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奥沢奈那

ブログについて

精神科というと、何となく暗くて怖いイメージがあったり、心の内を分析されてしまうのでは?などと誤解されがちですが、アメリカの精神科医療を少しでも身近に感じていただけるよう、日々感じたことを綴ってゆけたらと思います。

奥沢奈那

東京出身。雙葉高校在学中に国際ロータリー青少年交換留学生としてベルギーに留学後、渡米。ニューヨーク州サラローレンスカレッジ卒業。セントジョージ医科大学を卒業後NYマイモニデスメディカルセンターで一般精神科の臨床研修を修了。メリーランド大学で児童精神科専門研修後、同大学精神科助教。米国精神科専門医。

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路上のソリスト (日本語版映画予告編はこちらへ)

映画の内容については、このブログのその1をご覧ください。

この映画を見て、主人公ナサニエルを「助けよう」として行き詰ってしまうロペスの苦悩は、精神科医療に従事する者のジレンマに通じるとことがあると感じました。ナサニエルは「助け」を必要としていないからです。

精神科疾患、特に統合失調症や双極性障害の場合、insight/病識、つまり自分が病を患っていて治療が必要であるという認識が欠けていることが多く、病識の欠損自体が病状の一部であると考えられています。この点は精神科が他の専門と大きく異なる点だと思っています。ご自分が糖尿病であると知りながら甘いものの食べすぎで入院する羽目になってしまう患者さんは多くいらっしゃいますが、医師に高血糖症を指摘されてもご自分が糖尿病であると認識しない、またはできない患者さんは少ないのではないでしょうか。

では、患者さんの意志に反して精神科的治療を強要することはできるのでしょうか。

アメリカでは州によって法律が異なりますが、たとえばニューヨーク州の場合、”danger to self or others”, つまり、「当人もしくは他人に危害を加えてしまう」という点が精神科医の診察により証明できた場合のみ、成人の患者さんをご本人の意志に反して病院に拘束することが許されています。48時間以内に別の精神科医の診察を受けて上記の条件が満たされていることが確認された後は14日間病棟に拘束して治療を続けることができます。

成人の患者さんが入院中に薬を飲むことを拒否した場合は、担当の精神科医とその患者さん、そして患者さんの弁護士(すべての精神科入院患者さんに弁護人が保障されています)が法廷に出向き、法廷の判断に委ねることになります。入院中の患者さんが自傷、他傷行為が懸念されるほどの興奮状態に至った場合のみ、医師の判断で例外的に鎮静剤を注射することが許されています。しかし冷静な患者さんに対しては、投薬の必要性が法廷で証明されて法により投薬が義務付けられるまでは薬を無理強いすることはできません。私も指導医に付いて何度も法廷に足を運びましたが、患者さんの弁護士さんが鼻息も荒く患者さんの”人権“の名のもとに治療を咎めて精神科医を攻撃してくるので、冷や汗ものです。

法廷に出向くまでに至らなくとも、「助け」を必要としていない“患者さん”に治療の有効性をご理解いただくのは至難の業です。その為には、”bio-psycho-social formulation”-遺伝子的影響や生い立ち、ストレス要因、家庭環境や社会環境など, つまりはその方の“ストーリー”を理解することから始めることが一番重要だと考えられています。

この映画でロペスが路上でバイオリンを弾くナサニエルの“ストーリー”に魅せられたように、精神科治療を受けられるすべての方に“ストーリー”があると思います。それを少しでも理解することで、治療を拒否される方が何を望んでらっしゃるかが見えてくる気がします。そこから”治療“が始まります。それが精神科医をやっていて、私にとって一番興味深い点です。

2件のコメント

  1. 私も同感です。その人の生き様を理解する事が医療の底の部分だと思います。この世に一人の理解者が居る事が人間の生きていける最低条件だと思います。臨床医は病人に何も出来ませんが、ただできることは病人の枕元に座って束の間の慰めになることだけです。

    • 藤森先生、コメントありがとうございます。先生のおっしゃる通りですね。患者さんのQOLの向上を目指すお手伝いをしたい、と意気込んでも、その方がどのようなQOLを望んでいらっしゃるかを理解していないと、空回りの治療に終わってしまいます。患者さんとのTherapeutic Allianceをどのように築いていけるか、試行錯誤の毎日です。

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