対岸の火事ではなく、自分自身の将来にも関わることなので真剣に追いかけてきましたが、いよいよ始まりますね。
以下にネガティブな意見も記載してしまいましたが、日本の卒後医学教育の歴史上重要な転換点でワクワクもします。
- 慎重さを期待します
各専門医学会との交渉、パブリックビューイング、教育の質の確保をどうするのかという議論を20年かけて、米国でACGMEが発足したのが1981年でした。専門医機構の発足は大変嬉しいニュースなのですが、議論の過程が十分あったのでしょうか?現場からの不満が伝え聞こえてくるので、心配です。
内科専門医と家庭医が混在するのは米国でも一緒ですが、日本の総合診療専門医は遥かに高いハードルを掲げています。外来、救急、病棟、在宅、成人、老人、小児、全てをバランスよく総合的に診れる医師を育成するのに、教育の質を担保する方法論が伝わってきません。Outcome based curriculumを掲げたはずが、「どこで何ヶ月ローテーションするのか」というTime-based curriculumが前面に見えてくる。後期研修の「質」をどう担保するのか?「定期的に監査が入る」こと以外に見えてきません。欧米のoutcome based curriculumでは頻繁に出てくる質問への回答が見えてきません。
- Faculty Developmentはどうするのか?
カリキュラムを変えるにはまずFaculty developmentが最重要課題というのは米国の教育現場での常識ですが、総合診療専門医について言えば、どうやって内科と外科と小児科の指導医たちの教育方針や評価方法をすり合わせるつもりでしょうか?「2日間の指導医養成ワークショップで認定された特任指導医」というのはどこまで全体が俯瞰できて研修医のトレーニングをサポートできるのか、心配です。
評価という面で言うと、J-Oslerというシステムは症例アーカイブの範疇を超えていない気がします。振り返りの要素も含まれていて素晴らしいのですが、自己評価や担当実績よりも、validateされた評価ツール(できれば直接観察によるパフォーマンス評価)を全国統一規格としてもっと充実させるべきだと思う。その際には何を到達目標にするのか?EPA (Entrustable Professional Activity)よりもCompetency/Milestonesの方が独立診療を目指したもので良いと思われます。
- 地域医療の人材確保という案件も、専門医育成とは切り離すべき
トレーニング途中の中途半端な出来の後期研修医を戦力に考えると「質」は確保できない。地域医療のニーズに合わせて外来、在宅診療、母子保健に強く、育成期間の短いNurse practitionerやPhysician AssistantなどのMiddle level providerと呼ばれる他職種を普及させる案も同時進行で進めて行くのは大事なことだと思います。総合診療専門医の育成が問題なく大成功で進んだとしてもあと5-10年の間は地域医療はしんどいままです。
そして数カ月ごとに病院が変わってしまう研修医が燃え尽きないか心配です。
- その研修指定病院、底力はありますか?
日本は研修指定病院が多すぎると思っていましたが、この制度改革を持ってして淘汰が始まるのでしょうか?指導医だけで業務が回せるくらいの余力がある病院なら研修医が3−4名だけでも教育が充実させられるが、研修医が業務を回す戦力ともなるのであれば最低でも1学年に10名以上は欲しいところです。研修医の確保のために研修プログラムを付け焼き刃で作成していないことを祈ります。自施設の教育体制を見直し、不十分と思えば手を引く勇気がありますように。
さらに大胆なことを言えば、米国のように、サブスペシャリティ専門医が勤務医ではなく、複数病院をまたいで診療できる体制が取れるなら、より良いですね。充実した救急集中治療体制と総合内科を含めた基本診療領域の病棟がしっかりとある病院で研修医をじっくりと育て、サブスペシャリティ専門医や総合診療に卓越した指導医が移動してきて、指導と到達目標の習熟度を判定すれば安心感があります。
- 2階建ての基礎工事は学生時代から
総合診療ないしは総合内科のトレーニングを先にしっかりとして2階建ての専門医制度にするのは大賛成です。
そこで、医学生時代の臨床実習(通称:ポリクリ)をもっと実践的な内容にすれば初期研修のスーパーローテーションを無くして、卒業してからキャリアにあったトレーニングに進むことができると思います。医師免許を与えてから、学生みたいにあっちもこっちもローテーションさせるのは無駄が多いと思ってしまいます。学生時代の方が監視がしっかりとあるし、大学病院が率先して学生を市中病院で実習させれば良いのに。むしろ臨床実習は全て市中病院でも構わないくらい。そこで医療現場のチームに加えて、鍛えれば良い。市中病院での指導医不足が大きなボトルネックですよね。受け皿としての総合内科やホスピタリスト制度の充実が望まれます。
以上、多くの方が発信しているのと重複した内容かもしれませんが、一度きちんと自分の意見を発信しておきたいと思い、まとめてみました。
ご意見に心より賛同します。特に、医学生時代をもっともっと学びと研修を充実させてほしいとずーと心の底から思っていました。自分は基礎医学者になり、薬理学を修めて研究者から教育者として、今も学びと研鑽の日々です。先生のご活躍を祈念して。
柳澤先生、嬉しいコメントをありがとうございます。おっしゃるように医学部生時代に生涯学習に役立つスキル、医師としてのアート面、変化に対応できるレジリエンスなどを教えることができれば、もっといい世の中になることは間違いないですね。自分の大切な人が入院して信頼できる医療者に診てもらうことが幸運ではなく、当然の世の中になって欲しいものです。
野木先生
お久しぶりです。ブログ内容、楽しく拝見いたしました。
心より賛成です。個人的には小児科専門医制度もまだ混沌としているようで、
なんとかならないのかなぁ、とアメリカから眺めています。
>サブスペシャリティ専門医が勤務医ではなく、複数病院をまたいで診療できる体制が取れるなら、より良いですね。
私も全く同意です。
今の日本のように「医局を中心としたバイト」として他病院の外来に行くのではなく、
「多くの専門医が集まる施設を中心として、他病院のコンサルトも受ける(必要であれば診察しに行く)」
「かつその費用も捻出できる」
と言う、将来に存続できる体制下での医療間コミュニティができればいいですよね。
多くの先人も同じように思っているはずなのですが、
日本でまだそうなっていないということは、
きっとそうできない問題があるのでしょうけど、
将来に向けて、日本の医療制度も乗り越えてほしいものです。
桑原先生、小児科も混沌としているのですね。まだまだ専門医中心の構造であるため、各病院も専門医の確保と囲い込みに必死で、本来の「提供している医療の質」を見直す段階に至れないのかもしれません。医局中心の人事は日本を支えてきた歴史は大事なことですが、将来的に維持可能なシステムかと言うと心配ですね。パラダイムシフトが起こっているのに、認めようとしない体制。変化は確実に必要ですね。
野木先生
ご無沙汰しています。2017年2月にハワイでお目にかかりました、
石川です。その節は、お話できて楽しかったです。
さて、現在名古屋市の中核病院で、腎臓内科代表を勤めながら
新専門医制度のタスク・フォースメンバーとして、定期的に
自院のプログラム見直しや、当事者である専攻医との面談など
多忙な診療・事務処理・研究の合間に、鋭意取り組んでいるつもりです。
ただ問題となるのは、半年間の地域出向中の身分はどうするか?
(退職扱い、組合同士たとえばJAや赤十字であれば身分の維持)など手続きの複雑化。
誰が、どの期間行くのか、その順番はどう決めるのか?
出向先からは代わりに誰か派遣されるのか?
いわゆる大学への入局のタイミングは?
大学院への進学や、留学というキャリア形成は、この制度のなかで、実現できるのか??
などなど、現実的かつ具体的な目先の問題に、よりよい回答を提示できないで
いる現状があります。
ご指摘の通り、各自がしっかりとした医師人生のゴールを意識する必要がありそうです。
また指導医も、この制度に振り回されず、冷静に専攻医に寄り添い、
相談相手になってあげる、というスタンスが大切だと感じています。
専攻医のみならず、責任感の強い指導医もまた、燃え尽きのリスクがあるように
思われますね。
ながくなりました。またいつかお目にかかりたいですね!