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反田篤志

ブログについて

最適な医療とは何でしょうか?命が最も長らえる医療?コストがかからない医療?誰でも心おきなくかかれる医療?答えはよく分かりません。私の日米での体験や知識から、皆さんがそれを考えるためのちょっとした材料を提供できればと思います。ちなみにブログ内の意見は私個人のものであり、所属する団体や病院の意見を代表するものではありません。

反田篤志

2007年東京大学医学部卒業。沖縄県立中部病院で初期研修後、ニューヨークで内科研修、メイヨークリニックで予防医学フェローを修める。米国内科専門医、米国予防医学専門医、公衆衛生学修士。医療の質向上を専門とする。在米日本人の健康増進に寄与することを目的に、米国医療情報プラットフォーム『あめいろぐ』を共同設立。

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(この記事は、『アメリカでお医者さんにかかるときの本』の内容を一部抜粋・修正して掲載しています。書籍の概要は保健同人社Amazonでご確認ください。)

アメリカでの出産における特徴に、無痛分娩のしやすさ、および入院期間の短さがあると思います。それぞれ簡単にみていきましょう。

・無痛分娩について

外来で一番よく聞かれることの一つが無痛分娩についてです。アメリカでは無痛分娩は一般的ですから、一般的に麻酔科医は常時待機しており、希望すればいつでも麻酔を受けることが可能です。前もって予約をしておく必要はありません。

陣痛を和らげるための麻酔は、硬膜外麻酔(Epidural)といい、腰から下の痛みをとるため、陣痛の痛みはほとんど感じなくなります。全身麻酔ではないので意識ははっきりしていますし、赤ちゃんが麻酔のせいで眠ってしまうとか、元気がなくなるといったこともありません。

「弊害はないのですか?」とよく聞かれますが、1%ぐらいの割合で麻酔の針が深く入りすぎ、硬膜を破ることで脊髄液が漏れ、その結果として強い頭痛を起こすことがあります。ただこれは一時的なものなので数日でよくなりますし、症状が強い場合には対処法もあるので、深刻な問題になることはまれです。しかし比較的よく起きるので、麻酔科の医師が患者さんに処置の説明をする際には、まず最初にこれをあげます。

それ以外の合併症としては感染・出血等ですが、これらも非常にまれす。一番深刻なのは、硬膜下に血液の塊(血腫)ができ、それによって脊髄神経が圧迫され、恒久的な麻痺を起こすことです。下半身不随となってしまいますが、幸いなことに頻度は極端に低く(20万分の1)、血液が固まりにくいなどの異常がない限りは、まず起きることはありません。

麻酔は非常に効果的で、陣痛の痛みはほとんど感じなくなります。通常は背中にカテーテルを入れ、持続的に麻酔薬を送り続けるので、早く打ちすぎて途中で麻酔が切れたりといったことはありません。ただし、分娩が近づき、赤ちゃんの頭が下がってくると、膣に圧迫感が出てきます。これを取るために麻酔を強めるといきめなくなりますから、この部分は患者さんにがまんしていただくようにお願いします。

それでは分娩に与える影響はどうかといいますと、自然に陣痛が来ている方の場合、陣痛が弱まったり、間隔が広がったりして、分娩遷延につながることがよくあります。この場合は陣痛促進剤で陣痛を強めてやればよいのですが、促進剤が嫌だという方は、麻酔を避けたほうが賢明かもしれません。ただし、促進剤はポンプで正確な量を、陣痛や赤ちゃんの心拍数をモニターしながら注入します。万が一、子宮収縮が過剰になった場合、あるいは胎児心拍に異常が生じた場合は、ポンプを停止すれば数分で促進剤の効果はなくなります。ですから、決して危険な薬というわけではありませんが、患者さんによってはなるべく使いたくないという方もおられるので、念のため。

また、子宮口が全開大となった後、いきんでもらいますが、いきんでから生まれるまでの時間が長くなるというのは、かなりはっきりとしたデータがあります。いきむことができない場合は、麻酔を弱めたり切ったりすることもあります。それでは急に痛くなるのではと皆さんが聞かれますが、麻酔の効果は徐々に薄れていくので、心配ご無用です。

麻酔を使った方は、おおむね麻酔を好意的に受け止めています(楽だった、眠れた、疲れが少なかった等)。しかし、麻酔を使わないつもりで来ても、あまりに痛みが強く、分娩が長引いて麻酔を受ける人もいます。

一方で、麻酔を使うつもりがあまりに早く生まれて、その暇もなかったという人もいます。あまり、前もって考え込まなくてもよいのかもしれません。

・出産時の入院期間について

アメリカでは入院期間は日本よりも短く、経膣分娩の方の場合は産後2泊、帝王切開後で手術後3~4泊です。不安がられる方も多いのですが、病院というのはあまり長居をするのは禁物で、可能であれば家に帰ったほうがずっとよいと、私は思います。だいたい、そんなになんでもかんでも至れり尽くせりの面倒を見てくれるわけではないし、そんなに居心地がよいとは思えません──などと書くと、アメリカの病院から苦情が出そうなので、ちょっと補足します。

まず、入院期間が短くなった経緯として、医療費の節減を目的とした過去の研究があげられます。それらの研究では1日、2日と入院期間を短くしていって、それによって合併症が増えたかどうか、再入院した人が何人いたかなどを調べました。そのうえで、早期退院の弊害がないと思われる時期をもって、退院の目安としたのです。

また、早期退院の長所というのも見逃せません。早期退院するためには、自分で起きて歩ける、普通の食事が食べられるといったことが条件になります。必然的に、早期離床(要するに、帝王切開の翌日にはベッドから出て歩かされる)が通常となりますが、そのほうが、前述のエコノミークラス症候群のような合併症は少なくなります。産後、とくに帝王切開後の方は血栓症のリスクが非常に高いので、寝たきりでいるよりは、動いて血液の流れをよくしたほうがよいのです。歩くことは腸の蠕動運動を活発にし、胃腸の働きも早く正常に戻ります。術後はガスが出ることが回復の一つの目安ですが、歩くことによってそれも促進されるわけです。さらに病院内に長くいると、院内感染といった病院特有の合併症を起こす可能性があります。病院が長居をするところではないと言ったのは、こうした意味です。

しかしながら、産後の方は普通の病気入院とは違って、自分以外にもっと世話がたいへんな”お土産”を抱えて自宅に帰ることになります。この”お土産”の取り扱い方法をきちんと説明してくれなければ困るではないかという声には、確かに無視できない部分があります。アメリカでも母乳のクラスとか、授乳指導とか、あることはあるのですが、何分にも2~3日の入院なので、短すぎると思う方もおられると思います。また、日本のほうがきめ細かく面倒を見てくれたという意見も耳にします。おそらくは否定できない部分があり、在米の患者さんによっては、ご主人が休暇をとって育児に協力したり、日本から助けが来たり、あるいはヘルパーさんを頼んだりと、いろいろな方法でしのいでいるようです。

そうはいっても、日本人の患者さんたちが、それほど育児に悪戦苦闘しているといった印象はあまりありません。ニューヨークのような大都市には、日本人の妊婦さん、あるいは小さい子どもたちをもったお母さん方のサポートをし、交流を深める場を設けている団体もあります。私に子どもが生まれたときには、アメリカ人の友人から、赤ちゃんは取扱説明書(マニュアル)付きで生まれてくると冗談を言われました。「どうにかなるよ」という意味であったのだろうと思います。

病院にもよると思いますが、入院には夫が付き添って泊まることが多いです。前述のとおり、妻の出産時には夫は仕事を休み、妻の身の回りの世話をする、もしくは他の子どもがいる場合には子どもの世話をすることが一般的です。短い入院期間の間にさまざまな手続きを終える必要があり、出産後にゆっくりしている時間はありません。すべてを一人でこなすのは、なかなか難しいでしょう。

(安西 弦)

 

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