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川名正隆

ブログについて

私の受けたアメリカの医学教育の話、スタンフォードでの内科レジデント生活、 Physician Scientistを育成するシステム、シリコンバレーの学際的環境について、といった内容で情報発信できればと思っております。

川名正隆

東京に生まれ育つ。小学校卒業後1年半をテネシー州で過ごす。東京大学教養学部を卒業後再渡米し、ブラウン大学医学部を卒業。現在スタンフォード大学病院で内科レジデント、2012年より同大学循環器内科フェロー。心筋症・心不全などの心筋収縮異常の病態メカニズムに興味あり。基礎研究と臨床のバランスの取れたキャリアを模索中。

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さて実際の治療方針の決定の際に、保険の有無はどのように影響してくるのでしょうか。一言で言えば、それは退院後のフォローアップに影響が出てくる治療法には全て影響してきます。退院してしまうと、保険の無い患者さんに対するサポートはなくなってしまうので、長期的に高額の治療薬や検査が必要な治療は控えられてしまいます。例えばDr. Yumiが書かれていたような、急性冠症候群でPCIをする際にどのステントを入れるかという判断は、患者さんが実際にステント治療後に必要な(ジェネリックがまだない)高額な薬を払えるかどうかが関係してくるという良い例です。そのため入院中の薬物治療をする際の薬の選び方においては、エビデンスに沿った選択はもちろんですが、ジェネリックがあるものをなるべく使うという姿勢が重要になります。もともとレジデントの研修プログラムにおいてはジェネリックを活用することがかなり徹底されているので、多くの場合退院後同じ薬を続けることが可能です。保険がない人達には、WalmartTargetといった量販店が行っている$4 prescriptions(多くのジェネリック薬の30日分の処方箋が4ドル、90日分が10ドルの自己負担で買えるプログラム)で手に入れられるものを選ぶなどの工夫をすることになります。

ジェネリックがない治療薬を使うような治療、例えば急性白血病における抗がん剤などが含まれますが、これはかなりの高額医療になり、また長期的な治療とフォローアップが必要になるので、無保険で通すわけにはいかなくなります。このような場合はEmergency Medicaidという文字通り緊急の公的健康保険に患者さん本人が申請することになります。こうしてさかのぼって(retroactiveに)健康保険に加入するというオプションが残されているので、急性期の病院に入院した無保険の患者さんはどんな疾病でも申請することができるわけですが、無保険者の多くは不法移民の人が多く、Medicaidに申請すると移民法上問題が生じるので無保険を通すという人も多く存在するのが現実です。こうしたEmergency Medicaidの申請の際にはソーシャルワーカーのサポートが不可欠となり、急性白血病の治療の際などはこれが承認されることを前提として治療を開始することになります。

少し話が大きくなりますが、他にわかりやすく保険の問題が影響するものに移植医療があります。移植医療においては”社会経済的状況”という点が治療を適応するかどうかの判断材料にされ、これらはしばしば保険の状況からも推察されているのが現実です。例えば末期の心不全や肝硬変といった医学的な臓器移植の適応が認められた上で、高額な免疫抑制剤を購入できるか、肝硬変だったらちゃんと禁酒や薬物を使用しないなどの約束が守れるか、また「移植後に何か問題が起こった時に、家族や友人などの社会的サポートがしっかりしているか」という項目が吟味されます。こうした項目を”包括的に”判断にすることになり、結果保険がない人はほぼ確実に”not a good candidate(適応なし)”ということになります。また低所得者用の保険であるメディケイドの患者さんの審査結果も厳しいものとなります。これは慢性疾患が進行したようなケースの話ですが、急性心不全や急性肝不全を呈した若い患者さんが、移植が不可欠でStatus 1A(入院加療が必要で、移植しないと生きられない重篤な状態)だが無保険、という場合はまた少し異なるかと思います。

最近では補助人工心臓の埋め込みに関しても、移植と同様の選考過程を経ることになっています。想像通りといえばそうですが、保険に問題がある人は高額医療になるほどオプションは狭められることになり、医療サービスの格差は大きくなっています。以上のような「お金のかかる」治療に関しての複雑な判断をレジデントのみで行うことはないのですが、我々はこうした様々なオプションがある中で、エビデンス的にどの治療法がベストで、どの治療法がその患者さんと家族に対して一番現実的な治療法かという、ときに大きな隔たりがある二つの選択肢の中でできる限りのサービスを模索することになります。(続く)

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