(この記事は、若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に寄稿されたものです。Cadetto.jpをご覧になるには会員登録が必要です。)
HIVの患者にとって、社会との関わりは非常に大きな問題です。HIVに対する知識不足からくる誤解や差別が今なお存在し、それが子供への病名告知の大きな障壁となっています。例えば、同じクラスの同級生が難病にかかってしまったら、クラス全体がその同級生に同情し、助けになりたいと考えるでしょう。しかし、HIVの子供は大抵の場合、そのような扱いは受けません。
「HIVの子供と同じプールに入るなんて…」
一般小児科の外来で、ある女の子を担当した時のことです。この子の保護者は、「保育園のプールでHIVに感染している同級生が切り傷を作ったから、同じプールに入っていた自分の子がHIVに感染していないか検査をしてほしい」と来院したのです。この保護者は、HIVに感染した子供を他の園児と同じプールで遊ばせる保育園のことを批判していました。
HIVの場合、学校生活の中では基本的な感染予防をすればよく、学校に感染を報告する義務はないため、子供のHIV感染を学校に報告していない保護者も少なくありません。差別やいじめにつながるようなリスクをあえて冒したくないと考えるからです。このような場合、保護者は子供への病名告知について極めて消極的なことが多く、子供に対しても病名を隠すよう強く求めたりします。自分が悪いことをしたわけでもないのに、隠し事をしなければいけないというこの状況が、子供自身の自尊心を傷つけてしまう可能性もあります。
HIVに対する社会的差別の存在に子供が気付くよりも前の時点で、HIVという病名を告知するのが一般的です。そうすればHIVという病名を聞いても子供はショックを受けずに済みます。しかし、逆に小さいうちは、病名を隠さなければいけない理由がなかなか理解できなかったり、成長し社会の状況を知るにつれてHIVに感染している自分を嫌悪するようになったりします。青年期を迎えた患者にとって、自分のパートナーにHIV感染者であると伝えることには、とても勇気が必要です。患者自身が今度は、他者への病名告知の難しさに直面するのです。
長い人生をより充実したものにするために
母子感染したHIVの小児への病名告知は、生涯続くHIVのケアの中でも重要な過程です。患者、家族、医療従事者の間での十分なコミュニケーションと信頼関係の下で、告知が行われれば、その後の患者のHIVの治療や人生そのものにも良い影響を与えます。ファミリーケア
クリニックに通院する子供のほとんどは、適切に病名の告知を受けることで、自分がHIVに感染しているという事実を受け入れ、前向きに人生を送っています。
看護師を目指して専門学校に通う女の子や、クリニックのグループセッションを通じて知り合い、長い付き合いの後に結婚し、適切な感染予防策により、HIVに感染していない赤ちゃんを授かった、というカップルにも出会いました。最近では、パートナーの感染を予防するための抗HIV薬も開発され、患者自身がHIVをきちんと治療していれば、HIV未感染のパートナーが感染予防の薬を飲むことで、パートナーや2人の間に生まれる子供へのHIV感染の確率を極めて低いものにすることもできます。
抗HIV薬の発展により、小児HIV患者も長い人生を送ることができるようになりました。その人生をより充実したものとするためには、それぞれの患者に合わせた個別のサポートに加え、社会全体に働きかけて、HIVの母子感染や感染予防策などについて正しい知識を普及させることが重要だと思います。
不勉強でした
コメントありがとうございます。私自身もファミリーケアクリニックで患者さんやご家族に出会って初めてこのテーマについて考えました。深くて複雑な問題ではありますが、適切なアプローチとサポートによって、お子さんやご家族の将来を良い方向へ向けていかれると、医療従事者の立場としても嬉しいですよね。
もう一つ大切なのは、多職種によるチーム医療です。やはりどうしても、医師だけで、限られた診察時間内に、健康面、メンタル面、社会面を全て十分にカバーするのは難しいです。ファミリーケアクリニックでは、医師の他に、看護師、ソーシャルワーカー、ケースワーカー、精神科医、心理士、栄養士、チャイルドライフのメンバーで患者さんとご家族をフォローし、毎週行われるミーティングで、情報交換と治療やサポートの方針決定を行っています。このような体制を広めていかれると良いと思っています。