Skip to main content
浅井章博

ブログについて

Born in Japanだが医者としてはMade in USA。日本とは異なるコンセプトで組み立てられた研修システムで医師となる。そんな中で、自分を成長させてくれた出会いについて一つ一つ綴っていく。

浅井章博

岐阜県産 味付けは名古屋。2003年名古屋大学医学部卒。卒業後すぐにボストンで基礎研究。NYベスイスラエル病院にて一般小児科の研修を始め、その後NYのコロンビア大学小児科に移り2010年小児科レジデント修了。シカゴのノースウェスタン大の小児消化器・肝臓移植科にて専門医修了。現在はシンシナティー小児病院で小児肝臓病をテーマにPhysician-Scientistとして臨床と研究を両立している。

★おすすめ

(この記事は2013年5月16日CBニュース http://www.cabrain.net/news/ に掲載されたものです。)

医師には患者を診ること以外に、「研究」という使命があります。病気の原因を突き止める、新しい治療法を開発する、より多くの人に医療を効率よく提供するためのシステムを構築するなど、その内容は多岐にわたります。医学を発展させるための米国の仕組みについて、つづります。

■「医師は臨床だけ」ではダメな理由

そもそも、なぜ研究が必要なのでしょう。簡単に言えば、それは医学の世界が謎だらけだからです。21世紀になって格段に進歩したとはいえ、根本的なメカニズムを解明できた病気は少なく、治療法が確立している病気の数もかなり限られているのが現状です。ですから、医療者は日々の実務の中で、未解明の事柄に恒常的にさらされます。その中で医師は、少しでもそういった謎を解明する努力をするように定められています。

では、具体的に何を研究するのでしょう。医学研究には大きく2つの分野があります。1つは基礎医学研究といい、ヒトという生物の仕組みや、病気の発生機序を解明する分野です。ネズミやウサギなどの動物モデルを使って、遺伝子を発見したり、タンパク質を測定したりします。

もう1つは、臨床医学研究といって、実際の医療の現場において、薬の効果の実態調査や、病気の発生率、ワクチンの効果の追跡調査などをする分野です。さらに、横断的(Translational)な医学研究といって、上記の2分野をまさに横断するように、両方の分野にまたがるスタイルの研究分野もあります。

■米国の基礎医学研究の現状

さて、ここからは、米国の基礎医学研究に限って話を進めます。

研究はどこで、誰によって行われるのでしょうか。主には大学の医学部、生物学部(生化学、化学、生理学など色々ありますが便宜上「生物学」とします)の研究室で行われます。最近は、製薬会社の研究所でも大学をしのぐ規模で研究をしているといいます 。

大学医学部での研究に限って話をすると、医師は、大学に籍を置きながら、大学関連病院とも契約をし、週の1-3日を外来で患者を診たり、年の1―2か月、入院患者の回診をしたりします。それ以外の時間を研究に当てます。大学病院の病棟と、その近所に併設されている医学部の研究棟の中にある自分の研究室とを、毎日行ったり来たりするわけです。下っ端のうちは自分のオフィスはありませんが、偉くなってくると病院と研究室とに自分の部屋が割り当てられ、両方のオフィスを往復する生活になります。

■大学医学部で活躍する生物学博士(PhDリサーチャー)

しかし、実は米国の大学医学部で、研究の最大の担い手となっているのは、医師ではありません。生物学の博士(PhD)なのです。

「医学部なのに生物学者?」と思われるかもしれませんが、現代の医学は、生物学の手法で研究されることがほとんどで、大学での研究で医学と生物学の間に境目はありません。大学のシステムが大きく違う日本との比較は難しいですが、米国の大学では圧倒的に生物学者の占める割合が大きいです。つまり、大学を卒業後、生物学の大学院を卒業し博士号(PhD)を取得した学者が、医学部の薬理学講座の教授になったり、医学部の小児科の遺伝病研究室のチーフになったりすることは、何ら珍しくありません。米国で特徴的なのは、いわゆる”臨床系”と呼ばれる講座(内科、外科、小児科、産婦人科学講座など)でも圧倒的に生物学研究者の数が多い点です。研究者たちは、MDと区別するためにPhDリサーチャーと呼ばれ、ヒトの病気の解明や、新しい薬の開発を担っています。

PhDリサーチャーは、本来の生物学の分野の枠を飛び越え、現代の基礎医学研究には欠かせないエキスパートたちとなりました。6-8年にも及ぶ大学院の教育で複雑な生物学の理論に精通し、DNAの解析や動物実験の手法を習得しています。博士号を取った後もポスドク(「ヒラ」の研究員)として徹底的に生物学のトレーニングを積んでいるため、医学部で患者を診ることを主にトレーニングしてきた医師とは根本的に異なるスキルセットを持っています。現代の基礎医学において実験をするには、あまりに複雑で高度な技術が必要とされるため、PhDリサーチャーのスキルがあって初めて最先端の研究がなされるといっても過言ではありません。

逆に言えば、現代の米国で医学部を卒業しただけでは、基礎医学研究ができるようにはなれないということです。中には、医学部を卒業したけれど、基礎医学研究に専念するため患者を診ることをやめ、研究者としてキャリアを積んでいく医師すらいるくらいです

そうであるならば、基礎医学研究はPhDリサーチャーに一任する方が、効率的なようにもみえます。しかし実際には、現代においても、「医師が研究すること」が使命としてとらえられています。なぜでしょうか。

効率を重んじる米国においてすら、医師の基礎研究を推奨するような予算が組まれたりします。例えば、米国ではMD-PhDコースというのがあります。4年間の大学を卒業した後、他の人と同様に医学部を受験するのですが、その際に4年間の通常の医学部ではなく、8年間の特別コースを受験するのです。8年間で、通常の医学部の授業プラス生物学の大学院のコースを受け、卒業論文を書きます。8年後には医師であるMDと、医学のPhD両方を取得できます。形式上は同じPhDですが、生物学のPhDではなく、医学のPhDとなります。通常、生物学PhDを取得するには5-8年かかるのに比べて、4年で終了するこのコースでは、研究スキルは生物学PhDの課程を経た場合よりも少なくなりますが、ヒトの病気に関しては圧倒的に詳しくなります。

■米国で根付く基礎医学研究成功の公式

米国の政府はこのMD-PhDのプログラムをサポートし続けています。なぜでしょうか

わたしも以前、自分の所属する大学の教授にこの疑問をぶつけてみました。研究を効率良く進めるには、MD-PhDよりも、PhDリサーチャーをたくさん雇ったほうがいいのではないか、と。彼は医師なので、医師側から見た意見ですが、興味深い答えが得られました。

「ヒトの体は圧倒的に複雑だ。ヒトの病気は同じ病名でも、患者一人ひとりで発現の仕方が大きく異なる。そのような病気を解明するためのカギを見つけるのは、実際に病気を持つ患者を診ることから始まる。実際に”診る”ことで膨大な情報が得られる。そこから手掛かりを見つけ、仮説を組み立てる。そして初めて、動物実験モデルが役に立つ。そこからは、生物学者が必要だ。さらには、原因遺伝子が同定されている病気で、モデルマウスが確立していても、生物学博士の新発見を実際のヒトの病気のメカニズムと関連させるには、医師の経験知が必要となる。ヒトの病気に関する研究においては、2者の連携が成功の秘訣だ」。

実際、たくさんの米国の大学の研究室で、医師とPhDリサーチャーがタッグを組んで基礎医学研究を綿々と続けているのをよく見ます。医師が自分の研究室にPhDリサーチャーを雇っている場合も、PhDリサーチャーの教授が医師を雇っている場合もあります。または、駆け出しの頃からコンビを組んで2人とも成功するという話も、決して珍しくはありません。成功例にはこと欠きません。

つまり、米国では伝統的に、医師と生物学博士の組み合わせで成功してきた実績があるのです。医学部の首脳陣に共通の認識としてこの公式が存在し、政府レベルでサポートしているというのは、米国のユニークな点だと思います。

1件のコメント

  1. 浅井先生、興味深く拝見しました。私は臨床ばかりですが、主人がNIHでPhDの先生(ご縁があって日本人の先生)の研究室で基礎研究をしている話を聞いていて、浅井先生のおっしゃる通りだと思います。MDは主人1人で、その他全員PhDの研究室で、CICUの夜勤明けでもassayの様子を見にラボに行ったりして大変そうですが、PhDの先生方に1から鍛えていただいているみたいです。効率性を最重視するMDと研究のクオリティを追及する生物学者で考え方の異なる部分もあるみたいですが、異なる視点からお互いをインスパイアし合える部分があるように見えます。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。


バックナンバー