記事を探す

あめいろぐの活動を
ご支援ください。

ブログについて

ハワイは温暖な気候と全米一のCultural mixが見られ、医師としての幅広さを養うにはいい環境と感じています。
旅行だけでは見えない、ハワイ在住の魅力もお伝えできればいいなと思います。

野木 真将

兵庫県出身、米国オハイオ州で幼少期を過ごす。京都府立医大卒、宇治徳洲会病院救急総合診療科の後期研修を修了。内科系救急を軸とする総合診療医として活躍したい。よきclinical educatorとなるため、医師としての幅を広くするため渡米。2014年よりハワイで内科チーフレジデントをしながらmedical education fellowshipを修了。2015年よりハワイ州クイーンズメディカルセンターでホスピタリストとして勤務中。

野木 真将のブログ
2020/08/18

COVID-19の第二波が来た!病院の予測能力と分析力が問われている(前編)

8月に入りましたが、全米でのコロナウィルス新規患者数が減少する気配はありません。
毎日ハラハラしながら報道を見ていますが、病院や地域の疲弊感を感じることも増えてきました。
「いつまで自粛するのか?」「学校は再開できるのか?」「経済は耐えられるのか?」
ハワイは第1波がきれいに収束して、一旦は5月頃に新規患者数がゼロの日が続きました。
5月の落ち着いている期間に、病院では毎朝のコロナウィルス対策会議も頻度を減らして週に3回となりました。面会制限も段階的に解除され、外来受診も遠隔診療から少しずつ対面での受診も増え、予定手術の再開もされました。
しかし、米国本土の症例数が爆発的に増えているのに合わせて6月後半からハワイでも新規患者数が少しずつ増えてきて、「これは第二波か?それとも第一波の続きか?」などと言いながら、院内の緊張感が再度高まってきているのを感じます。そしてとうとう8月第2週くらいから連日3桁の感染者数が続き、危険な状態になっています。
学校再開は延長され、公園やビーチのロックダウンが再度発令されてしまいました。

 

 

 

 

 

出典:https://health.hawaii.gov/news/corona-virus/hawaii-covid-19-daily-news-digest-august-17-2020/

第一波からの学びを生かして、個人レベルでも組織レベルでも再上昇を予想して備えてきました。
前編(行政と病院)と後編(ホスピタリスト部門)に分けてどのように準備をしてきたのかを紹介したいと思います。

ハワイ州の準備と失敗

観光を主要な産業にしているハワイ州の課題は、いかに感染を抑えながら観光業を再開していくかでした。
そのためにも、クラスターを早期に発見して拡大する前に患者を隔離していくためのコンタクトトレーシング検査体制の強化に力を入れる、、、予定でした。
 国からも約50億円の資金援助も受けた州の保健局が責任持ってコンタクトトレーシングする人材の教育と採用を増やしていくものと市民は信頼していたのですが、フタを開けてみれば3桁に増えているはずの採用が10人足らずであったという内部告発が出て、とうとう責任者の解任と言う事態になりました。臨時の一時隔離用の住居も不足しています。
 限定された地域(バブル=泡)からの観光客に関しては、出発前にPCR検査をして陰性を証明できればハワイ到着後の義務隔離期間を免除しようという「トラベルバブル計画」も検討されていました。しかし、米国本土での感染者数が制御できないために、とうとうハワイ州に供給される検査キットにも影響が出てくるようになりました。幸い、州をあげて迅速キットも含めてなんとか確保できましたが、一時期は焦りました。結局は、州内の感染者数が抑えられていないために、この構想は10月初旬まで延期になりました。
 しかし、問題は観光客だけではありませんでした。ハワイ州が来訪者に14日間のホテル隔離を義務づけた後にも、ホノルル空港には連日3桁台の来訪者が到着し続けていました。これは前年度の98%減の数値ですが、現地の人にとっては脅威です。半分くらいはハワイ住民が戻ってきていると言うものでしたが、これだけ来訪者があっても陽性者がそれほど増えない時期もありました。
そうして外からの観光来訪者に注目している間に、ハワイ州が忘れていたのは足下を確認することでした。
 特に、人口の5%程度しかいないパシフィックアイランダーと呼ばれる人々などから8月になり徐々にクラスターが発生することになります。最初はレストランやバー、スポーツジムなどの室内環境からでしたが、だんだんと教会や冠婚葬祭イベントからも発生することになります。パシフィックアイランダーの人々は家族の絆が強く、大家族で公営団地などで共同生活をしているケースが多かったのです。そして英語での情報収集ができていないケースも多く、行政からツイッター、テレビ、ラジオなどを介した情報が十分に浸透していないため、マスクをせずに集まることもあったと言います。
 私も数人担当しましたが、高齢の患者自身が英語が話せないため、子供らに電話すると「コロナウィルスや COVIDって聞いたことがない」と言う返答があった時には戦慄が走りました。
 そうです、ハワイ州が怠っていたのは、少数派だが英語での医学や公衆衛生情報へのアクセスが悪い市民への啓蒙活動と追跡活動でした。いわゆるコミュニティアウトリーチと言う活動です。今にして思えば、多言語で対応できるコンタクトトレーサーをどうして増やさなかったのかと悔やまれます。最近になって、ようやく多言語に翻訳された公式の情報サイトとインフォグラフィックが整備されました。
そのうちにホームレスシェルターや刑務所内でアウトブレイクが出るようになりました。これらも普段は着目されていないマイノリティグループです。発言力が強かったのが経済活動に関心の強い人達だったのかもしれませんが、行政内にコミュニティをよく知る人物が登用されていればまた違ったのかもしれません。
 かつてはアラスカ州と並んで「全米1コロナウィルスを封じ込められている州」と言われたハワイ州は、8月になってからは痛い授業料を払っています。第一波を遥かに超える感染者数のため現在は「全米1急激に感染者が増えている州」となってしまっており、医療体制が逼迫されています。

病院システムが用意していたのはマトリックス

 第二波に備えるにあたり、我々の病院システムが参考にしたのはニュージーランドのシステムでした。それは、周囲の状況自分たちのリソースのバランスを継続監視し、システム全体で体制変更を迅速かつ統一感を持って実行する体制づくりです。サッカーで例えるならば、オフサイドトラップを仕掛けるためにディフェンスの最終ラインを一斉にあげる司令塔を鍛えるような感じでしょうか。
「将来のサージ(急上昇)に備えるためのオペレーションフレームワーク」と呼ばれるマトリックス型のガイドラインを各部署の責任者と対策委員会と相談して決めていきました。その構成は以下のような感じです。
 行には、地域の警戒レベルを活動制限の低い順から「ニューノーマル→回復期→注意レベル→警戒レベル→非常事態」の5段階に設定し、病院のアクションレベルも同様に活動制限の低い方から「レベル0→4」としました。
 列には、以下の質問に対する参考となる指標を設定しました。

質問1)COVIDの状況と我々のキャパシティはどうなっているのか?

これに含まれる指標は、州内の新規感染者数、当院へのコロナ患者入院数、集中治療室のキャパシティ、一般病棟のキャパシティ、人工呼吸器の稼働率、などです。

質問2)サージを迎え撃つのにどれほどの資源があるか?

これに含まれる指標は、検査キットの在庫、N95マスクの在庫、人工呼吸器の在庫などです。

質問3)質問1と2をふまえて、COVID診療を拡張するために当院としてはどのような活動変更をするべきか?

ここに含まれるのは、通常業務を継続するのか、省エネモードで活動していくのかといった大目標をふまえて、複雑な病院活動をどのように制限していくのかと言う決定です。
具体的には、患者を転院や制限して病床確保する、COVID患者を収容する病棟確保、緊急手術の有無、予定手術の制限、外来手術の制限、侵襲的な検査の制限、放射線や生理検査の制限、外来診療の制限などです。

質問4)質問1と2をふまえて、病院職員の安全確保のために当院としてはどのような活動変更をするべきか?

これに含まれる指標は、院内職員のCOVID暴露への体制作り、入館者への検温体制、無症状患者への入院時や手術前のPCR検査、職員同士の物理的距離、職員のマスクやゴーグル着用義務、見舞客の制限、在宅ワーク、などです。
イメージを持ってもらうために、2020-8-16 COVIDサージ対応のオペレーションフレームワークテンプレート (PDF:87KB) をアップロードしています。
例えば、本記事の執筆時点(8月中旬)では、ハワイ州の状況(連日150名以上の新規感染者)と当院での診療状況(COVID入院患者80名以上)は最高警戒レベルの「非常事態」に該当しますが、キャパシティや在庫はまだ2段階目の「注意レベル」にあります。そうした状況をふまえて、対策委員会の方針としては、非COVID患者の入院を他院に任してCOVID患者用の病床確保、予定手術の制限、面会者の完全制限、職員は常時マスクとゴーグル着用、入院時に全員PCR検査、手技や手術前にはPCR検査などを決めています。これを実行するには、ハワイ州全体の病院院長ネットワークで協力を要請して州と共同して動く必要もありました。
一見すると非常に複雑な表ですが、こうして指標が明示されていることで、各部署が状況の変化に後手で反応するのではなく、見通しを持って先手を打つことができます。英語でいうと、reactiveよりもproactiveです。
病院全体の活動に影響を与える重要な警戒レベルの変更は慎重かつ迅速にしなければなりません。「数日様子を見てから追って連絡します」では遅いのです。しかし、頻繁に上げ下げすると現場を振り回し、執行部への信頼を失くすリスクになります。
なので、当院では「レベルを一段階上げる決定は48時間以内に決め、少なくとも14日間はその警戒レベルで活動してから、警戒レベルを下げるかどうかを決定する」と言う方針になっています。

最後に

  • 昔から台風や地震といった大規模災害を乗り越えてきた日本列島にも同様のプロトコルはたくさんあると思います。
  • 病院システムが後手に対応しないためにも、周囲の状況監視自分たちのリソース監視を踏まえて、しっかりと予測と分析をしてアクションを決めるという例を提示しました。
  • 今回のパンデミックの第二波、第三波を迎えるにあたり、病院システムのプロトコル整備の参考になれば幸いです。

1件のコメント

  1. 桑原功光 より:

    野木先生、無事にお過ごしのようで何よりです。
    ミシガン州はコロナウイルス罹患者の数が10万人を超えました。
    ミシガン州の人口が約1000万人なので、約1%がすでに罹患したことになります。

    小児は重症例が少ないのが幸いですが(ない訳ではない)、
    ミシガン州ではこどもたちの学校の多くが、次の1年間、オンラインに決定しつつあります。
    (私たちの息子たちの学校もオンライン決定)。

    さて、これからのコロナ時代がどうなるかですね。まだまだ数年は収束しないでしょう。
    小児神経科的には、自閉症など発達障害圏のこどもたちの教育・養育にも大きな影響が出ています。ABA therapyを行うセンターの多くが休止しており、発達障害圏のお子さまがいる家族の悲鳴が聞こえてきています。。。

ページトップへ↑