(この記事は、若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/
医療とビジネス。これは決して相容れない二律背反なのでしょうか。あえて断定した強い言葉を使いますが、僕はこれらは共存可能だと思います。もちろん医療は人の命を救うことが大原則であってお金をもうけることが目的であってはいけません。
ではビジネスはどうか。もちろん利益をあげることが大前提ですが、その利益をあげるためのビジネスモデル、費用削減の方法論、情報収集術には医療界が学ぶべき優れた例が数多く存在します。医療ビジネスの本場米国では、病院経営に利益を創出する経営理論が当然のように導入されています。
私が勤務するマイアミこども病院では、LEAN(直訳:やせた、贅肉のとれた)を導入しています。LEANは無駄を削減し、最小の浪費で最大の価値を創出することを目的としたシステム改善手法で、トヨタ生産方式などから編み出されました。現場のアイデアを生かして継続的に組織の生産効率を上げる「改善」はトヨタ生産方式の基本概念の一つですが、英語でそのままKaizenと呼ばれ全世界で広く知られています。
まず病院はこのLEANの方法論を蓄積している外部のコンサルティング会社から派遣されたチームに教育を受けた専門のLEAN部署を作ります。そして、この専属LEANチームが、各病棟、各部署が抱える案件の世話人をしています。ほとんどの案件が複数の病棟、部署に関わるので、部署間のコミュニケーションを推進する役割も果たします。
それでは、私の病院であった具体例をみてみましょう。米国の病院では手術の予定がある場合、患者情報の登録や血液検査、必要な画像の撮影などを前日までに済ませる必要があります(もちろん緊急手術はこの限りではありません)。マイアミこども病院では、手術前日に病院にきて、受付、放射線検査、血液検査をしていました。そこで、患者さんからの不満が噴出していることが問題になりました。待ち時間が非常に長く、血液検査室から放射線検査室へと病院中を歩き回り、その合間に風邪を引いている子がたくさんいる待合室で待たなければならなかったからです。
この問題に対してはLEANチームの職員が実際に患者さんに同行して、時間を計りました。それを分かりやすく図表にして、いかに削減できる無駄があるかが話し合われました。そこで提案されたカイゼン策は、手術予定の子どもたちを病気で受診した子どもたちと隔離した一つの部屋に集める、持ち運びできるX線機器を持ってくる、採血する技師が来る、自宅からインターネットを使い患者情報を登録できるようにする、などでした。
これはほんの一例ですが、間にこのLEANチームが介在することで、部署間の連絡、連携が迅速になります。日本でも、同じ病院でも他科の医局は外病院よりも遠いなどといわれますが、部署間の連携はこうしたシステム改善の鍵です。この方法を用いて、手術室などでは在庫を少なくし、無駄な機材、用具をなるべくもたないことにも成功しています。もともとのトヨタ生産方式でも在庫を少なくして、廃棄せざるをえない材料を減らすことが達成目標の一つでした。単にシステムを改善するといった漠然とした目的ではなく、”無駄を削減する”という明確な到達目標があることもこのLEANが成功している要因です。
日本の病院でもこういったカイゼン方式は一考の価値があるのではないでしょうか?