクチン
他にも、同様にウィルスベクター型のワクチンとしては、中国のカンシノバイオ社やロシアのガマレア研究所が開発しているもの(”Sputnik V”)が第3相試験まで至っています。しかし、第3相試験のデータ解析が終了する前に、暫定的に国内認可をして、軍隊を中心に接種開始しようとしている動きに国際的な波紋がありました。ロシアのワクチンにはベラルーシ、UAE,ベネズエラ、ブラジル、メキシコ、インドなども期待しているようです。
4. 経口型ワクチン
ちょっとユニークなところでは、米国Vaxart社は経口型ワクチンを開発しており、第1相試験が開始されています。
▼10月12日現在の主要なワクチン開発進行状況(作用機序、臨床試験別に整理)
米国内でのワクチン開発を安全に、かつ迅速に進める動きとは?
パンデミックという規模と接種対象の広さから、1つの製薬会社にワクチン開発を任せていたら失敗したときの時間的ロスは大きいですし、仮に成功したとしても生産ラインの限界はあります。
1. 専門知識と技術のネットワーキング
なるべくマルチトラッキングで開発研究が進められるように、米国の保健福祉省(DHHS)と防衛省(DoD)が共同で開発援助をしようという動きが、”Operation warp speed (OWS)”と呼ばれています。
また、感染症に関する専門家や研究施設が共同で働けるようにネットワーキングされたのが、”COVID-19 Prevention Network (CoVPN)“という組織で、NIH(国立衛生研究所)とアンソニーファウチ所長で有名なNIAID(国立アレルギー感染症研究所)が支援しています。
これらのコラボレーションが実現したことで、8ヶ月の短期間に4つもの第3相試験が米国内で開始されたのです。
2. 臨床試験の公正さと安全性の監視
また、NIHとOWSが支援する4つの臨床試験のプロトコル(研究手順)やデータ解析が公正になされているかを監視するために、Accelerating COVID-19 Therapeutic Interventions and Vaccines (ACTIV)という第3者機関ができたのです。
開発を急ぐあまり、安全性に関する監視や試験の停止措置が軽視されずにしっかりと機能するように、Data and Safety Monitoring Board (DSMB)という独立機構が働いています。
米国では過去にワクチン開発を急ぐあまり多数の犠牲者を出した暗い過去(1976年の新型豚インフルエンザワクチン)があるため、このような監視機構の重要性は感じているのだと思います。
実際のところ、有効なワクチンが見つかったときには接種対象は健康な数億人になることを考えると、安全性は本当に大事なポイントです。接種を全国民に義務とするのか、任意接種とするのか、など医療行政的な課題はまだあります。1つ確実に言えることは、公衆衛生におけるワクチン事業は国民からの信頼を失っては成功しないことで、これは歴史が示しています。
3. 異例の共同声明
9月には、英アストラゼネカ、独ビオンテック、米モデルナ、米ファイザー、米ノババックス、仏サノフィ、英グラクソ・スミスクライン、米ジョンソン・エンド・ジョンソン、米メルクの9社が共同声明を発表し、「臨床試験のデータ解析をしっかりとし、必要な手順を省略することなく、有効性と安全性を見極めてから世に送り出すこと」を市民に誓約しました。これは、臨床試験の結果解析前に先走って認可を通そうとする各国の首脳陣を意識してのものかもしれません。
開発を急ぎすぎてはいけないもう1つの理由
動物実験では見られる現象ではありますが、ワクチンを受けた対象がコロナウィルスに暴露したときに、感染を防ぐどころか、重症化をしてしまうという潜在的なリスクです。これは、「ワクチン増強、免疫増強」などと表現される現象ですが、全ての臨床試験のデータを待ってからしっかりと検証するべき点です。
過去の事例ではワクチン開発には4年ほどかかるのが常識でしたので、今 世界各国でやっているのはそのパラダイムへの挑戦なのです。「コロナウィルスを予防するワクチンを開発して経済活動再開を不安なく達成できればノーベル賞」というのも夢物語ではなくなってきました。
国際協力体制から孤立していく「アメリカファースト」政策の未来は?
9月に米国政府は、世界保健機構(WHO)とCoalition for Epidemic Preparedness Innovations (CEPI), GAVIが主導する「COVAX」には参加しない、との意思を表明しました。これは、コロナウィルスワクチンを全世界の市民に供給するために協力して購入と備蓄をしていく国際的な取り組みであり、Access to COVID-19 Tools (ACT) acceleratorという大きな動きの中心となるこのイニシアチブには既に170カ国が参加表明をしていますが、大国である米国とロシアが不参加の意思を表明しています。
2021年には米国がWHO自体から脱退することも表明しており、明らかに米国が国際協力体制から孤立していく形になっています。11月の大統領選挙の結果次第ですが、今後がどうなっていくのか、正直不安は大きいですね。
まとめ
- 米国ではOWS, CoVPN, ACTIVなどのコラボレーションの動きで、現在4つの有力なワクチン候補が第3相試験を実施している。
- ワクチンの作用機序は主に5つに大別され、遺伝子ワクチンとウィルスベクター型ワクチンを中心に大規模臨床試験に進んでいる。
- 遺伝子ワクチンは過去のワクチン製造手法と違って短時間、低コストの生産方法として注目されており、米国や日本の国産ワクチン有力候補である。
- ウィルスベクター型ワクチンは英国、米国、中国、ロシアなどで国家を上げて取り組んでいるが、副作用報告を検証するための臨床試験休止の報道もある。
- 迅速な開発、大量生産、安全性、品質管理のバランスを取るという難題に世界各国が取り組んでいる。
- 最新情報にアクセスしたい場合は、New York TimesのCoronavirus vaccine trackerというウェブサイトをお勧めします。