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野木真将

ブログについて

ハワイは温暖な気候と全米一のCultural mixが見られ、医師としての幅広さを養うにはいい環境と感じています。 旅行だけでは見えない、ハワイ在住の魅力もお伝えできればいいなと思います。

野木真将

兵庫県出身、米国オハイオ州で幼少期を過ごす。京都府立医大卒、宇治徳洲会病院救急総合診療科の後期研修を修了。内科系救急を軸とする総合診療医として活躍したい。よきclinical educatorとなるため、医師としての幅を広くするため渡米。2014年よりハワイで内科チーフレジデントをしながらmedical education fellowshipを修了。2015年よりハワイ州クイーンズメディカルセンターでホスピタリストとして勤務中。

アフガニスタンでの中村哲医師の訃報やサモアでの麻疹アウトブレイクの報道で、今月はなんだか悲しい気持ちになっております。
今年のラグビーW杯が日本で開催されたことで、これまで知らなかった人たちにもサモアと言う国が身近になったかもしれません。
ハワイで医療をしていると、サモアからの移民が多く、本当に身近な存在です。
サモア」と言っても、大別すると東に位置するアメリカ領サモアと西に位置する「サモア独立国」に分類されます。
前者は英語教育で経済的にも豊かなのに対して、後者は公用語がサモア語で南太平洋オセアニア諸国の中では貧しくて発展途上の国になります。ハワイで見るサモア人は多くが英語を話す「アメリカ領サモア」からの移民ですが、中にはサモア語しか話さない「サモア独立国」からの移民もいるため、ハワイでの医療従事者の中には、サモア語を話す同僚もいて助かります。私もいくつかのサモア語医療単語を覚えました。
今回の麻疹(はしか)のアウトブレイクは後者の「サモア独立国」で起こっている悲劇です。
あまり日本で詳細に報道されていないので、今の段階で分かっている情報を紹介して、「ワクチンで防げる疾患が広がる悲劇」と「ワクチン接種は人類全員の責任」であることを強調したいと思います。

● 医療不信の国民に起こった、悲劇の麻疹ワクチン事件(2018年)

 2018年7月に、麻疹ワクチンを接種して回っていた時に悲劇が起こりました。MMR (麻疹measles, 流行性耳下腺炎mumps, 風疹rubella)ワクチンは接種の際に溶媒で希釈が必要なのですが、その時に希釈液が足りなくなり、医療補助のスタッフがあろうことか期限切れの筋弛緩薬を代用して希釈してしまいました。そのワクチンを接種された幼児は即死。そこで報告せずにさらにもう一人に接種したため、二人目の被害者が出てしまいました。故意ではないと信じたいですが、許容しがたい医療ミスです。この医療スタッフはその後投獄されています。
 もともと麻疹ワクチンの2回接種率がやっと70%に達するかどうかというサモアにおいて、この事件の影響は国民からのワクチン拒否運動へとつながり、2018年から2019年にかけての麻疹ワクチンの接種率は30%台に落ち込むという前代未聞の事態になってしまいました。事件調査が完了するまで政府がワクチン事業を一時凍結したこともあって、サモアにおける他のワクチン(ポリオ、3種混合、B型肝炎、Hib、黄熱)の接種率も30%台になってしまいました。
 世界保健機構(WHO)の推奨では、ある国で感染力の高い麻疹の流行を抑え込むためには全国民の95%が接種しているべきとされているので、今回のサモアの事件は悲劇への序章でした。
 2011年にパキスタンでビンラディン氏の捜索に米国諜報機関が「偽の予防接種事業」を展開して現地人のDNA採取を試みた事件の後にワクチン接種への妨害活動が広まったことからもわかるように、ワクチン事業は国民からの信頼があってこそ成り立つものです。サモアでの極端な医療不信は理解できるものではあるのですが、元々のサモア国民の自国の医療システムへの不信感が土壌にあったことは大きいと思います。今でもハワイに医療を受けにくるサモア人が多いのも、それが原因です。
 事実関係はまだはっきりしていませんが、米国の有名な反ワクチン活動家(ケネディ元大統領の甥、ロバートケネディ氏)がサモアで講演活動やSNSを通じて地元の有力な反ワクチン活動家と交流しているという報道もありました。

● 2019年11月より無期限の学校閉鎖、12月より戒厳令

 WHOの心配していた通り、2019年10月頃より麻疹の発生件数が急増しました。サモア独立国の全人口は約20万人。そのうち、今年の10月から現在までに4460件の発生報告と、65件の麻疹による小児(主に4歳以下)の死亡が報告されています。
11月17日に政府命令で、「無期限の学校閉鎖」が国内で宣言されました。これを受けて、近隣のフィジーやトンガでも学校閉鎖と渡航の際には麻疹ワクチンの接種証明を確認するようになりました。UNICEFからは11万本の麻疹ワクチンがサモアに支給されました。
それでも麻疹の勢いは抑えられず、12月2日からはサモア政府が全国民に「戒厳令」を通達しました。ワクチン未接種の子供を持つ家庭は、表に赤い布を掲げて、自宅待機でワクチン接種を待つように呼びかけました。ニュージーランド、オーストラリア、イギリス、フランスなどからの医療支援チームが現地入りしてWHOと協同して、緊急入院となっている児童の手当とワクチン事業の支援を開始しています。

● クイーンズメディカルセンターの医療支援チーム

 前述のように、ハワイの人々にとってサモアは身近な存在であり、なんとか支援したいということで12月5日に私の勤務するクイーンズメディカルセンターとカピオラニ小児病院から緊急支援チームが召集されました。呼びかけからわずか18時間で医師11名(小児科医、小児麻酔科医、小児救急医)と看護師50名が集まって、ハワイアン航空が臨時便を支援してサモア入りしました。約48時間の滞在中に13000件のワクチン接種をして回ることができたのは、ハワイからのチームの中にサモア語を話すスタッフが多く含まれていたことと、サモア大統領からの全面支援の影響があると思います。
 医療支援チームに参加していた同僚から現地の事情を詳しく聞くことができました。麻疹に感染して主に影響を受けているのは5歳以下の児童ですが、特に新生児が脳炎や肺炎を発症して集中治療室(ICU)での治療が必要なようです。ただ、新生児ICUが限られている国なので、人工呼吸器も足りず、どの幼児を救うか、苦渋の選択を迫られる悲惨な状況と言っていました。ハワイでの病院業務のしがらみから解き放たれた看護師たちの活躍ぶりに同僚医師は感動したと言っていましたが、医療機器が足りない状況は続くようです。サモアの病院稼働率600%という状況に対して、ニュージーランドの医療支援チームが長期滞在して小児ICUを臨時に設置していくようです。

● 麻疹ウィルスが招く「免疫リセット」現象

 サモア政府は、子供のワクチン接種を拒否する親に対して罰則を強化して全国民20万人に対するワクチン接種をなんとか完遂させようとしています。
ただし、必要なのは麻疹ワクチンだけではないという事実を強調したいと思います。
 2019年3月にサイエンス誌にある論文が掲載され、話題になりました。オランダでの麻疹ワクチン未接種児童(大半が宗教上の理由でワクチン拒否をする正教会クリスチャン学校の生徒)を対象にした疫学研究でしたが、麻疹ウィルスに罹患した児童は、それまでに獲得した他のウィルスへの抗体価が11-70%近く減少していました。極端なことを言えば、麻疹ウィルスに罹ることで新生児の頃のように無防備な免疫状態になるリスクがあるということです。これは記憶Bリンパ球細胞への攻撃を特色とする麻疹ウィルス特有の現象のようですが、「免疫リセット(原文;immune amnesia (免疫健忘)」と呼ばれる新事実として注目されています。こうなってしまった児童は、忘れてしまった抗体を復活させるために、同じウィルスに再度暴露を必要として、それまでは無症状でいられたとしても今度は有症状になる可能性があります。
 * Mina, M., Kula, T., Leng, Y., Li, M., Vries, R., Knip, M., Siljander, H., Rewers, M., Choy, D., Wilson, M., Larman, H., Nelson, A., Griffin, D., Swart, R., Elledge, S. (2019). Measles virus infection diminishes preexisting antibodies that offer protection from other pathogens. Science (New York, N.Y.)  366(6465), 599-606. https://dx.doi.org/10.1126/science.aay6485
 2015年のサイエンス誌の疫学調査研究でも、麻疹ワクチン普及前の1960年代以前と現代を比較すると、麻疹以外の感染症による死亡率が昔は多く見られ、麻疹を予防することで、他のウィルス感染への抵抗力を維持できていたのでは?と仮説されています。
* Mina, M. J., Metcalf, C. J., de Swart, R. L., Osterhaus, A. D. & Grenfell, B. T. Long-term measles-induced immunomodulation increases overall childhood infectious disease mortality. Science 348, 694–699 (2015)

● 今でも根絶できない麻疹と、ワクチン不信運動

 今年に入って、アフリカ諸国を中心に麻疹の罹患数は相当数がまだ報告されています。今回のサモアほどではないにしても、今でも麻疹流行が見られる上位10カ国は、ウクライナ、フィリピン、インド、ナイジェリア、ブラジル、コンゴ共和国、イエメン、タイ、カザフスタンになってますし、イギリスやアメリカなどでも散発的に発生しています。南北アメリカ、ヨーロッパ、アジアではgenotype D8、そしてアフリカではGenotype B3が多数を占めています。コンゴ共和国ではついに麻疹による死者数がエボラ出血熱を超えたと言われています。
 ワクチンで予防可能な疾患が防げないのは悲しいことです。これは、信条的に我が子にワクチンをあえて打たないケースもあれば、医療資源が乏しくてワクチンへのアクセスができないケースが混在しています。
 少なくとも、ワクチンへのアクセスがある先進国においては、両親の信条的な部分やワクチンそのものへの不信感や恐怖心の影響が大きいと思います。
米国では定期接種のワクチンを打っていないと、原則学校に入学させてもらえません。それでも州によっては信条的な理由による拒否を認めていたり、ホームスクール(自宅学習)で成長していく子供達もいます。米国内では1.8%の親が子供へのワクチン接種を拒否していると報告されています。
 ワクチンへの不信感が広まったきっかけになったものの一つに、1998年にランセット誌に掲載されたアンドリューウェイクフィールド氏の論文が語られます。彼はワクチン接種と自閉症発生に関連性があるのはないか、と提唱したのです。しかし、その根拠となるデータは乏しい上に信頼性の低いものでした。その後にデータの蓄積に伴って、1999年(500人)、2001年(1万人)、2005年(1000万人)、そして2012年(1470万人)と大規模な追調査が繰り返して報告されますが、いずれも「ワクチンと自閉症の関係性はない」と結論づけています。ランセット誌は2004年に、ウェイクフィールド氏の1998年論文そのものを撤回する声明も発表しました。

 *詳細は;週刊医学界新聞 第2933号ー2937号 連載「続 アメリカ医療の光と影」(2011年)を参照

  https://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02935_04
 たった一つの質の低い疫学研究の悪影響は大きく、それを払拭するために多額のお金が投入されましたが、いまだにワクチンへの不信感は拭いきれません。
日本でも日本脳炎ワクチン、HPVワクチンなどの事例もあるでしょう。ワクチンを拒否するのは一部の人たちかもしれませんが、公衆衛生的な影響は大きいものであることを考慮しなければなりません。
 日本では麻疹は5類感染症として報告義務がありますし、幸い大きなアウトブレイクはありません。国内発生件数は年間10例前後で、2019年1月に大阪で報告があったように大抵がワクチン未接種の若者が海外渡航で罹患して帰る輸入感染ケースで、国内流行例のD5型はここ最近検出されていません。2013年に風疹が流行した影響もあって、その後8万人近くにMR(麻疹と風疹混合)ワクチンが追加接種されたことも日本国内での麻疹発生件数を抑えているのかもしれません。医療従事者は暴露してもワクチンを接種していることで「修飾麻疹」程度で治ります。2015年にはWHO西太平洋事務局から「日本は麻疹排除国である」と認定を受けました。

● ワクチンは効果がある!

 麻疹による死亡件数が、1980年には2億6千万人であったものが、麻疹ワクチンの普及により2000年には56万人(72%減)、そして2012年には12万人(84%減)と劇的に減らすことができた事実を忘れてはいけません。
 天然痘の撲滅に活躍したのもワクチンですし、今回のサモアの事件を見てもわかるように、たった1年間ワクチン接種を止めただけで国内が緊急事態になることもあるのも事実です。
 医療従事者として、正しい知識を身につけて、情報不足からくる不安や恐怖心や誤解を持つ国民に対して啓発運動を続け、ワクチン事業における人災を防ぐ努力を心がけていきたいと思います。WHO、厚生労働省、診療所や保健所で日々ワクチン事業に心血注いで努力されている方たちに敬意を評します。
そして、もちろん我が子は推奨されているワクチンはすべて打たせています。これはジェンナー博士から全人類への遺言と思って、肝に命じています。

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