私が参加している小児脳腫瘍コミュニティで、悪性小児脳腫瘍の代表的疾患である髄芽腫の治療中のお子さんの親御さんから以下のような質問がありました。
親御さんからの書き込みの要旨:10歳のお子さん、髄芽腫の全摘および放射線治療後。これまでの投稿などより、標準リスク群(残存腫瘍<1.5m3、髄液細胞診陰性、3歳以上)と思われます。この群における米国の標準治療であるA9961プロトコールを開始後、全8コース中6コース終了したところで、副作用と思われる高音難聴と腎機能障害が出現しました。プロトコールに規定のある治療中止レベルではないようですが、7コース目から薬(シスプラチンと思われる)が半分になる予定だそうです。腎機能障害は軽微で一過性、難聴は電子音がききとりづらいくらいでほとんど日常生活に影響がないようですが、薬が減ることで治療効果が弱まってしまうのが心配ということです。
この件に関連する非常に重要なエビデンスが、つい最近発表されており、そのお子さんの治療方針に影響を与える可能性があると思いましたので、早速以下のような投稿をしました。このブログの読者の方で、このプロトコールを用いている髄芽腫の患者さんや、医師を知っていたら、情報を広めてください。
私のコメント投稿:
3種併用化学療法とはおそらく、ビンクリスチン(オンコビン)、シクロフォスファミド(エンドキサン)、シスプラチン(ランダ)による治療ではないでしょうか。発症時3歳以上の、標準リスク群髄芽腫における、全脳全脊髄放射線療法に続いて行われる化学療法のレジメンで、米国の標準治療です。
このプロトコールは、1996年に始まった臨床試験で、現在も長期予後のフォローアップが続いていますが、すばらしい生存率(8年無病生存率78%)を達成した、小児脳腫瘍の歴史でも数少ないサクセスストーリーです。おそらく今年のどこかで論文公表されますが、それに先立って昨年9月に米国の神経科学会で発表されたデータを紹介します。
シスプラチンを含む化学療法を8コース行うのがこの治療プロトコールの特徴で、シスプラチンの総投与量がとても大きくなってしまい、お子さんのように聴力と腎機能に高頻度で障害が起こるのが大きな問題です。特に聴力障害は、回復しないことが多く、サバイバーのQOLを著しく低下させます。
このプロトコールでは聴力障害などが発生してきたときに、シスプラチンの減量または中止が行われるように規定されていますが、かなり多くの患者さんが、途中でシスプラチンを中止せざるを得なかったようです。当然、 さんや主治医の先生と同じく、そのような患者群では治療効果が下がり、再発が多くなるのではという懸念がありました。
しかし、結果としてはシスプラチンが予定の75-100%投与できた群(194人)、50-75%しか投与できなかった群(113人)、25-50%しか投与できなかった群(26人)、0-25%しか投与できなかった群(10人)の4群において、無病生存率に統計学的に有意な差がありませんでした。また、シスプラチンの投与量と無病生存率の分析においても相関関係は示されませんでした。
投与量が50%未満であった症例は全体の10%ほどなので、やや極端な例かもしれませんが、50-75%の群は人数も多く、信頼できるデータだと思います。髄芽腫治療の世界的権威の二人の神経腫瘍医Dr. PackerとDr. Gajjar、小児がん分野でもっとも有名な生物統計学者Dr. Boyettらを発表者に含む紺発表は、今後の髄芽腫治療の化学療法プロトコールにおいては、シスプラチンの総投与量を減らすべきで、それによって生存率を減少させること無く、治療毒性が軽減できるであろうと結論づけています。
この発表の英文要旨は、以下のサイトから入手できますが、登録後に購入しなくてはなりません。
http://onlinelibrary.wiley.com.ezproxyhost.library.tmc.edu/doi/10.1002/ana.v70.15s/issuetoc
(ページ真ん中あたりのModerated Poster Session (pages S115–S117)というPDFです)
長くなりましたが、このプロトコールにおいて、腎機能・聴力障害が出てきたら、プロトコールどおりにシスプラチンを減量・中止しても、抗腫瘍効果には大きな影響は無いということです。
ただし、ほかのプロトコールで同じことが言えるかは、まったく別問題なので、注意してください。